樺太・千島交換条約とは?

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からふとちしまこうかん じょうやく -かうくわんでうやく 【樺太千島交換条約】

1875年明治8),日露間で調印された国境確定条約樺太ロシア領に,千島列島全島日本領になった。

樺太・千島交換条約

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/16 10:41 UTC 版)

樺太・千島交換条約(からふと・ちしまこうかんじょうやく)は、明治8年(1875年5月7日日本ロシア帝国との間で国境を確定するためにサンクトペテルブルク署名され、同年8月22日東京にて批准され締約された条約




  1. ^ たとえば、昭和59年に実施された、函館ラ・サール高等学校の入学試験の社会の大問1(正誤の判定をさせる問題)(8)には、正しい文として、「ロ 1875年, 千島・樺太交換条約をロシアとの間にむすび, 千島を日本領, 樺太をロシア領とした。」が記載されていた。このことから、当時の中学校の社会科では、「千島・樺太交換条約」と教えていたことがわかる。
  2. ^ 日本政府外務省は日露和親条約では、樺太は日露混住の地と決められたと説明している(外務省国内広報課発行『われらの北方領土2006年版』P6)
  3. ^ 阿部光蔵「北方領土の地位」『幕末期日露関係』 南方同胞援護会、昭和37年3月、P5~P38。
  4. ^ 『ロシア史〈2〉18~19世紀』 田中陽児、倉持俊一、和田春樹編、山川出版社〈世界歴史大系〉1994年(平成6年) p254-255
  5. ^ 外務省条約局『旧條約彙纂』第一巻第二部、1934年。
  6. ^ 村山七郎『クリル諸島の文献学的研究』P144,P145
  7. ^ a b 村山七郎 『クリル諸島の文献学的研究』1987年8月、P143~P146。和田春樹『世界』1987年5月、1988年5月、1988年11月、岩波書店。長谷川毅『北方領土問題と日露関係』2000年、P21~P23。Thierry Mormanne (1992). "Le problème des Kouriles: pour un retour à Saint-Pétersbourg", in: Cipango, N° 1, Paris, p.58-89. ISSN 1164-5857.
  8. ^ 国会議事録第7回衆議院外務委員会7号昭和25年03月08日発言者番号141
  9. ^ 国会議事録第24回衆議院外務委員会4号昭和31年02月11日(発言者番号5-23)
  10. ^ 「尖閣・竹島・千島 領土問題 - 特集」『しんぶん赤旗ホームページ』、2012年8月。


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