天保11年 (かのえね 庚子)
年(年号) |
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| ●1825年 (文政8年) | ■異国船打払令 |
| ●1828年 (文政11年) | ■シーボルト事件 |
| ●1829年 (文政12年) | ■江戸大火 |
| ●1830年 (天保元年) | ■伊勢御蔭参り大流行 |
| ●1837年 (天保8年) | ■大塩平八郎の乱 |
| ●1839年 (天保10年) | ■蛮社の獄 |
| ●1853年 (嘉永6年) | ■黒船来航 |
| ●1855年 (安政2年) | ■安政江戸地震 |
| ●1858年 (安政5年) | ■安政の大獄 |
| ●1860年 (万延元年) | ■桜田門外の変 |
1840年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/08/29 15:15 UTC 版)
| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 18世紀 - 19世紀 - 20世紀 |
| 十年紀: | 1820年代 1830年代 1840年代 1850年代 1860年代 |
| 年: | 1837年 1838年 1839年 1840年 1841年 1842年 1843年 |
1840年(1840 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、水曜日から始まる閏年。
他の紀年法
カレンダー
できごと
- 2月6日 - イギリスとマオリの間でワイタンギ条約が締結され、ニュージーランドがイギリスの直轄植民地となる[1]。
- 2月10日 - イギリス女王ヴィクトリアがアルバート公と結婚(王配として立憲君主制の定着や1851年ロンドン万博を主導)[2]。
- 5月1日 - イギリスで世界初の近代郵便切手『ペニー・ブラック』が発行。ローランド・ヒル提唱の均一料金制など近代郵便制度が整備され、産業革命期の情報通信網が近代化する[3]。
- 6月20日 - モースが電信機およびモールス符号に関する特許をアメリカ合衆国で取得[4]。
- 6月28日 - アヘン戦争:イギリス艦隊が広州を海上封鎖したのち北上して天津沖に進出、清朝(道光帝)に軍事圧力を加える(強硬派林則徐の失脚要因)[5]。
- 7月15日 - 第二次エジプト・トルコ戦争をめぐり英・露・墺・普がロンドン条約(四国条約)を締結。エジプトを推すフランスを孤立させ、ムハンマド・アリーの世襲権承認と引き換えにシリアなど占領地を返還させてオスマン帝国を保全し、東方問題の主導権を握る[6]。
- 7月23日 - ブラジル帝国でペドロ2世が親政を開始( - 1889年)。周辺諸国が内戦や独裁(カウディーリョ)に揺れる中、君主制下で政治的安定を保ち、コーヒー栽培を軸に経済近代化を進める[7]。
- 8月4日(天保11年7月7日) - 長州藩主毛利敬親が村田清風を登用し藩政改革に着手。藩債整理や下関の越荷方拡充により、幕末の倒幕運動を支える財政基盤を築く[8]。
- 10月(天保11年9月) - 長崎町年寄の高島秋帆が、アヘン戦争の衝撃から幕府に西洋式砲術の採用と海防強化を上申(天保上書)[9]。
- 11月1日(天保11年10月8日) - 江戸幕府が庄内藩・長岡藩・川越藩の三方領地替えを発令。庄内藩領民の激しい阻止運動(天保義民事件)により翌年撤回に追い込まれ、幕府権威の動揺を露呈する[10][11]。
- 12月15日 - フランスの七月王政下で、セントヘレナで客死したナポレオン・ボナパルトの遺骸がパリのアンヴァリッドに改葬[12]。
- 12月 - イギリスの物理学者ジュールが、電流による発熱量に関するジュールの法則を発表[13]。
日付不詳
誕生
- 1月3日 - ダミアン神父[18]、カトリック司祭(+ 1889年)
- 1月9日(天保10年12月5日) - 姉小路公知[19]、公家(+ 1863年)
- 1月10日(天保10年12月6日) - 徳大寺実則[20]、内大臣・侍従長(+ 1919年)
- 1月21日 - ソフィア・ジェクス=ブレーク[21]、イギリスの女医(+ 1912年)
- 1月23日 - エルンスト・アッベ[22]、ドイツの物理学者、光学技術者(+ 1905年)
- 1月30日(天保10年12月26日) - 竹内綱[23]、政治家、実業家(+ 1922年)
- 2月5日 - ジョン・ボイド・ダンロップ[24]、イギリスの発明家、タイヤ企業家(+ 1921年)
