鳥尾小弥太とは?

鳥尾小弥太

陸軍軍人政治家長州生。長州藩中村敬義の長男。号は得庵・不識道人御垣等。戊辰戦争尾隊を編成活躍、のち参謀局長を経、国防会議議員として欧州へ渡る。帰朝後は保守中正派を組織し『保守新論』を発行晩年統一学舎設け青年子弟教育尽力した。貴族院議員枢密顧問官明治38年(1905)歿、59才。

鳥尾小弥太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/07/19 10:10 UTC 版)

鳥尾 小弥太(とりお こやた、弘化4年12月5日1848年1月10日) - 明治38年(1905年4月13日)は、日本陸軍軍人政治家陸軍中将正二位勲一等子爵は照光、のち敬高(孝)。幼名は一之助。通称は百太郎、鳳輔など。は得庵居士、不識道人など。


  1. ^ 服部敏良『事典有名人の死亡診断 近代編』付録「近代有名人の死因一覧」(吉川弘文館、2010年)20頁
  2. ^ 鳥谷部春汀『明治人物評論・続』博文館、1900年、10p。
  3. ^ 鳥谷部春汀『明治人物評論・続』博文館、1900年、24p。
  4. ^ 中根香亭『香亭雅談』吉川弘文館、1920年、上・9p、下・12p。
  5. ^ 『官報』第994号「叙任及辞令」1886年10月21日。
  6. ^ 『官報』第4943号「叙任及辞令」1899年12月21日。
  7. ^ 『官報』第307号「叙任及辞令」1884年7月8日。
  8. ^ 『官報』第1928号「叙任及辞令」1889年11月30日。
  9. ^ 『官報』第1952号「叙任及辞令」1889年12月28日。
  10. ^ 『官報』第5696号「叙任及辞令」1902年7月1日。


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