陸軍士官学校_(日本)とは?

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陸軍士官学校 (日本)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/30 02:42 UTC 版)

陸軍士官学校(りくぐんしかんがっこう、陸軍士官學校)は、大日本帝国陸軍において現役兵科将校を養成する教育機関(軍学校)のこと。通称・略称は陸士(りくし)、士官学校英語では、Imperial Japanese Army Academyと表記する。




注釈

  1. ^ 憲兵下士官・上等兵も同様に転科者によって補充。
  2. ^ 戦時下である第50期生以降では区隊長と生徒間の年齢が近くなり(戦時下は将校の進級が早い)、かつ戦場帰りの者が多い。
  3. ^ 1920年は一般の学制が改制された年であり、陸軍士官学校予科の新設はこれに対応するものであった。
  4. ^ 太平洋戦争時の香港の戦いガダルカナル島の戦いで活躍。ガ島での戦死後はその活躍から個人感状を拝受。
  5. ^ 東京高商が加えられることもある。
  6. ^ 1918年(大正7年)10月10日の第2期准尉候補者卒業式には、第1回と異なり行幸も皇族方の行啓も侍従武官差し遣わしもなかった。[19]
  7. ^ 予科生徒・士官候補生は星章のみに対して、甲種幹部候補生の場合は星章に座金が付される。
  8. ^ 予科生徒・士官候補生は刺繍が金糸に対して、甲種幹部候補生の場合は銀糸となる。
  9. ^ 下士官兵用の長靴が廃止されていた1930年から1936年の間は革脚絆を使用。[要出典]
  10. ^ 1940年に兵科区分廃止。
  11. ^ のち航空兵に転科し戦闘機操縦者陸軍航空部隊の古参操縦者として、飛行第2大隊長、飛行第64戦隊長などを歴任し第14飛行団長としてニューギニア航空戦で戦死、最終階級陸軍大佐。

出典

  1. ^ 『陸軍士官学校』 p.69. pp.130 - 131
  2. ^ 『陸軍士官学校』 p.131
  3. ^ 『陸軍士官学校』 pp.131 - 132
  4. ^ 市ヶ谷記念館
  5. ^ 振武臺記念館
  6. ^ 修武台記念館
  7. ^ 『陸軍士官学校』 p.15
  8. ^ 『陸軍士官学校』 pp.16-17
  9. ^ 『陸軍士官学校』 pp.16-18
  10. ^ 『陸軍士官学校』 p.42
  11. ^ 法令全書、明治7年。
  12. ^ 『日本陸海軍総合事典』p736 編者秦郁彦 東京大学出版会 1991年初版 1994年第3刷。同第二版では増ページとなっている。
  13. ^ 「学歴・階級・軍隊-高学歴兵士たちの憂鬱な日常」、高田理恵子、中公新書、2008年、p.98
  14. ^ 御署名原本・大正六年・勅令第九十七号・陸軍補充令中改正(国立公文書館)」 アジア歴史資料センター Ref.A03021102800 
  15. ^ 御署名原本・大正六年・勅令第九十五号・陸軍武官官等表中改正(国立公文書館)」 アジア歴史資料センター Ref.A03021102600 
  16. ^ a b 陸軍士官学校准尉候補者教育条例「大日記甲輯 大正6年(防衛省防衛研究所)」 アジア歴史資料センター Ref.C03010054300 
  17. ^ 御署名原本・大正六年・勅令第九十七号・陸軍補充令中改正(国立公文書館)」 アジア歴史資料センター Ref.A03021102800 
  18. ^ 陸軍省大日記・大日記乙輯・大正6年「士官学校へ行幸奏請の件」(防衛省防衛研究所)」 アジア歴史資料センター Ref.C03010887500 
  19. ^ 『読売新聞』同年10月7日2面。
  20. ^ 『陸軍士官学校』 p.25
  21. ^ [1]
  22. ^ インド空軍准将Ramesh S Benegal. “BURMA to JAPAN with Azad Hind: A War Memoir (1941–1945)”. Lancer Publishers, New Delhi 2009. Bharat-Rakshak. 2010年5月23日閲覧。
  23. ^ 4.INA東京士官学校留学生名簿 (1992年8月28日調査、INA東京留学生の住所氏名左記著書より)Netaji Centre,Kuala Lumpur:NETAJI SUBHAS CHANDORA BOSE”. Subhas Chandre Bose Academy. 萬晩報 (1992年8月28日). 2010年5月23日閲覧。
  24. ^ 『陸軍士官学校派遣中の士官候補生陸軍経理学校派遣中の経理部士官候補生.陸軍士官学校予科生徒.陸軍経理学校予科生徒及陸軍幼年学校生徒の佩剣(刀)帯革制式の件』1936年3月 アジア歴史資料センター Ref.C01005969500
  25. ^ 『陸軍士官学校』 p.150
  26. ^ 『陸軍士官学校』 p.154
  27. ^ 『陸軍士官学校』 p.50. p.156
  28. ^ 秦 2005, pp. 625-629, 陸軍士官学校卒業生
  29. ^ 主に『陸軍士官学校』 pp.27-28. p.60. p.124等。
  30. ^ a b c d e f g 藤井 2018, pp. 86-91, 第二章 幼年学校という存在-Dコロ対Pコロという構図
  31. ^ 『官報』第2408号、大正9年8月11日。
  32. ^ a b 『官報』第3013号、大正11年8月16日。
  33. ^ 『官報』第4054号、大正15年3月3日。
  34. ^ 『官報』第2151号、昭和9年3月6日。


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