すえひろ‐てっちょう〔すゑひろテツチヤウ〕【末広鉄腸】
末広鉄腸 すえひろ てっちょう
愛媛生まれ。小説家、政治家。父は宇和島藩士。藩校に学び藩校教授となる。明治7年(1874)大蔵省に出仕。翌8年(1875)曙新聞社に入社、新聞紙条例を批判し投獄される。のち朝野新聞に転じ、再び筆禍により投獄。自由党結成に尽力したが板垣退助の外遊を批判して脱党。『雪中梅』(1886)『花間鶯』(1887)等の政治小説を刊行。23年(1890)第1回総選挙に当選、自由党に属するが脱党、第2回総選挙には落選した。のち再度当選を果す。
- 著作等(近代デジタルライブラリー収載)
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- 独立政党論 第1,2. [1], [2] / 末広重恭述 万春堂, 明16, 17 <YDM28778>
- 自由改進大家演説集 / 鵜飼嘉一郎編 富山仲吉, 明17.6 <YDM27906>
- 印度征略史 / マコーレー著 ; 末広重恭訳 日進堂等, 明18.9 <YDM3459>
- 二十三年未来記 / 末広重恭著 博文堂, 1886 <YDM94810>
- 雪中梅 / 末広重恭著 博文堂, 明19 <YDM94284>
- 二十三年未来記 / 末広重恭著 . 2版 博文堂, 明19.6 <YDM94807>
- 雨中花 / 末広重恭(鉄腸), 二宮孤松訳 文学社, 明20.11 <YDM100839>
- 近世欧洲事情 / 末広鉄膓, 菊池広治著 文学社, 明20.4 <YDM26836>
- 現今の政事社会. [1], [2] / 末広重恭著 博文堂, 明20 <YDM27778>
- 雪中梅. [1], [2] / 末広重恭著 . 2版 博文堂, 明19, 20 <YDM94285>
- 雪中梅. [1], [2] / 末広重恭著 . 3版 博文堂, 明20.9 <YDM94286>
- 軋轢之原因 / 末広重恭著 博文堂, 明21.2 <YDM27650>
- 雨前之桜 / 末広鉄腸著 博文堂〔ほか〕, 明21.8 <YDM92957>
- 花間鶯 / 末広鉄腸著 金港堂, 明21.3 <YDM93259>
- 政治社会実地演説 / 末広重恭等述 ; 丸山平次郎記 ; 南洋散士評 翔雲堂, 明21.4 <YDM28040>
- 治外法憲 情話編 / 末広鉄腸著 政進圃, 明21.3 <YDM94457>
- 落葉のはき寄せ / 末広鉄腸著 文学社, 明22.3 <YDM93063>
- 鴻雪録 / 末広鉄膓著 博文堂, 明22.7 <YDM21923>
- 大同団結之理由 / 末広重恭述 ; 天野確郎記 串本康三, 明22.5 <YDM28164>
- 我国之内政外交 / 末広重恭著 博文堂, 明22.6 <YDM28440>
- 大同団結名士の演説 / 田中正備編 大同館, 明22.4 <YDM202696>
- 鴻雪録 / 末広鉄膓著 . 訂正3版 博文堂, 明23.2 <YDM21924>
- 衆議院議長中島信行氏の伝 衆議院議員末広重恭氏の演説 / 高橋弥之助編 安政堂, 明23.12 <YDM7141>
- 雪中梅 / 末広重恭著 . 訂6版 嵩山堂, 明23.5 <YDM94287>
- 何をか政党と云ふ / 末広重恭述 嵩山堂, 明23.4 <YDM28780>
- 闇夜鴉 / 末広鉄腸著 嵩山堂, 明23.3 <YDM95626>
- あらしのなこり / 末広重恭(鉄腸)著 青木恒三郎, 明24.11 <YDM92819>
- 唖の旅行. [1], [2], [3] / 末広鉄腸著 嵩山堂, 明22-24 <YDM93056>
- 黄金之花 / 末広鉄腸著 青木嵩山堂, 明24.10 <YDM93682>
- 玉手箱 / 末広鉄腸著 嵩山堂, 明24.9 <YDM94429>
- 第二帝国議会ノ一大要件 / 末広重恭述 嵩山堂, 明24.10 <YDM28730>
- 南洋之大波瀾 / 末広鉄腸著 春陽堂, 明24.6 <YDM94792>
- 失策又失策 / 末広重恭著 青木嵩山堂, 明25.1 <YDM27884>
- 南海の激浪 / 末広鉄腸著 青木嵩山堂, 明25.9 <YDM94785>
- 東亜之大勢 / 末広重恭著 . 訂2版 青木嵩山堂, 明26.5 <YDM28226>
- 北征録 / 末広重恭(鉄膓)著 青木嵩山堂, 明26.2 <YDM202597>
- 明治四十年の日本. [1], [2] / 末広鉄腸著 青木嵩山堂, 明26 <YDM95522>
- 大海原 / 末広鉄腸著 春陽堂, 明27.8 <YDM93030>
- 唖之旅行 / 末広重恭(鉄膓)著 . 7版 青木嵩山堂, 明27.6 <YDM21856>
- 唖の旅行 / 末広鉄腸著 . 訂正 青木嵩山堂, 明27.6 <YDM93057>
- 花間鶯 / 末広鉄腸著 . 合本訂3版 青木嵩山堂, 明28.6 <YDM93260>
- 雪中梅 / 末広重恭著 . 13版 青木嵩山堂, 明29.7 <YDM94288>
- 戦後の日本. [1], [2] / 末広鉄腸, 村松柳江著 青木嵩山堂, 明28, 30 <YDM94310>
- 玉手箱 / 末広鉄腸著 . 訂3版 青木嵩山堂, 明30.4 <YDM94430>
- 鉄腸叢書 / 末広鉄腸著 青木嵩山堂, 明32.1 <YDM94249>
- 落葉のはき寄せ / 末広鉄腸著 青木嵩山堂, 明33.6 <YDM93064>
- 過去の政海 / 末広鉄腸著 . 第2版 青木嵩山堂, 1900.5 <YDM300142>
- 世路の残月 / 末広鉄腸著 ; 鹿児島散士編 栗本彦七, 明34.12 <YDM94267>
(注:この情報は、国立国会図書館ホームページ内の「近代日本人の肖像」の内容を転載しております。掲載内容の複製については、国立国会図書館の許諾を得る必要があります。)
末広鉄腸
末広鉄腸
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/04 13:26 UTC 版)
末広鐵腸(すえひろ てっちょう、1849年3月15日(嘉永2年2月21日) - 1896年(明治29年)2月5日)は、自由民権派の政論家・新聞記者・衆議院議員・政治小説家。幼名雄次郎、後に重恭(しげやす)。号に鐵腸、子倹、浩斎。
生涯
宇和島藩の勘定役『禎介』の次男として、城下の笹町(現、愛媛県宇和島市笹町)に生まれた。
1860年(万延元年)、四書五経の素読を終え、翌年、藩校の『明倫館』に入って朱子学を修め、1869年(明治2年)、母校の教授になった。王陽明の伝習録に傾倒した。
1870年(明治3年)、上京したものの師を得ず、京都の春日潜庵に陽明学を学んだ。1872年(明治5年)、帰郷して神山県に勤め、1874年(明治7年)、大蔵省に転じたが、折からの自由民権運動の高まりの中で言論に志し、1875年(明治8年)4月、東京曙新聞の編集長になった。
直後の1875年(明治8年)6月、讒謗律と新聞紙条例が公布され、8月、それらを非難する投書を掲載して、自宅禁錮2ヶ月・罰金二千円となり、最初の違反者として名を広めた。
1875年(明治8年)10月、朝野新聞の編集長となり、成島柳北社長の洒脱な諷刺『雑録』と鉄腸の痛烈な『論説』とで人気を集めたが、1876年(明治9年)2月に、讒謗律・新聞紙条例の制定者、井上毅・尾崎三良を紙上で茶化し、柳北は禁獄4ヶ月と100円、鉄腸は8ヶ月と150円の罰を受け、収監された。下獄中、漢学への偏りを改めるべく、英語を独学した。釈放後、『末広重恭転獄新話』を朝野新聞に載せた。
明治義塾(三菱商業学校)に学び、1879年(明治12年)から、嚶鳴社などの政談演説会で、国会開設の啓蒙演説を続け、1880年(明治13年)慶應義塾出身者中心の政談演説討論会が中心となり、政治的啓蒙団体「国友会」が組織されると、大石正巳、馬場辰猪、吉田一士らと共に参加して、地方遊説もした。
1881年(明治14年)、国会設置が予告され、『自由党』が結党されて常議員になったが、1883年(明治16年)脱党し、馬場・大石らと『独立党』を結成した。(成島社長は『立憲改進党』。)
1884年(明治17年)、成島柳北が没し、鉄腸は社長没後の朝野新聞を支え、犬養毅・尾崎行雄らを補強した。糖尿病を療養し、1886年(明治19年)、政治小説『雪中梅』を出版した。1888年(明治21年)、印税を資に、4月13日から米欧に旅行した。英語が流暢に話せるわけではない鉄腸だったが、アメリカ合衆国サンフランシスコ行きの船に乗ったのち、船中でフィリピンの革命家・学者として知られるホセ・リサールと懇意になり、リサールがなにかと助けてくれた。当初の鉄腸の目的は訪米だったが、リサールと意気投合したために予定を変更して4月28日のサンフランシスコ到着後も行動を共にし、5月16日にリサールと共にイギリスのリバプールに到着した後、ロンドンにて別れている。「親切なフィリピン人青年が船で助けてくれた」と鉄腸は書き残している。
翌年2月帰国すると、宿願とする政党の大同団結に立憲改進党系の朝野新聞社内が冷たいので、退社し、各地を遊説した。
同年の春に創刊された『東京公論』紙の主筆になり、不偏不党の同社と合わず二月足らずでやめ、大阪の大同倶楽部系の『関西日報』紙の主幹となり、翌1890年(明治23年)6月、東京に戻って『大同新聞』を主宰し、次に村山龍平と11月、『国会』紙を創刊し、1894年(明治27年)、のちに『新聞経歴談』となる『記憶のまゝ』を連載した。
その間の1890年(明治23年)7月、大同新聞記者の肩書で第一回衆議院議員選挙に愛媛県から立候補し、当選した。しかし、所属した立憲自由党から脱党し、その後の選挙に二度落選し、1894年(明治27年)の選挙で返り咲いた。
在野時の1892年(明治25年)には、清国・朝鮮・沿海州を視察した。他、興亜会の幹事にも就任している。
1896年(明治29年)、現職議員のまま、舌癌で亡くなった。墓碑は宇和島市大超寺にある。
長男末広重雄は国際法学者として京都大学教授。次男末広恭二は船舶工学者。孫で恭二の長男に当たる末広恭雄は水産学者。
主な著書
単行本
- (翻訳)ウ井クトル、チツソーとコンスタン・アメロー共著:『千里風煙 政事上の放逐人』、博文堂(1888)('Victor Tissot et Constant Amero : "Les Contrées mystérieuses et les peuples inconnus" (1884)' の英訳からの重訳)
- 『独立政党論』1、2、万春堂(1883 & 1884)
- 『二十三年未来記』、東京屋(1885 & 1886))
- (翻訳)マコーレー:『印度征略史』、日進堂、(1885)(Thomas Babington Macaulay: "Lord Clive,"(1840))
- 『雪中梅』、博文堂(1886)
- 『近世欧洲事情』(菊池広治と共著)、文学社(1887)
- 『雨中花』、文学社(1887)
- 『現今の政事社会 1、2』、博文堂(1887)
- 『花間鶯 上中下』、金港堂(1887-1888) / 合本、青木嵩山堂(1895)
- 『軋轢之原因』、博文堂(1888)
- 『雨前之桜』、博文堂(1888)
- 『治外法憲 情話編』、政進圃(1888)
- 『政治社会実地演説』、翔雲堂(1888)
- 『雨前の桜』、博文堂(1888)
- 『落葉之掃寄』(「五色目鏡」「浮世の夢」「未来の夢」「手管のもつれ」)、金桜堂(1887)
- 『鴻雪録』、博文堂(1889)
- 『唖の旅行 1、2、3)』、青木嵩山堂(1889 - 1901)