- 2月5日 - ハイラム・マキシム[25][26]、イギリスの技術者、機関銃の発明家(+ 1916年)
- 2月10日 - ペール・テオドール・クレーベ[27]、スウェーデンの化学者・地質学者(+ 1905年)
- 2月22日 - アウグスト・ベーベル[28]、ドイツ社会民主党の創設者の一人(+ 1913年)
- 2月23日 - カール・メンガー[29]、オーストリアの経済学者。オーストリア学派の創始者(+ 1921年)
- 3月16日(天保11年2月13日) - 渋沢栄一[30]、実業家。日本資本主義の父(+ 1931年)
- 3月27日 - マルク・マリー・ド・ロ[31]、来日したカトリック司祭(+ 1914年)
- 3月30日 - チャールズ・ブース[32]、イギリスの社会調査家(+ 1916年)
- 4月2日 - エミール・ゾラ[33]、フランスの自然主義小説家(+ 1902年)
- 4月22日 - オディロン・ルドン[34]、フランスの象徴派画家(+ 1916年)
- 4月27日 - エドワード・ウィンパー[35]、イギリスの登山家。マッターホルンの初登頂に成功(+ 1911年)
- 5月7日 - ピョートル・チャイコフスキー[36]、ロシアの作曲家(+ 1893年)
- 5月10日(天保11年4月9日) - 跡見花蹊[37]、教育者、跡見学園の創設者(+ 1926年)
- 5月13日 - アルフォンス・ドーデ[38]、フランスの小説家(+ 1897年)
- 5月22日(天保11年4月21日) - 島津忠義[39]、第12代薩摩藩主(+ 1897年)
- 5月(日時不明) - 久坂玄瑞[40]、長州藩士。尊王攘夷派の志士(+ 1864年)
- 6月2日 - トーマス・ハーディ[41]、イギリスの小説家、詩人(+ 1928年)
- 6月6日 - ジョン・ステイナー[42]、イギリスの作曲家(+ 1901年)
- 6月7日 - シャルロッテ・フォン・ベルギエン、ベルギー王女、メキシコ皇帝マクシミリアンの皇后(+ 1927年)
- 7月6日 - ホセ・マリア・ベラスコ[43]、メキシコの風景画家(+ 1912年)
- 7月8日(天保11年6月10日) - 岩村通俊[44]、日本の農商務大臣・宮中顧問官・初代北海道庁長官(+ 1915年)
- 7月28日 - エドワード・ドリンカー・コープ[45]、古生物学者(+ 1894年)
- 8月14日 - リヒャルト・フォン・クラフト=エビング[46]、ドイツの精神医学者(+ 1902年)
- 9月2日 - ジョヴァンニ・ヴェルガ[47]、イタリアの小説家、劇作家(+ 1922年)
- 9月21日 - ムラト5世[48]、第33代オスマン帝国スルタン(+ 1904年)
- 9月27日 - アルフレッド・セイヤー・マハン[49]、アメリカの海軍戦略家、歴史家。『海上権力史論』を著す(+ 1914年)
- 10月9日(天保11年9月14日) - 松本楓湖[50]、日本画家(+ 1923年)
- 10月14日 - フリードリッヒ・コールラウシュ[51]、ドイツの物理学者(+ 1910年)
- 10月14日 - ディミトリー・ピーサレフ[52]、ロシアの批評家。ニヒリズムを鼓吹(+ 1868年)
- 10月27日(天保11年10月3日) - 丸山作楽[53]、政治家(+ 1899年)
- 10月30日 - ウィリアム・グラハム・サムナー[54]、アメリカの社会学者(+ 1910年)
- 11月8日 - 初代ロスチャイルド男爵ナサニエル・ロスチャイルド[55]、銀行家・政治家(+ 1915年)
- 11月9日(天保11年10月16日) - 黒田清隆[56]、第2代内閣総理大臣。開拓使長官(+ 1900年)
- 11月12日 - オーギュスト・ロダン[57]、フランスの彫刻家(+ 1917年)
- 11月14日 - クロード・モネ[58]、フランスの印象派画家(+ 1926年)
- 11月17日 - エドモンド・モレル[59]、イギリスの鉄道技師、お雇い外国人(+ 1871年)
- 11月21日 - ヴィクトリア[60]、ドイツ皇帝フリードリヒ3世の皇后(+ 1901年)
- 月日不詳
崩御・死去
- 1月6日 - フランシス・バーニー[65]、イギリスの小説家(* 1752年)
- 1月22日 - ヨハン・フリードリヒ・ブルーメンバッハ[66]、ドイツの比較解剖学者、人類学者(* 1752年)
- 3月2日 - ヴィルヘルム・オルバース[67]、ドイツの天文学者(* 1758年)
- 3月30日 - ジョージ・ブライアン・ブランメル[68]、イギリスのセレブリティ・ダンディスト(* 1778年)
