満洲とは? わかりやすく解説

まんしゅう〔マンシウ〕【満州/満洲】

読み方:まんしゅう

中国東北地方旧称遼寧吉林黒竜江東北三省内モンゴル自治区一部にわたる。→満州国


満洲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/01 08:46 UTC 版)

満洲(まんしゅう、拼音: Mǎnzhōu英語: Manchuria)は、黒竜江(アムール川)・松花江流域を中心とするユーラシア東北部[1]、現在の中国東北地方からロシア沿海地方にかけての地域を指す呼称。「満」と表記されることも多いが、語源上「満」が正式な漢字表記である[2][注釈 1]後述)。


注釈

  1. ^ 「満洲」は語源が地名ではなく、本来は民族名であり、国名でもあるところから地名に転用された語なので、「満州」と表記するのは間違いではないにせよ、正式には「満洲」としなければならない[3]
  2. ^ 現在の行政区分では、「東四盟」と呼ばれる赤峰市(旧ジョーオダ)・通遼市(旧ジェリム盟)・フルンボイル市(旧フルンボイル盟)・ヒンガン盟に相当する。
  3. ^ 北京条約はアロー戦争終結のためのイギリスフランスとの講和条約であった一方、ロシアが清と英仏との講和を斡旋したことから、ロシアの要求を受け入れて同国と結んだ条約である[11]
  4. ^ 1950年代以降の中国共産党政府による民族識別工作では、蒙古八旗や漢軍八旗の末裔たちを「蒙古族」や「漢族」に区分するのではなく、「旗人」全体をまとめて「満族」と区分した。
  5. ^ 実際に、近年の中国史の概説書の多くは「満洲」表記を用いている[31][32][33][34][35]
  6. ^ 雍正帝時代の1727年には西方でキャフタ条約を結んだ[41]。ネルチンスク条約・キャフタ条約が正式に破棄されたのは、1860年の北京条約においてであった[41]
  7. ^ 清朝崩壊後、満洲へは社会不安から流民となった漢民族の移入が急増したともいわれるが、清朝崩壊前と後では人口増加率に大きな違いはない。
  8. ^ ただし、人口増加率で見ると満洲建国前と大差はないといわれている。
  9. ^ その被害は8億ドルとも20億ドルともいわれる[56]
  10. ^ この経済圏は中国東北部、華北華東にまたがり、瀋陽市青島市大連市煙台市など黄海沿岸の渤海沿岸地域に隣接する都市も経済圏内に含まれる[63]

出典

  1. ^ 杉山(2008)p.238
  2. ^ 読むページ | 生活の中の仏教用語 | 満洲”. www.otani.ac.jp. 大谷大学. 2021年1月14日閲覧。
  3. ^ a b 小林(2008)pp.16-17
  4. ^ 中見立夫(2012)『二〇世紀満洲歴史辞典』解説p.2
  5. ^ 中見立夫(2012)『二〇世紀満洲歴史辞典』解説p.4
  6. ^ 精選版 日本国語大辞典『満州・満洲』「清初、中国を支配した満州族が旧俗称女真を廃して用い」「その居住地域をもさした」[1]
  7. ^ 大谷大学東洋史助教授の浅見直一郎によれば、満洲とは元はマンジュリという仏であり、中国ではこれに文殊師利、満殊尸利、曼殊室利などの漢字をあてた『文殊菩薩』のことであり、ヌルハチが女直(女真)人の国を建てたときの国名をマンジュ国と言い、これが当時女直人の間に広まっていたマンジュシリ(マンジュ)に対する信仰を背景にし、それに由来して命名されたものであることは間違いがない、とする。読むページ | 生活の中の仏教用語 | 満洲”. www.otani.ac.jp. 大谷大学. 2021年1月14日閲覧。。なお異説もある→(#呼称としての満洲
  8. ^ 塚瀬進『マンチュリア史研究 「満洲」六〇〇年の社会変容』吉川弘文館、2014年11月1日、ISBN 978-4-642-03837-9、1頁。
  9. ^ a b 満州』 - コトバンク
  10. ^ a b 愛琿条約』 - コトバンク
  11. ^ a b c 北京条約』 - コトバンク
  12. ^ 綿貫哲郎 2021, p. 57.
  13. ^ 松村(2006)pp.156-159
  14. ^ 松村(2006)pp.159-160
  15. ^ a b c d 岡本隆司 2017, p. 99.
  16. ^ a b c 綿貫哲郎 2021, p. 58.
  17. ^ a b 神田信夫 1992, p. 98.
  18. ^ 中見立夫 2006, pp. 17–20.
  19. ^ a b 綿貫哲郎 2021, p. 62.
  20. ^ a b 中見立夫 2006, pp. 17–22.
  21. ^ 綿貫哲郎 2021, p. 64.
  22. ^ a b 中見立夫 2006, pp. 25–26.
  23. ^ 綿貫哲郎 2021, pp. 65–68.
  24. ^ 中見立夫 2006, pp. 20–22.
  25. ^ 綿貫哲郎 2021, pp. 68–69.
  26. ^ 大蔵省印刷局(編)「敍任及辭令」『官報』第2410号、日本マイクロ写真、1920年8月13日、317頁。 
  27. ^ 海軍大臣官房(編)「第三編 海軍:第一 軍艦」『昭和5年度海軍省年報』、1924年。 
  28. ^ 神田信夫 1992, pp. 98–99.
  29. ^ 綿貫哲郎 2021, pp. 63–64.
  30. ^ 綿貫哲郎 2021, p. 67.
  31. ^ 増井経夫『大清帝国』講談社〈講談社学術文庫1526〉、2002年。 
  32. ^ 上田信『海と帝国 : 明清時代』講談社〈中国の歴史9〉、2002年。 
  33. ^ 神田信夫『明-清』山川出版社〈世界歴史大系〉、1994年。 
  34. ^ 岡本隆司 著「清」、冨谷, 至、森田, 憲司 編『概説中国史 下』昭和堂、2016年。 
  35. ^ 岡本隆司『「中国」の形成 : 現代への展望』岩波書店〈中国の歴史5〉、2020年。 
  36. ^ a b 満洲族』 - コトバンク
  37. ^ a b 河内(1989)pp.230-232
  38. ^ a b c 三上(1975)pp.819-823
  39. ^ a b 石橋(2000)pp.131-132
  40. ^ 加藤(1989)pp.454-456
  41. ^ a b c 岸本(2008)pp.345-347
  42. ^ 麻田(2008)pp.38-44
  43. ^ 麻田(2008)pp.46-50
  44. ^ 麻田(2008)pp.50-55
  45. ^ a b c 小林(2008)pp.49-51
  46. ^ 鈴木(2021)pp.116-118
  47. ^ 酒寄雅志渤海史研究と近代日本」『駿台史學』第108巻、明治大学史学地理学会、1999年12月、7頁、NAID 120001438972 
  48. ^ 小林(2008)pp.56-61
  49. ^ 小林(2008)pp.71-72
  50. ^ 鈴木(2021)pp.118-120
  51. ^ 小林(2008)pp.90-92
  52. ^ a b 小林(2008)pp.92-95
  53. ^ a b 鈴木(2021)pp.129-132
  54. ^ 鈴木(2021)pp.170-172
  55. ^ 黄(2006)p.56
  56. ^ a b c d 小林(2008)pp.248-249
  57. ^ 鈴木(2021)pp.302-304
  58. ^ 鈴木(2021)pp.307-310
  59. ^ a b 鈴木(2021)pp.310-313
  60. ^ 天児(2004)p.117
  61. ^ 鈴木(2021)pp.314-316
  62. ^ 黄(2006)p.143
  63. ^ 环渤海经济圈介绍:天然的聚宝盆” (中国語). 中国经济网 (2014年6月8日). 2015年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年11月2日閲覧。



