日中戦争とは?

にっちゅう‐せんそう〔‐センサウ〕【日中戦争】

昭和12年(1937)7月盧溝橋(ろこうきょう)事件きっかけにして起こった日本中国との間の戦争。はじめ日本政府支那事変あるいは日支事変とよび、宣戦布告も行わなかったが、戦線全中国に拡大太平洋戦争発展した。日華事変


にっちゅう‐せんそう ‥センサウ 【日中戦争】

昭和一二年(一九三七蘆溝橋事件きっかけとして起こった、日本中国侵略戦争日本軍政府不拡大方針無視して戦火全中国に拡大した。日本軍北京天津上海などを攻撃、国共統一戦線激し抵抗にあうと次々と大軍投入し、中国政府重慶にのがれて抗戦続けた。日本汪兆銘援助して南京政府樹立させたが、国際的承認を得られなかった。同一六年、太平洋戦争が始まるとその一部となり、同二〇年八月日本降伏まで続いた。当時日本では、支那事変日支事変日華事変など種々の呼称があった。


日中戦争

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/29 08:25 UTC 版)

日中戦争にっちゅうせんそうは、1937年昭和12年)から1945年(昭和20年)まで、大日本帝国中華民国の間で行われた戦争である[注釈 6][注釈 7][注釈 8]


注釈

  1. ^ 「惨勝」[1]
  2. ^ 「アジア大陸において日本は、連合国の一員であった中華民国に敗北し、中国は自らの勝利を[惨勝]と称した。」[2]
  3. ^ 「「惨勝」(惨儋たる勝利)と呼ばれるような終止符」[3]
  4. ^ 「惨たんたる状態で迎えたこの勝利は、あまりにも大きな犠牲をしいられた「惨勝」であったというほかはない。」[4]
  5. ^ 「中国内部の国民党と共産党や中間派との軋轢など、いろいろな問題を内包しながらも四五年八月一五日、中国と連合国とは勝利した。」[5]
  6. ^ 日支事変 (満洲事変上海事変の総称として使用された例もある)や日華事変とも呼称される。
  7. ^ 中国語圏では、抗日戦争[6]八年抗戰中日戰爭中国抗日戦争中国人民抗日战争八年抗戦などと呼称される。
  8. ^ 英語圏では、1894年 - 1895年日清戦争を「Sino-Japanese War of 1894-95」、「Sino-Japanese War of 1894-1895」、「First Sino-Japanese War ("第一次支那日本戦争")」などと称し、1937年 - 1945年の日中戦争は「Sino-Japanese War of 1937-45」、「Sino-Japanese War of 1937-1945」、「Second Sino-Japanese War ("第二次支那日本戦争")」などと呼称される。
  9. ^ 当時の朝日新聞報道では7月10日動員令、7月17日までに配備完了[25]
  10. ^ 「第2次上海事変はついに日中全面戦争に発展するにいたった。」[33]
  11. ^ 「第二次上海事変により (中略) 日中戦争は日中全面戦争化、長期戦化する様相となった」[35]
  12. ^ 「[全面化] 八月一四日、国民政府は「自衛抗戦声明書」を発表、翌一五日中国共産党も「抗日救国十大綱領」を提起した。」[36]
  13. ^ 「八月に入って第二次上海事変が起こり、戦火は華中一帯にひろがった。中国全土を巻きこんだ日本と中国との全面戦争となった。」[37]
  14. ^ 『皇国暦日史談』は「「我が海軍航空部隊は支那事変開始直後の9月22日月明の3時大挙広東を襲い、更に7時、13時半並びに14時の4回に亙り矢継早に空襲を繰り返したが敵空軍は己に全滅し高射砲も大半破壊して防空の役立たず、我が空軍は無人の境を行くが如くリレー式に広東市の西北より東にかけ天河、白雲両飛行場、兵器廠、淨塔水源池、其の他工場地帯、政府軍事各機関、遠東軍管学校、中山大学、中山紀念堂外重要建設物を片つ端から徹底的に爆撃した。此のため広東全市は殆んど猛火の巷と化し猛火盛んに上り大混乱に陥った。革命の震源地、排日の総本家たりし広東も我が正義の前に完膚なきまでに叩きのめされた。」と記している。日置英剛編『年表太平洋戦争全史』国書刊行会 (2005)[要ページ番号]
  15. ^ 当時、英国は劣勢にあり、戦局打開のため欧州戦線への米国の介入を強く希望していた
  16. ^ この状況は1939年に作成された日本映画『土と兵隊』(田坂具隆監督)にも描写されている。
  17. ^ 日本国との平和条約第14条(b)「連合国は、連合国の全ての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとった行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権、占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を放棄」
  18. ^ 「中華民国は日本国民に対する寛厚と善意の表徴として、日本国が提供すべき役務の利益(賠償)を自発的に放棄する」[93]
  19. ^ 第174回国会衆議院法務委員会(2010年5月11日)における西村智奈美外務大臣政務官の発言「サンフランシスコ平和条約十四条と日華平和条約の関係からまず申し上げますと、日華平和条約第十一条及びサンフランシスコ平和条約第十四条(b)により、中国及びその国民の日本国及びその国民に対する請求権は放棄されております。一九七二年の日中共同声明第五項に言うところの戦争賠償の請求は、中国及びその国民の日本国及びその国民に対する請求権を含むものとして、中華人民共和国政府がその放棄を宣言したものでございます。したがって、さきの大戦に係る日中間における請求権の問題につきましては、個人の請求権の問題も含めて、一九七二年の日中共同声明発出後、存在しておらず、このような認識は中国側も同様であるというふうに認識をしております。」[100]
  20. ^ 「サンフランシスコ平和条約の枠組みと異なる処理が行われたものと解することはできない」。また条約法に関するウィーン条約34条では第三国の義務や権利を当該国の同意なしに創設できない、35条では当該国が書面により当該義務を明示的に受け入れる場合に限って義務を負うと定めており、中国はサンフランシスコ平和条約と日中共同声明の枠組みを肯定しており、それ以外の義務を書面で確約したことはない。

出典

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