- 4月4日(天保11年3月2日) - 小宮山昌秀[69](小宮山楓軒[70])、儒学者、農政家(* 1764年)
- 4月22日 - ジェームズ・プリンセプ[71]、イギリスのインド学者(* 1799年)
- 4月25日 - シメオン・ドニ・ポアソン[72]、フランスの数学者、物理学者(* 1781年)
- 5月6日 - フランシスコ・デ・パウラ・サンタンデル[73]、コロンビアの政治家、軍人(* 1792年)
- 5月7日 - カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ[74]、ドイツの画家(* 1774年)
- 5月27日 - ニコロ・パガニーニ[75]、イタリアのヴァイオリニスト、作曲家(* 1782年)
- 6月7日 - フリードリヒ・ヴィルヘルム3世[76][77]、プロイセン王国国王(* 1770年)
- 6月19日(天保11年5月20日) - 立原杏所[78]、南画家(* 1786年)
- 6月20日 - ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ[79]、ベルギーの画家(* 1759年)
- 8月25日 - カール・インマーマン[80]、ドイツの作家(* 1796年)
- 9月10日(天保11年8月15日) - 藤井高尚[81]、国学者、歌人、神官(* 1764年)
- 9月20日 - ホセ・ガスパル・ロドリゲス・デ・フランシア[82]、パラグアイの政治家(* 1766年)
- 10月13日(天保11年9月18日) - 和田寧[83]、数学者(* 1787年)
- 11月14日(天保11年10月21日) - 播隆[84]、修験道の山岳行者。槍ヶ岳初登頂者(* 1782年)
- 11月23日 - ルイ・ド・ボナール[85]、フランスの反革命哲学者、政治家(* 1754年)
- 12月11日(天保11年11月18日) - 光格天皇[86]、第119代天皇(* 1771年)
- 12月12日 - ジャン・エティエンヌ・ドミニク・エスキロール[87]、フランスの精神医学者(* 1772年)
- 12月26日(天保11年12月3日) - 国友一貫斎(国友藤兵衛[88])、鉄砲鍛冶師・発明家(* 1778年)
脚注
出典
- ↑ 『ワイタンギ条約』 - コトバンク
- ↑ 『アルバート』 - コトバンク
- ↑ 『ヒル』 - コトバンク
- ↑ 『モース』 - コトバンク
- ↑ 『アヘン戦争』 - コトバンク
- ↑ 『ロンドン条約』 - コトバンク
- ↑ 『ペドロ2世』 - コトバンク
- ↑ 『村田清風』 - コトバンク
- ↑ 『高島秋帆』 - コトバンク
- ↑ 『三方領知替』 - コトバンク
- ↑ 『三方領地替』 - コトバンク
- ↑ 『ナポレオン1世』 - コトバンク
- ↑ 『ジュールの法則』 - コトバンク
- ↑ 『プルードン』 - コトバンク
- ↑ 『サビニー』 - コトバンク
- ↑ 『リービヒ』 - コトバンク
- ↑ 『レールモントフ』 - コトバンク
- ↑ 『ダミアン・ド・ブーステル』 - コトバンク
- ↑ 『姉小路公知』 - コトバンク
- ↑ 『徳大寺実則』 - コトバンク
- ↑ 『ジェックス・ブレーク』 - コトバンク
- ↑ 『アッベ』 - コトバンク
- ↑ 『竹内綱』 - コトバンク
- ↑ 『ダンロップ』 - コトバンク
- ↑ 『マキシム』 - コトバンク
- ↑ 『マクシム』 - コトバンク
- ↑ Per-Teodor-Cleve - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ベーベル』 - コトバンク
- ↑ 『メンガー』 - コトバンク
- ↑ 『渋沢栄一』 - コトバンク
- ↑ 『ドロ』 - コトバンク
- ↑ 『ブース』 - コトバンク
- ↑ 『ゾラ』 - コトバンク
- ↑ 『ルドン』 - コトバンク
- ↑ 『ウィンパー』 - コトバンク
- ↑ 『チャイコフスキー』 - コトバンク
- ↑ 『跡見花蹊』 - コトバンク
- ↑ 『ドーデ』 - コトバンク
- ↑ 『島津忠義』 - コトバンク
- ↑ 『久坂玄瑞』 - コトバンク
- ↑ 『ハーディ』 - コトバンク
- ↑ John-Stainer - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ベラスコ』 - コトバンク
- ↑ 『岩村通俊』 - コトバンク
- ↑ 『コープ』 - コトバンク
- ↑ 『クラフト・エービング』 - コトバンク
- ↑ 『ベルガ』 - コトバンク