満洲

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建州女直」の記事における「満洲」の解説

満洲は、スクスフ(suksuhu、克素滸)・フネヘ(hunehe、渾河)・ワンギヤ(wanggiya、完顔)・ドンゴ英語版)(donggo、董鄂)・ジェチェン(jecen、哲陳)の五部分けられ建州五部とも呼ばれる

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満洲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/24 20:16 UTC 版)

松本博 (陸軍軍人)」の記事における「満洲」の解説

昭和18年6月1日陸軍歩兵学校教官となり、昭和19年3月1日大佐昇進した昭和19年3月22日牡丹江 (昭和20年3月末年延吉移転)の第3軍高級参謀牡丹江 (昭和20年3月末年敦化移転)の昭和19年12月20日第1方面軍高級参謀となった

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満洲(まんしゅう)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/20 06:51 UTC 版)

海防艦」の記事における「満洲(まんしゅう)」の解説

ロシア東清鉄道貨客船マンジュリア。元通報艦1912年大正元年8月28日通報艦廃止にともない二等海防艦変更。主に列強各国駐日武官皇室関係者の歓待等、迎賓艦として機能した1932年昭和7年4月1日除籍

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満洲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 02:24 UTC 版)

北京条約」の記事における「満洲」の解説

ロシアは、まず清が認めていなかった1858年締結されアイグン条約条文をだすことで、条約効力清に確認させた。これでアムール川左岸領有権確保する。さらに吉林将軍管轄区一部である、図們江(以下「豆満江」)、ハンカ湖ウスリー川以東アムール川以南地域(東韃靼)が割譲された。アイグン条約では清とロシア共同管理となった地域であったが、この条約によってロシア領と確定された(第一条)。この条約のもと興凱湖界約(1861年)、琿春東界約(1886年)がむすばれて国境線がほぼ定まったロシアこの後すぐにウスリー川以東など広大な地域沿海州含め、すでに2年前から清に無断でそこに建設していたハバーロフカの領有正当化するとともに海參崴(ハイシェンワイ)にウラジオストク建設した。そしてすでに設置していたアムール州などとあわせて1884年沿アムール総督府設置することになる。 豆満江が清と朝鮮との国境であったことから、清は日本海への出口奪われたことになるが、琿春議定書1886年)で豆満江航行いわゆる出海」)が認められた。 なお国境について20世紀入ってから、曖昧な部分巡って中ソ紛争張鼓峰事件珍宝島事件勃発している。張鼓峰事件では、その影響中国にとって日本海への出口豆満江封鎖されてしまったが、1991年中ソ国境協定で再びそれが認められた。 最終的に国境は、中華人民共和国ロシア連邦とによる中露国境協定2004年)で確定された。なお、豆満江左岸ロシアとなったことに関連して鹿屯島問題1883年朝鮮当局より提起されているが、現在でもロシア反応見せない

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