【支那】(しな)
現在中華人民共和国のある地域を指す言葉。
英語やドイツ語などで中国を意味する「China」と同じく、秦王朝を示すサンスクリット語を起源とする。
同地域の蔑称か伝統ある呼び名かという議論もあるが、少なくとも中国人は「シナ」と呼ばれることを嫌っているのは間違いない。
支那
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支那(しな)またはシナとは、中国またはその一部の地域に対して用いられる地理的呼称、あるいは王朝・政権の名を超えた通史的な呼称の一つである。日本では江戸時代中期から広まったが、第二次世界大戦後は主に差別的意味合いが含まれるとされ、避けられる傾向がある[1]。差別的表現ではないとする意見もある一方、蔑む目的で使用する極右団体や民間人がいるのも事実である。
注釈
- ^ 中華民国は社会主義化していたモンゴルの独立を認めていなかった。
- ^ 東京帝国大学では、東洋史専攻をさらに支那・塞外・西域・朝鮮に細分化していた。
- ^ 富永仲基『出定後語』「三蔵阿毘曇修多羅伽陀第五」には「支那の教学、必ずこれを操縵に託す」とあり、同書「言有三物第十一」には「真丹・震旦・支那・指難また同じ、琳師云わく、東方は震に属すと、また字に因って解を生ず、笑うべし」とある。早稲田大学蔵、高橋昌長写本、 http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko01/bunko01_01577/bunko01_01577_p0017.jpg 、 http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko01/bunko01_01577/bunko01_01577_p0031.jpg 。
- ^ 覚深『摩多羅私考』には「天竺・支那・扶桑の神なりや」「支那の神にあらず」という語が見える。
- ^ 長久保赤水「唐土歴代州郡沿革図」の安政2年佐藤元萇跋文に「世の論者ややもすれば輙ち曰く、支那と我と相い唇歯となすと、これ必ずしも然らず……六大洲の浩々たる、満清を継いで王たる者また何の姓なるを知らず」と言う。[1]
- ^ 間宮林蔵述村上貞助編『東韃紀行』国立公文書館デシタルアーカイブ 東韃地方紀行 中巻(文化八年(1811年)筆原本画像)の最終頁に「中国」の呼称が複数登場し、「日本と中国」ともある。日本と中国が対置する概念として記載されている。なお、同書に掲載されている清朝役人の名刺は「大清国」である。
- ^ 「日憂黄種陵夷、憫支那削溺」宮崎滔天『三十三年之夢』 - 国立国会図書館デジタルコレクション国光書房
- ^ 「中華民国ナル名称ハ現共和国ノ国号ニ付承認後ニ於ケル公式ノ文書即チ条約国書等彼我往復ノ文書中特ニ国名全部ヲ記スル場合ハ斯ク認ムルヲ要スレトモ帝国部内ニ於テハ中華民国ト称スルノ要ナカルヘク」と稟申し、中国では歴朝の国号により呼称を変えるが欧米は関係なくChina等の地理的名詞を使用していること、日本で一般言語として支那と称していることを挙げ、欧米にならって支那という地理的名詞を使って正式な公文書を記録すべきであり「今後国号ノ更改如何セス我ニ於テハ「支那」ト称スルニ敢テ差支ナカルヘクト存候」と上申した[16]
- ^ ここでは「暴戻:残酷で徳義にもとる」「暴・膺懲:乱暴(な者)を懲らしめる」の意味であり、支那(支)そのものは固有名詞にすぎない。
- ^ 「中国」は現代中国語の発音記号でzhōngguó、国際音声記号では[ʈ͡ʂʊŋ˥ kuo˧˥]と表記され、かな文字化すると"チュンクォ"となる。
- ^ 戦後のかなり経過した書籍であっても、広島県町村会編「広島町村会50年史」(1971年発刊)のように、「日支事変」といった表現がある事例もある。
- ^ 1952年に蔣介石政権との間で締結された「日本国と中華民国との間の平和条約」は日華平和条約と呼ばれる。
- ^ たとえば1964年2月18日に参議院外務委員会において中国問題を扱った当時の大平正芳外務大臣の答弁は、全て「中共」である。
- ^ 東洋史学における例、言語学における事例を参照。
- ^ 編集者の西村幸祐のほか主に右派論客とされる、畠奈津子、中宮崇などの寄稿が「シナ」を使っている。ただし、批判的な論者でも青木直人などは「中国」としている。
- ^ ジャーナリスト堀田貢得によれば、「語源に差別の要素はないが、日本と中国との戦争中に多くの日本人が侮辱の感情を込めて用いたので、不適切な表現ではないとの反論はしがたく、公的場所での使用はほとんどない」とされる[62]。
出典
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- ^ a b 于紅 2002, pp. 104.
