日本国との平和条約とは?

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日本国との平和条約

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/09/08 00:57 UTC 版)

日本国との平和条約(にっぽんこくとのへいわじょうやく、: Treaty of Peace with Japan、昭和27年条約第5号)は、第二次世界大戦におけるアメリカ合衆国をはじめとする連合国諸国と日本との間の戦争状態を終結させるために締結された平和条約。この条約を批准した連合国は日本国の主権を承認した[注釈 2]国際法上はこの条約の発効により日本と、多くの連合国との間の「戦争状態」が終結した。連合国構成国であるソビエト連邦は会議に出席したが条約に署名しなかった。連合国構成国の植民地継承国であるインドネシアは会議に出席し条約に署名したが、議会の批准はされなかった。連合国構成国である中華民国および連合国構成国の植民地継承国であるインドは会議に出席しなかった。その後、日本はインドネシア、中華民国、インドとの間で個別に講和条約を締結・批准している。




注釈

  1. ^ 池田勇人(蔵相)、苫米地義三(国民民主党)、星島二郎(自由党)、徳川宗敬(参議院緑風会)、一万田尚登(日銀総裁)。
  2. ^ 第1条(b)
  3. ^ 日本語では「及び」と「並びに」の違いがわかりにくいが、英文では明解で“DONE at the city of San Francisco this eighth day of September 1951, in the English, French, and Spanish languages, all being equally authentic, and in the Japanese language”(太字編者)となっている。この太字の文言が「ひとしく正文である」にあたり、仮に日本語も正文だとするとこの部分は文章の最後にくることになる。
  4. ^ アラビア語が国連公用語に加わるのは後になってからのことである。
  5. ^ アメリカはこれにより日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約を締結して在日米軍を駐留させ現在に至る。
  6. ^ 独島と波浪島の位置について問われた韓国大使は「大体鬱陵島の近くで日本海にある小島である」と返答。(しかしその後の米調査では「ワシントンの総力を挙げた」("tried all resources in Washington") にも関わらず、これらの島を発見することはできなかった。その後、独島については竹島に同定されることになったが、波浪島は現在に至るまで発見されていない。)ダレス米大使はこれらの島が日本の併合前から韓国の領土であったかと尋ねたところ、韓国大使はこれを肯定、ダレスはもしそうであればこれらの島を日本の放棄領土とし韓国領とするに問題はないと答えた。
  7. ^ 訓読文では「学を曲げ世に阿る」、つまり「世間に迎合するため、学問的真理を曲げる」という意味
  8. ^ この時の池田訪米に秘書官として同行した宮澤喜一の述懐による。
  9. ^ なお「War Memorial」は「戦没者追悼記念」ではなく、正確には「第一次世界大戦従軍兵記念」を意味する。また日本語での一般的な表記は現地・日本ともに「サンフランシスコ・オペラハウス」「ウォーメモリアル・オペラハウス」または単に「オペラハウス」。
  10. ^ オーストラリア、カナダ、セイロン、フランス、インドネシア、オランダ、ニュー・ジーランド、パキスタン、フィリピン、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国及びアメリカ合衆国。
  11. ^ セイロンが批准書を寄託した旨の1952年5月10日付け外務省告示第14号は、セイロンが1952年4月28日のアメリカ合衆国東部標準時で13時30分に批准書を寄託した旨を告示するのみで発効日については言及していない。
  12. ^ 1989年に廃止・閉鎖。跡地はゴールデンゲート国立レクリエーション地域の一部になっている
  13. ^ この条約は、日本国を含めて、これに署名する国によつて批准されなければならない。この条約は、批准書が日本国により、且つ、主たる占領国としてのアメリカ合衆国を含めて、次の諸国、すなわちオーストラリア、カナダ、セイロン、フランス、インドネシア、オランダ、ニュー・ジーランド、パキスタン、フィリピン、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国及びアメリカ合衆国の過半数により寄託された時に、その時に批准しているすべての国に関して効力を生ずる。この条約は、その後これを批准する各国に関しては、その批准書の寄託の日に効力を生ずる。
  14. ^ サンフランシスコ講和条約ではマッカーサー・ラインも廃止される予定であった。

