曾我祐準とは?

曾我祐準 そが すけのり

曾我祐準の肖像 その1
天保14年12月25日昭和10年11月30日 (1844~1935)

福岡柳川生まれ。陸軍軍人、政治家。父は柳川藩士。元治2年(1865)に長崎へ出て洋学を学ぶ。明治元年(1868)新政府の海軍御用掛となる。のち陸軍に転じ、西南戦争時は第4旅団司令長官として西郷軍の鎮定にあたる。14年(1881)に谷干城らと開拓使官有払下中止憲法制定上奏15年(1882)より参謀本部次長として陸軍拡張に努めるが、薩長閥の主流派対立して軍職を去る。その後宮中顧問官日本鉄道会社社長枢密顧問官歴任24年(1891)より貴族院議員勤め谷干城らと土曜会中心人物として活躍した。大正3年(1914)のシーメンス事件に際して第1次山本内閣倒閣に関わった。

キーワード 陸軍軍人, 政治家

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曾我祐準

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/08 22:13 UTC 版)

曾我 祐準(そが すけのり、「すけゆき」とも、天保14年12月25日1844年2月13日) - 昭和10年(1935年11月30日)は、日本陸軍軍人政治家陸軍中将勲一等子爵




  1. ^ 原田敬一『帝国議会誕生--今の国会と何が違うか!』文英堂、2006年。柴崎力栄「国家将来像と陸海軍備をめぐる海軍と徳富蘇峰」大阪工業大学紀要人文社会篇56巻1号、2011年10月。
  2. ^ 『官報』第2534号、明治24年12月9日。
  3. ^ 『官報』第8035号、明治43年4月8日。
  4. ^ 『官報』第819号、大正4年4月28日。
  5. ^ 『官報』第994号「叙任及辞令」1886年10月21日。
  6. ^ 『官報』第3301号「叙任及辞令」1894年7月2日。
  7. ^ 『官報』第7653号「叙任及辞令」1908年12月28日。
  8. ^ 『官報』第1001号「叙任及辞令」1915年12月2日。
  9. ^ 『官報』第307号「叙任及辞令」1884年7月8日。
  10. ^ 『官報』第1906号・付録「叙任及辞令」1889年11月4日。
  11. ^ 『官報』第7272号「叙任及辞令」1907年9月23日。
  12. ^ 『官報』第1310号・付録「辞令」1916年12月13日。
  13. ^ 『官報』第3407号「叙任及辞令」1923年12月29日。
  14. ^ 『官報』第1499号・付録「辞令二」1931年12月28日。


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