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- ^ 『世界大百科事典』 12(シ-シヤ)(改訂新版)、平凡社、2007年9月、453頁。ISBN 978-4-582-03400-4。『性霊集』原文は「摩竭鷲峰釈迦居、支那台岳曼殊廬」(摩竭の鷲峰は釈迦の居、支那の台岳は曼殊の廬)である。現代語訳は「マガダ国の霊鷲山は釈迦の家であり、支那の五台山は文殊菩薩の家」である。
- ^ 万里集九の「山谷先生を祭る文」に「支那扶桑、其の域異なると雖も、祭らざるべからざるは、宋興って以来一人のみ」とある。『五山禅僧詩文集』13。『五山文学用語辞典』13ページ、市木武雄編、続群書類従完成会、2002年。
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- ^ 『増訂華英通語』の福澤諭吉の凡例に「学者自非諳支那音」云々とある。現代語訳は、「学ぶ者、支那の音を諳ずるに非ざるよりは」である。http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko08/bunko08_c0788/bunko08_c0788_p0003.jpg 子卿 『増訂華英通語』福澤諭吉訳、快堂蔵板、1860年、4頁 。
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- ^ 小谷野敦 『天皇制批判の常識』〈新書y 231〉洋泉社、2010年2月、95頁。ISBN 978-4-86248-517-5。
- ^ 台湾人・香港人から見た「本土」を指し、中国本土のことではない。泛緑連盟や香港の政党一覧も参照。
- ^ 香港網絡大典「支那」
- ^ 香港立法會宣誓風波
- ^ SETN三立新聞網 「反送中/怒嗆「支聯辦」!中共國徽遭蛋洗」
- ^ 台灣檢察官:「支那」不含貶意,屬中性用字, 本土新聞, 2017-6-12
- ^ “〈おんなのイケ麺〉2週間食べ続けても飽きない目黒の支那ソバ 南果歩さん” (日本語). 朝日新聞デジタル&M(アンド・エム) 2018年9月1日閲覧。
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支那
出典:『Wiktionary』 (2021/08/29 01:10 UTC 版)
固有名詞
支那 (しな)
語源
王朝名の秦(しん)に由来する古代インドのサンスクリット(梵語)仏教経典中で「チーナ」(ラテン文字表記:Cīna)と表記されたものが、中国に伝わった際に当時の漢民族の翻訳僧が漢字で音写したことによる。他の音写に「至那」「脂那」。また、「秦の土地」の意の梵語表記である「(チーナ)スターナ」(Cīnasthāna)由来の音写に「震旦」「真丹」「振丹」がある。
ヒンディー語の चीन (cīn) も梵語を語源としている。
類義語
翻訳
古典ギリシア語の Σινάι (Sinái)、俗ラテン語の Sinae、アラビア語の الصين (aʂ-ʂīn) も同じく秦由来で、英語で China などと表記されるヨーロッパ系諸言語もこれらを語源とする。
なお、スラブ語系のロシア語の Кита́й (Kitáj) や英語の Cathay、スペイン語の Catay などは契丹由来の表記とされる。
- アラビア語: الصين (as-sīn)
- アゼルバイジャン語: Чин(Çin)
- ベンガル語: চীন(Čīn)
- ブルトン語: Sina
- ソラニー: چین(Çîn)
- チェコ語: Čína
- デンマーク語: Kina
- ドイツ語: China
- ディベヒ語: ޗައިނާ(Ča'inā)
- ギリシア語: Κίνα(Kina)
- 英語: Sina, Sino-, China
- エスペラント: Ĉinio, Ĉinujo
- スペイン語: China
- エストニア語: Hiina
- ペルシア語: چين (čīn)
- フィンランド語: Kiina
- フランス語: Chine 女性
- グジャラート語: ચીન(Čīn)
- ヘブライ語: סין(Sîn)
- ヒンディー語: चीन (cīn)
- ハンガリー語: Sina
- アルメニア語: Չինաստան(Č̣inastan)
- インターリングア: China
- インドネシア語: China, Cina
- イド語: Chinia
- ジャワ語: Cina
- イタリア語: Cina
- クメール語: ចិន(Čin)
- カンナダ語: ಚೀನ(Čīna)
- クルド語: چین(Çîn)
- ラテン語: Sinae
- ラーオ語: ຈີນ(Čīn)
- リトアニア語: Sina
- ラトヴィア語: Ķīna
- マラヤーラム語: ചൈന(Čaina)
- マレー語: Cina
- ネパール語: चीन(Tsīn)
- オランダ語: China
- パンジャブ語: ਚੀਨ(Čīn)
- パフラヴィー語: چینی (čīnī)
- ポーランド語: Sina, Chiny
- パシュトー語: چين(Čīn)
- ポルトガル語: China 女性
- ルーマニア語: China 女性
- サンスクリット: चीन
- シンド語: چين(Čīn)
- 北サーミ語: Kiinná
- シンハラ語: නය(Čīnaya)
- ソマリ語: Shiinaha
- スウェーデン語: Kina
- タミル語: சீனா (Čīṉā)
- テルグ語: చైనా(Čainā)
- タイ語: จีน(Čīn)
- タガログ語: Tsina
- トルコ語: Çini, Çin
- ウルドゥー語: چين (čīn)
- ウズベク語: Чин(Chin)
- 中国語: 支那
「支那」の例文・使い方・用例・文例
- 支那は富源が豊富である
- 支那は将来開発せらるべき一大宝庫である
- 支那本部
- 支那本土
- 支那料理は口が焼けるほど熱い
- 支那は東洋一の富源を有す
- 支那保全
- 支那は旅行の便が悪い
- 海参{いりこ}は主として支那へ輸出される
- 仏教は支那朝鮮を経て日本へ来た
- 支那はロシアの応援を求めた
- 支那行きの貨物
- 支那の労働者は過激思想に冒されている
- 支那は東洋文明濫觴の地である
- 日本は支那の治乱に重大なる利害関係を有す
- (支那語の如き)単音語
- 支那借款は関税を担保としてある
- 日本の金は支那に流通するか
- 支那が過激派運動の策源地となる恐れがある
- 支那ではまた排日運動が持ち上がっている
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