1812年とは? わかりやすく解説

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文化9年 (みずのえさる 壬申)

文化9年
年(年号)
1797年 (寛政9年) 湯島聖堂昌平坂学問所改称
1803年 (享和3年) 江戸開府200年
1806年 (文化3年) 大火
1808年 (文化5年) フェートン号事件
文化9年
1825年 (文政8年) 異国船打払令
1828年 (文政11年) シーボルト事件
1829年 (文政12年) 江戸大火
1830年 (天保元年) 伊勢御蔭参り大流行


文化9年
杉田 玄白 1733年1817年(享保18年文化14年) 79
伊能 忠敬 1745年1818年(延享2年文政元年) 67
塙 保己一 1746年1821年(延享3年文政4年) 66
司馬 江漢 1747年1818年(延享4年文政元年) 65
大田 南畝 1749年1823年(寛延2年文政6年) 63
笠森 お仙 1751年1827年(宝暦元年文政10年) 61
鶴屋 南北 1755年1829年(宝暦5年文政12年) 57
大槻 玄沢 1757年1827年(宝暦7年文政10年) 55
松平 定信 1758年1829年(宝暦8年文政12年) 54
葛飾 北斎 1760年1849年(宝暦10年嘉永2年) 52
山東 京伝 1761年1816年(宝暦11年文化13年) 51
酒井 抱一 1761年1828年(宝暦11年文政11年) 51
十返舎 一九 1765年1839年(明和2年天保10年) 47
滝沢 馬琴 1767年1848年(明和4年嘉永元年) 45
雷電 為衛門 1767年1825年(明和4年文政8年) 45
佐藤 信淵 1769年1850年(明和6年嘉永3年) 43
近藤 重蔵 1771年1829年(明和8年文政12年) 41
徳川 家斉 1773年1841年(安永2年天保12年) 39
間宮 林蔵 1775年1844年(安永4年弘化元年) 37
式亭 三馬 1776年1822年(安永5年文政5年) 36
柳亭 種彦 1783年1842年(天明3年天保13年) 29
為永 春水 1790年1843年(寛政2年天保14年) 22才
徳川 家慶 1793年1853年(寛政5年嘉永6年) 19才
遠山 金四郎 1793年1855年(寛政5年安政2年) 19才
渡辺 崋山 1793年1841年(寛政5年天保12年) 19才
水野 忠邦 1794年1851年(寛政6年嘉永4年) 18
千葉 周作 1794年1855年(寛政6年安政2年) 18
Siebold Philipp Von 1796年1866年(寛政8年慶応2年) 16才
歌川 広重 1797年1858年(寛政9年安政5年) 15才
高島 秋帆 1798年1866年(寛政10年慶応2年) 14才
男谷 精一郎 1798年1864年(寛政10年元治元年) 14才
Harris Townsend 1804年1878年(文化元年明治11年) 8才
緒方 洪庵 1810年1863年(文化7年文久3年) 2才
鼠小僧次郎吉 ????年〜1832年(??年〜天保3年) ?才

1812年

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/04 08:20 UTC 版)

1812年(1812 ねん)は、西暦グレゴリオ暦)による、水曜日から始まる閏年




「1812年」の続きの解説一覧

1812年

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/12 00:40 UTC 版)

エリー湖の湖上戦」の記事における「1812年」の解説

米英戦争勃発したとき、イギリス軍直ぐにエリー湖制水掌握したイギリス軍植民地海軍によって管理される小さな船を持っており、海戦のためというよりも輸送のために使っていた。対すアメリカ軍はこれに対抗できるものがなかった。イギリス軍アイザック・ブロック少将はこの優位性利用してデトロイト包囲戦アメリカ軍下したデトロイト砦が陥落したとき、アメリカ海軍唯一所有していたブリッグ船アダムズも失うことになったイギリス軍はこの船をHMSデトロイト改名した。1812年10月9日、ジェス・エリオットが指揮するアメリカ軍水兵海兵エリー砦の近くHMSデトロイト乗り移り、ブリッグ船カレドニアと共に捕獲したデトロイトナイアガラ川中州にある島で座礁し再度捕獲されることを避けるために燃やされた。カレドニアブラック・ロック海軍造船所曳航され、アメリカ海軍の艦船として就役した。カレドニアその他に購入されスクーナー船砲艇改装されたが、ナイアガラ川見下ろエリー砦の大砲睨まれているため、ブラック・ロック釘付けにされた。

※この「1812年」の解説は、「エリー湖の湖上戦」の解説の一部です。
「1812年」を含む「エリー湖の湖上戦」の記事については、「エリー湖の湖上戦」の概要を参照ください。


1812年

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/19 08:52 UTC 版)

ヨゼフィーネ・ブルンスヴィック」の記事における「1812年」の解説

数々の法廷闘争敗れ精神すり減らす紛争諍いの末、ヨゼフィーネ自暴自棄となりシュタッケルベルクは彼女の元を去った。これはおそらく1812年のことと思われ突然の宗教的衝動により祈り信仰的思索慰め見出そうとしたらしい。これは緊急に資金を必要としていたヨゼフィーネ助けはならず彼女は常にもがき苦しんでいた。 1812年6月日記からは、ヨゼフィーネ明確にプラハ行こうとしていたことがわかる。ここで彼女とテレーゼ日記不意に途絶えており、再開するのは2か月後からである。 一方ベートーヴェンプラハ経由テプリツェ向かっており、プラハでは1812年7月3日間違いなく不滅の恋人」と呼ばれる人物会っている。「不滅の恋人」という呼称は、彼が7月6日7日書いたものの投函しなかった手紙の中で用いられている。 ヨゼフィーネ主な心配事デイム伯との間に生まれた4人の子どもの財産管理継続するであったが、1812年8月疎遠となった夫との間に新たな協定を結ぶことに成功した。この新たな結婚契約要点シュタッケルベルクがいつでも彼女を置いて出ていことが出来ると書かせたことにある - その後1813年4月8日に娘のミノーナが生まれると彼はそれを実行移したであった。ミノーナが自分のでないと疑っていた可能性もある。

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1812年

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/28 18:13 UTC 版)

サロン・ド・パリ」の記事における「1812年」の解説

この年テオドール・ジェリコー力動感あふれる『近衛騎兵隊の士官』でサロンデビューしている。 テオドール・ジェリコー近衛騎兵隊の士官英語版)』1812年。油彩キャンバス349 × 266 cmルーヴル美術館

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「1812年」を含む「サロン・ド・パリ」の記事については、「サロン・ド・パリ」の概要を参照ください。

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