- ↑ Murad-V - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『マハン』 - コトバンク
- ↑ 『松本楓湖』 - コトバンク
- ↑ 『コールラウシュ』 - コトバンク
- ↑ 『ピーサレフ』 - コトバンク
- ↑ 『丸山作楽』 - コトバンク
- ↑ 『サムナー』 - コトバンク
- ↑ 『ロスチャイルド家』 - コトバンク
- ↑ 『黒田清隆』 - コトバンク
- ↑ 『ロダン』 - コトバンク
- ↑ 『モネ』 - コトバンク
- ↑ 『モレル』 - コトバンク
- ↑ Victoria-wife-of-Frederick-III-of-Prussia - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『呉汝綸』 - コトバンク
- ↑ 『沈家本』 - コトバンク
- ↑ 『任頤』 - コトバンク
- ↑ 『若山儀一』 - コトバンク
- ↑ 『バーニー』 - コトバンク
- ↑ 『ブルーメンバハ』 - コトバンク
- ↑ 『オルバース』 - コトバンク
- ↑ 『ブランメル』 - コトバンク
- ↑ 『小宮山昌秀』 - コトバンク
- ↑ 『小宮山楓軒』 - コトバンク
- ↑ 『プリンセプ』 - コトバンク
- ↑ 『ポアソン』 - コトバンク
- ↑ 『サンタンデル』 - コトバンク
- ↑ 『フリードリヒ』 - コトバンク
- ↑ 『パガニーニ』 - コトバンク
- ↑ Frederick-William-III - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『フリードリヒ・ウィルヘルム』 - コトバンク
- ↑ 『立原杏所』 - コトバンク
- ↑ Pierre-Joseph-Redoute - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『インマーマン』 - コトバンク
- ↑ 『藤井高尚』 - コトバンク
- ↑ 『フランシア』 - コトバンク
- ↑ 『和田寧』 - コトバンク
- ↑ 『播隆』 - コトバンク
- ↑ 『ボナール』 - コトバンク
- ↑ 『光格天皇』 - コトバンク
- ↑ 『エスキロール』 - コトバンク
- ↑ 『国友藤兵衛』 - コトバンク
関連項目
1840年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/28 18:13 UTC 版)
1840年のサロンでは、ジャン=フランソワ・ミレーが、親友の父親を描いた『ルフラン氏の肖像』を提出して初入選した。
※この「1840年」の解説は、「サロン・ド・パリ」の解説の一部です。
「1840年」を含む「サロン・ド・パリ」の記事については、「サロン・ド・パリ」の概要を参照ください。
「1840年」の例文・使い方・用例・文例
- 初期の期間機関車の名前(およそ1840年頃)
- 英国のしゃれ男で、リージェンシー時代のファッションリーダー(1778年−1840年)
- 米国の辺境の住民で、1840年代にフレモントの遠征を誘導して、北軍の司令官として南北戦争で働いた(1809年−1868年)
- プロシアの王で、ナポレオン戦争に巻き込まれた(1770年−1840年)
- 彼女のコレクションを収納するために博物館をボストンに建設して、1903年にそれを市民に公開した米国の芸術品コレクターと後援者(1840年−1924年)
- 英国の小説家で詩人(1840年−1928年)
- 米国軍から撤退した時のネズパース族のリーダー(1840年−1904年)
- ドイツの神経科医で、性倒錯者の研究で知られる(1840年−1902年)
- アメリカの海軍将校で歴史家(1840年−1914年)
- 英国の発明者(米国生まれ)で、第一次世界大戦に使用されたマキシム砲を発明した(1840年−1916年)
- フランスの印象派の画家(1840年−1926年)
- 米国の政治漫画家(1840年−1902年)
- フランスの彫刻家で、人間の形に対する表現で知られる(1840年−1917年)
- 米国の社会学者(1840年−1910年)
- 英国の作家(1840年−1893年)
- 重要なロシア人の作曲家で、その作品は表現豊かなメロディーで知られる(1840年−1893年)
- 1840年から1849年までの10年間
- この映画はノンフィクションの本に基づき,1840年代から60年代のニューヨーク,ファイブ・ポインツの街の人々の生きざまを描いている。
- 1840年のページへのリンク
