パナイ号事件とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > パナイ号事件の意味・解説 

パナイ号事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/23 07:01 UTC 版)

パナイ号事件(パナイごうじけん、Panay incident)は、日中戦争初期の1937年12月12日揚子江上において、米国民間人を南京から避難させるために乗せたアメリカ合衆国アジア艦隊河川砲艦パナイ」を日本海軍機が攻撃して沈没させ、同艦に護衛されていたスタンダードオイル社のタンカー3隻を破壊し、さらにその際に機銃掃射を行ったとされる事件。パネー号事件とも表記される。同日にレディバード号事件も発生している。


注釈

  1. ^ 実際に空襲を敢行したのは前進基地に進出していた一部飛行隊のみ。
  2. ^ 「BAD BOY」とはこの事件の約4時間前にレディーバード号事件を引き起こした橋本欣五郎砲兵大佐。

出典

  1. ^ ジョン・トーランド著『大日本帝国の興亡1.暁のZ作戦』(早川書房1984年)
  2. ^ 当時の軍艦加賀は南支方面作戦に参加中。アジア歴史資料センターレファレンスコードC14120555700『戦斗詳報綴(上海方面等)昭和12.8~12.12(防衛省防衛研究所)』にて戦闘詳報が閲覧可能
  3. ^ a b c 西川秀和 フランクリン・ローズヴェルト大統領の「隔離」演説
  4. ^ 『中国の戦争宣伝の内幕』フレデリック・ヴィンセント・ウイリアムズ著、田中秀雄訳、芙蓉書房、2009年
  5. ^ 『原田要『わが誇りの零戦』』桜の花出版p86
  6. ^ 草鹿『一海軍士官の半生記』274頁
  7. ^ a b 草鹿『一海軍士官の半生記』275頁
  8. ^ a b 昭和12年12月15日(発令12月15日付)海軍辞令公報(号外)第107号 p.35」 アジア歴史資料センター Ref.C13072072900 
  9. ^ 昭和12年12月21日(火)海軍公報(部内限)第2795号 p.50」 アジア歴史資料センター Ref.C12070369100 『○将旗掲揚 第二航空戰隊司令官ハ十二月二十日将旗ヲ龍驤ニ掲揚セリ』
  10. ^ 昭和13年9月1日(発令9月1日付)海軍辞令公報(部内限)号外 第233号 p.1」 アジア歴史資料センター Ref.C13072074300 
  11. ^ 昭和12年12月23日付の東京朝日新聞
  12. ^ 『南京事件資料集 アメリカ編』南京事件調査研究会編訳、青木書店1992年
  13. ^ Joseph Grew, Address in Chicago, December 29, 1943 | Birth of the Constitution of Japan” (英語). www.ndl.go.jp. 2023年9月23日閲覧。
  14. ^ 『昭和海軍秘史』中村菊男編、番町書房、1969年
  15. ^ 『長江パトロール』ケンプ・トリー著、長野洋子訳、出版協同社 1988年
  16. ^ 『太平洋戦争をめぐる日米外交と戦後米ソ対立』本橋 正著、学術出版会、2006年
  17. ^ 『南京事件「証拠写真」を検証する』草思社、2005年1月31日、82頁。 





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「パナイ号事件」の関連用語

パナイ号事件のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



パナイ号事件のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのパナイ号事件 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS