大東義徹とは?

大東義徹 おおひがし ぎてつ

大東義徹の肖像 その1
天保13年~明冶38年4月8日 (1842~1905)

生年天保14年(1843)とする説もある。滋賀生まれ。政治家。彦根藩士で小西姓であったが、後に大東家を名乗る維新後、藩の少参事となる。明治4年(1871)岩倉遣外使節団に同行欧米視察司法省出仕少判事となるが辞職し、7年(1874)彦根に「集議社」を設立10年(1877)西南戦争西郷隆盛軍に投じ入獄23年(1890)から35年(1902)に衆議院議員(連続当選7回)。31年(1898)には隈板(第1次大隈内閣司法相となった。

キーワード 政治家
号・別称 義徹(よしあきら)

(注:この情報は、国立国会図書館ホームページ内の「近代日本人の肖像」の内容を転載しております掲載内容の複製については、国立国会図書館の許諾を得る必要があります。)

大東義徹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/07/10 01:21 UTC 版)

大東 義徹(おおひがし ぎてつ/よしあきら/よしてつ、天保13年7月15日[1]1842年8月20日) - 明治38年(1905年4月8日)は、日本の官僚政治家司法大臣(第9代)、衆議院議員(7期)を務めた。元は小西姓。父は小西新左衛門。




  1. ^ 衆議院『第十七回帝国議会衆議院議員名簿』(第十七回帝国議会衆議院公報第一号附録)〔1902年〕、14頁。


「大東義徹」の続きの解説一覧



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「大東義徹」の関連用語

大東義徹のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



大東義徹のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
国立国会図書館国立国会図書館
Copyright (C) 2019 National Diet Library, Japan. All Rights Reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの大東義徹 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2019 Weblio RSS