6月13日とは? わかりやすく解説

6月13日

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/10/04 09:19 UTC 版)

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6月13日(ろくがつじゅうさんにち)は、グレゴリオ暦で年始から164日目(閏年では165日目)にあたり、年末まであと201日ある。

できごと

1878年7月13日に行われたベルリン会議の最終会合を描いた絵画(1881年制作)。
ベルリン会議開催(1878)。画像は、7月13日に行われた会議の最終会合を描いたもの(1881年制作)。
1924年築地小劇場開場。画像は、当時の劇場(三省堂「画報日本近代の歴史9」)。
築地小劇場開場(1924)。画像は、当時の劇場(三省堂「画報日本近代の歴史9」)。
1943年3月27日、ハワイ諸島海域を航行中の戦艦ノースカロライナ。
戦艦ノースカロライナ進水(1940)。画像は1943年3月27日、ハワイ諸島海域を航行中の戦艦ノースカロライナ。
Office of Strategic Servicesの記章。
CIAの前身Office of Strategic Services設立(1942)。画像はOSSの記章。
1944年、ヴィレル・ボカージュの戦い。画像は英国軍巡航戦車VIII型クロムウェル。
第二次世界大戦、ヴィレル・ボカージュの戦い(1944)。画像は英国軍巡航戦車VIII型クロムウェル。
1944年、V1飛行爆弾。画像はV1の断面図。
第二次世界大戦、V1飛行爆弾によるイギリス攻撃を開始(1944)。画像はV1の断面図。
サーグッド・マーシャル、1967年に黒人初のアメリカ合衆国最高裁判所判事に就任。
サーグッド・マーシャル、黒人初のアメリカ合衆国最高裁判所判事に就任(1967)。
2010年、小惑星探査機はやぶさが地球に帰還。画像は、第61回国際宇宙会議で展示されたはやぶさ模型。
小惑星探査機はやぶさが地球に帰還(2010)。画像は、第61回国際宇宙会議で展示されたはやぶさ模型。

誕生日

物理学者トマス・ヤング(1773-1829)誕生。エネルギーの概念を定義し、ヤング率などに名を残す。
物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェル(1831-1879)誕生。古典電磁気学を確立した。
詩人ウィリアム・バトラー・イェイツ(1865-1939)誕生。
私達は他人との口論からレトリックを作り出すが、自分自身との口論から詩を作り出す。――『Per Amica Silentia Lunae』(1918)
細菌学者ジュール・ボルデ(1870-1961)誕生。免疫を研究した。
数学者ジョン・フォーブス・ナッシュ(1928-2015)誕生。ゲーム理論などを専門とする。
タイ王国第34代首相サマック・スントラウェート(1935-2009)誕生。
レスリング選手伊調馨(1984-)誕生。画像は、国民栄誉賞表彰式のもの。
プロサッカー選手、本田圭佑(1986-)誕生。

人物

人物以外(動物など)

忌日

仏師湛慶(1173-1256)没。画像は妙法院の千手観音像。
宮本武蔵
枯木鳴鵙図
剣豪宮本武蔵(1584-1645)没。書画にも優れる。画像は『枯木鳴鵙図』
バイエルン王ルートヴィヒ2世(1845-1886)没。
日本の細菌学の父北里柴三郎(1853-1931)没。
作家太宰治(1909-1948)没。
ジャズ・クラリネット奏者ベニー・グッドマン(1909-1986)没。
プロレスラー三沢光晴(1962-2009)没。

人物以外(動物など)

記念日・年中行事

鉄人の日。画像は衣笠祥雄の連続試合出場世界記録の記念碑。
はやぶさの日。画像は国立科学博物館に展示されているはやぶさの実物大模型(映画『はやぶさ 遥かなる帰還』の撮影用に製作されたもの)
  • 小さな親切運動スタートの日(日本の旗 日本)
    1963年のこの日に小さな親切運動本部が発足したことを記念。その年の東京大学の卒業式の告辞の中で、総長の茅誠司が「小さな親切を勇気をもってやってほしい」と言ったことがきっかけとなり、6月13日に茅ほか8名の提唱者でこの運動を発足させた。
  • 鉄人の日(日本の旗 日本)
    1987年のこの日、「鉄人」と呼ばれた衣笠祥雄が連続試合出場の世界記録を更新したことを記念[4]。
  • FMの日(日本の旗 日本)
    F・Mがそれぞれアルファベットの6番目と13番目であることから。FM放送とは何の関係もなく、また制定者も不明。
  • はやぶさの日(日本の旗 日本)
    2010年のこの日、世界初の小惑星サンプルリターンなどを成し遂げた宇宙探査機はやぶさが地球に帰還したことを記念[5]。
  • いいみょうがの日(日本の旗 日本)
    みょうがの全国第1位の産地である高知県の高知県農業協同組合が制定。「高知県産のみょうが」をより広くPRするのが目的。日付は6月は「みょうが」の旬の時期であることと、13日を「いい(1)みょうが(3)」と読む語呂合わせから[6]。