- 『我国之内政外交』、博文堂(1889)
- 『闇夜鴉』、青木嵩山堂(1890)
- 『何をか政党と云ふ』、青木嵩山堂(1890)
- 高橋弥之助編:『衆議院議長中島信行氏の伝 衆議院議員末広重恭氏の演説』、安政堂(1890)
- 『南洋之大波瀾』、春陽堂(1891)- ホセ・リサールをモデルにした政治小説
- 『玉手箱』青木嵩山堂(1891)
- 『黄金之花』、青木嵩山堂(1891)
- 『第二帝国議会ノ一大要件』青木嵩山堂(1891)
- 『荒しのなこり』、青木嵩山堂(1891)
- 『失策又失策』、青木嵩山堂(1892)
- 『南海の激浪』、青木嵩山堂(1892)
- 『北征録』、青木嵩山堂(1893)
- 『東亜之大勢』訂2版、青木嵩山堂(1893)
- 『明治四十年の日本』、青木嵩山堂(1893)
- 『大海原』、春陽堂(1894)(「南洋之大波乱」と「荒しのなごり」の合本)
- 『戦後の日本1、2、3』(村松柳江と共著)、青木嵩山堂(1895 - 1897)
- 『雪の花園』(村松柳江と共著)、青木嵩山堂(1896)
- 1896年12月歿
著作を所収する全集類
- 『雪中梅』、講談社 日本現代文学全集3(1965)
- 『雪中梅』『花間鶯』『南洋の大波瀾』、筑摩書房 明治文学全集6(1967)
- 『雪中梅』、日本近代文学館 近代文学館 特選4(1971)(複製)
- 『花間鶯上編緒言』、『訂正増補雪中梅序』、角川書店 近代文学評論大系1(1971)
- 『雪中梅』、角川書店 日本近代文学大系2(1974)
- 『偽民権論』『王権ノ用方』『人爵ハ天爵ニ若カズ』、筑摩書房 近代日本思想大系30(1976)
- 『唖之旅行 前、後、続編』、ゆまに書房 明治欧米見聞録集成19(1987)
- 『北征録』、ゆまに書房 明治北方調査探検記集成3(1988)
- 『新聞経歴談』、日本評論社 明治文化全集18(1992)
- 『雪中梅』、岩波文庫 第3刷(1997)ISBN 9784003113714
出典
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出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。
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- 小林智賀平:『解題』(岩波文庫版『雪中梅』(1992)ISBN 9784003113714、p.8)
- 鵜飼新一:『朝野新聞の研究』、みすず書房(1985)ISBN 9784622020479
- 西田長寿:『日本ジャーナリズム史研究』、みすず書房(1989)ISBN 9784622037828
関連項目
外部リンク
- 愛媛の偉人・賢人の紹介 末広鉄腸
- 私的宇和島歴史年表
- 千葉真郎著『石橋忍月研究』 (Googleブックス)
末広鐵腸(すえひろ てっちょう)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/22 07:38 UTC 版)
「文豪ストレイドッグス」の記事における「末広鐵腸(すえひろ てっちょう)」の解説
「猟犬」の一人。純粋な戦闘だけでは部隊最強。肉体と精神に鋼を宿す武人。“隕石切り”と呼ばれる。長めの黒髪と左眼の下にある桜の入れ墨が特徴の青年。直進する為に木を切り倒しながら進む等思考が単純な面がある他、味覚も独特で、条野には「今すぐ死んでほしい」と言われてしまっている。8時間も蟻を観察し続ける、会議中でも筋トレをするなど非常にマイペースで、卵酒に蛙の卵を使うなど常識にも欠ける。
※この「末広鐵腸(すえひろ てっちょう)」の解説は、「文豪ストレイドッグス」の解説の一部です。
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