出典

  1. ^ サンフランシスコ講和条約コトバンク
  2. ^ ブラウンリー 1992, p. 121
  3. ^ ブラウンリー 1992, p. 100
  4. ^ Wikisourceの竹島に関するサンフランシスコ平和条約草案の変遷(英語)参照。
  5. ^ United States Department of State (1976) (英語). Foreign relations of the United States, 1949. The Far East and Australasia (in two parts). Volume VII, Part 2. pp. pp. 898-900. http://digicoll.library.wisc.edu/cgi-bin/FRUS/FRUS-idx?type=turn&entity=FRUS.FRUS1949v07p2.p0314&id=FRUS.FRUS1949v07p2&isize=M. アメリカ合衆国国務省『合衆国の外交関係:1949年』―「極東とオーストララシア」、1976年)
  6. ^ 最大判昭和36年4月5日民集15巻4号657頁
  7. ^ 最大判昭和37年12月5日刑集16巻12号1661頁
  8. ^ 日暮吉延『東京裁判』講談社現代新書,2008年
  9. ^ 戦時加算 (著作権法)
  10. ^ a b c d e 伊藤祐子「日米安保体制の50年-日米安全保障政策と日本の安全保障観の変容亜細亜大学国際関係紀要第11巻第1号,2001年
  11. ^ a b c d 『岩波書店と文藝春秋』(毎日新聞社1995年)p64-68
  12. ^ 1951年 サンフランシスコ講和条約・日米安全保障条約の調印(法学館憲法研究所)
  13. ^ a b 都留重人「講和と平和」『世界』1951年10月号
  14. ^ KOTOBANK全面講和愛国運動協議会世界大百科事典)、日立ソリューションズ
  15. ^ 『岩波書店と文藝春秋』(毎日新聞社1995年)p52-57.
  16. ^ a b c d クリック20世紀「吉田首相、南原東大総長の全面講和論を「曲学阿世」論と非難」 2013年1月27日閲覧。信夫清三郎『戦後日本政治史Ⅳ』勁草書房,p.1112
  17. ^ 文藝春秋』1952年1月号
  18. ^ 竹内洋 『革新幻想の戦後史』 中央公論新社2011年ISBN 9784120043000 p86
  19. ^ 竹内洋 『革新幻想の戦後史』 中央公論新社2011年ISBN 9784120043000 p100
  20. ^ 講和問題に関する吉田茂首相とダレス米大使会談,日本側記録」東大東洋文化研究所田中明彦研究室「サンフランシスコ平和会議関連資料集」所収。原資料は外務省、外交史料館所蔵。
  21. ^ a b 中村麗衣「日印平和条約とインド外交 (PDF) 」 、『史論』第56号、東京女子大学学会史学研究室 / 東京女子大学史学研究室、2003年、 pp.56-73、 NAID 110007411152
  22. ^ 「対日講和問題に関する周恩来中国外相の声明」 東京大学東洋文化研究所田中明彦研究室「サンフランシスコ平和会議関連資料集」所収。外務省アジア局中国課監修「日中関係基本資料集」p19-25.
  23. ^ s:韓国政府の要求に対する1951年5月9日付米国側検討意見書, 4. 在日韓国人は連合国国民の地位を与えられるべき.
  24. ^ 今日の歴史(1月7日) 聯合ニュース 2009/01/07
  25. ^ エモンズによる会談覚書、および竹島問題外交交渉史参照。
  26. ^ 「非公式に代表を送るのであれば宿泊や会場入場等の便宜をはかる」との回答。塚本1992
  27. ^ United States Department of State (1951). United States Department of State / Foreign relations of the United States, 1951. Asia and the Pacific (in two parts). VI, Part 1. pp. p. 1296. http://digital.library.wisc.edu/1711.dl/FRUS.FRUS1951v06p1. 
  28. ^ 塚本孝 「韓国の対日平和条約署名問題」『レファレンス』494、国立国会図書館調査立法考査局、1992年3月、pp. 95-101。
  29. ^ 吉田茂参照
  30. ^ 外務省 外交史料 Q&A 昭和戦後期)。原稿は、外務省(1970年118~122ページ)、田中(刊日不明)で閲覧可。
  31. ^ 昭和27年4月28日付内閣告示第1号、昭和27年4月28日付外務省告示第10号
  32. ^ 〔備考〕外交関係の回復に関する書簡について - 外務省
  33. ^ 1952年(昭和27年)8月5日発効。
  34. ^ 日本国とビルマ連邦との間の平和条約 - 外務省
  35. ^ a b Dr. Manmohan Singh's banquet speech in honour of Japanese Prime Minister Archived 2005年12月12日, at the Wayback Machine. National Informatics Centre Contents Provided By Prime Minister's Office April 29, 2005
  36. ^ 1953年7月1日付け官報第7945号付録資料版
  37. ^ 1953年7月1日付け官報第7945号付録資料版、1972年3月8日付け官報第13561号付録資料版
  38. ^ 1956年8月15日付け官報第8890号付録資料版、1972年3月8日付け官報第13561号付録資料版
  39. ^ 1956年8月15日付け官報第8890号付録資料版
  40. ^ 1956年8月15日付け官報第8890号付録資料版、1972年3月8日付け官報第13561号付録資料版
  41. ^ 日本国とインドネシア共和国との間の平和条約 - 外務省
  42. ^ 日本国とチェッコスロヴァキア共和国との間の国交回復に関する議定書 - 外務省
  43. ^ 日本国とポーランド人民共和国との間の国交回復に関する協定 - 外務省
  44. ^ a b 米原謙「日本型社会民主主義の思想――社会党左派理論の形成と展開」 大阪大学大学院国際公共政策研究科, 2002
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  46. ^ “沖縄の40年<屈辱の日>”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2012年5月1日). http://mytown.asahi.com/okinawa/news.php?k_id=48000111205010001 2012年11月25日閲覧。 
  47. ^ 「対日講和 50年の意味」『朝日新聞』2001年9月6日
  48. ^ 戦後50年メモリアルシリーズ 第1集郵便切手”. 日本郵趣協会. 2012年6月5日閲覧。
  49. ^ サンフランシスコ平和条約50周年記念郵便切手
  50. ^ “自民有志、「4月28日」主権回復記念日議連を設立 サンフランシスコ平和条約発効”. MSN産経ニュース(産経新聞). (2011年2月25日). http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110225/stt11022511520005-n1.htm 2011年3月6日閲覧。 
  51. ^ a b イリナ・イワノワ (2012年11月15日). “反日統一共同戦線を呼びかける中国” (日本語). ロシアの声. http://japanese.ruvr.ru/2012_11_15/94728921/ 2012年11月25日閲覧。 [1]


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