脚注

  1. ↑ “はやぶさ帰還、カプセル回収へ”. AFP🔵BB News (2010年6月14日). 2026年6月13日閲覧。
  2. ↑ “櫻井孝宏|アニメキャラ・プロフィール・出演情報・最新情報まとめ”. アニメイトタイムズ (2026年6月10日). 2026年6月13日閲覧。
  3. ↑ デジタル版 日本人名大辞典+Plus『宗諄女王』 - コトバンク
  4. ↑ “レファレンス事例詳細”. レファレンス協同データベース. 2024年6月13日閲覧。
  5. ↑ “6月13日は「はやぶさの日」”. ファン!ファン!JAXA! (2016年6月13日). 2025年6月13日閲覧。
  6. ↑ “6月13日。今日はいいみょうがの日”. 日本食糧新聞. 2025年6月13日閲覧。

関連項目


6月1~3日

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/14 10:18 UTC 版)

「マラウィの戦い」の記事における「6月1~3日」の解説

6月1日 記者会見でデルフィン・ロレンザナ国防長官はマラウィで8人の外国人過激派が殺害され、その中の5人はマレーシア、インドネシア、サウジアラビア、イエメン及びチェチェン人と特定されたと発表した。ロレンザナはまた先週からのマラウィ攻撃に関与している過激派の人数の推定を初期の100人から500人に訂正し、マウテの過激派が260人、イスニロン・ハピロンの下のアブ・サヤフが100人で、残りは他の地元過激派組織で構成されていると述べた。彼は280人の過激派は市内から逃走し、一部は近隣の町の民間人に紛れ込んでいる一方、マラウィに残っているのは推定50~100人だと述べた マラウィでは同士討ちが起こった。フィリピン空軍の二機の航空機が反乱軍のいる位置へ空爆を行ったが、一機は目標を間違え地上にいた政府軍に直撃し10人を殺害した。この事件の後、上院議長のAquilino Pimentel IIIはマラウィでの過激派に対する進行中の作戦でのフィリピン軍の戦略を審査するよう求めた。Antonio Trillanes上院議員は「悲劇的で不幸」な事件だと呼び、軍に同様の事件が二度と起こらないようにするよう求めた。Panfilo Lacson上院議員は国民にフィリピン軍と調査の実施への支持を求めた 6月2日 マラカニアン宮殿の広報担当者のアーネスト・アベラは2017年6月2日午前0時半頃にパサイの「リゾーツ・ワールド・マニラ」で起きた攻撃は、マラウイのマウテ・グループまたはISISに対する継続的な軍事攻撃に関連しているとの推測を払拭した。彼はまた事件がテロリズムと関係している可能性を否定した フィリピン軍の広報担当者は、過激派は市内中心部の商業ビルに留まっており、イスニロン・ハピロンはまだマラウイにいると考えていると述べた。彼はまた、過激派から完全に都市を取り戻すための初期に設定した6月2日の期限は、過激派が激しい抵抗を続けていることから間に合わないことを認めた。インドネシア外務省はマニラにある同国の大使館を通じてフィリピン軍の助けもうけて火曜日にマラウィから17人の民間人の救出に成功したF 6月3日 2017年6月3日、ドゥテルテとヌル・ミスアリ (モロ民族解放戦線の創設議長) はMNLFの2000人の戦闘員がフィリピン軍に入隊し、マラウィでの戦闘に参加する合意を結んだ。しかしながら、数日後、フィリピン陸軍とドゥテルテ自身の両方が、すぐには行われないとの声明を出した

※この「6月1~3日」の解説は、「マラウィの戦い」の解説の一部です。
「6月1~3日」を含む「マラウィの戦い」の記事については、「マラウィの戦い」の概要を参照ください。

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