文政5年 (みずのえうま 壬午)
年(年号) |
|
| ●1803年 (享和3年) | ■江戸開府200年 |
| ●1806年 (文化3年) | ■芝の大火 |
| ●1808年 (文化5年) | ■フェートン号事件 |
| ●1825年 (文政8年) | ■異国船打払令 |
| ●1828年 (文政11年) | ■シーボルト事件 |
| ●1829年 (文政12年) | ■江戸大火 |
| ●1830年 (天保元年) | ■伊勢御蔭参り大流行 |
| ●1837年 (天保8年) | ■大塩平八郎の乱 |
| ●1839年 (天保10年) | ■蛮社の獄 |
1822年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/06/02 23:51 UTC 版)
| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 18世紀 - 19世紀 - 20世紀 |
| 十年紀: | 1800年代 1810年代 1820年代 1830年代 1840年代 |
| 年: | 1819年 1820年 1821年 1822年 1823年 1824年 1825年 |
1822年(1822 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、火曜日から始まる平年。
他の紀年法
カレンダー
できごと
- 1月1日にギリシャ暫定政府(ギリシャ第一共和政)が発足する。
- 9月7日にブラジルがポルトガルから独立する。
- ジャン=フランソワ・シャンポリオンにより、古代エジプト文字の解読が部分的になされる。この発見をきっかけとして全面解読が成し遂げられた[1]。
- ニセフォール・ニエプスが、世界初の写真エッチングを製作。
誕生
- 1月2日 - ルドルフ・クラウジウス[2]、ドイツの物理学者(+ 1888年)
- 1月6日 - ハインリヒ・シュリーマン[3]、ドイツの考古学者(+ 1890年)
- 1月12日 - ジャン=ジョゼフ・エティエンヌ・ルノアール[4]、ベルギーの技術者・実業家(+ 1900年)
- 1月22日(文政4年12月30日)- 小中村清矩[5]、国学者(+ 1895年)
- 1月28日 - アレキサンダー・マッケンジー[6]、カナダ首相(+ 1892年)
- 2月16日 - フランシス・ゴルトン[7][8]、イギリスの人類学者、統計学者、優生学を提唱(+ 1911年)
- 2月25日(ユリウス暦2月13日) - レフ・メイ[9]、ロシアの詩人(+ 1862年)
- 3月16日 - ローザ・ボヌール[10]、フランスの画家・彫刻家(+ 1899年)
- 3月17日 - サイード・パシャ[11]、ムハンマド・アリー朝エジプト総督(+ 1863年)
- 3月27日 - アンリ・ミュルジェール[12]、フランスの小説家(+ 1861年)
- 3月20日 - フレデリック・パシー[13]、フランスの経済学者、政治家(+ 1912年)
- 3月25日 - アルブレヒト・リッチュル[14]、ドイツのプロテスタント神学者(+ 1889年)
- 4月6日(文政5年2月15日) - 根本通明[15]、漢学者(+ 1906年)
- 4月26日 - フレデリック・ロー・オルムステッド[16]、アメリカのランドスケープ・アーキテクト、都市計画家(+ 1903年)
- 4月27日 - ユリシーズ・グラント[17]、第18代アメリカ合衆国大統領(+ 1885年)
- 5月1日(文政5年3月10日)- 栗本鋤雲[18]、新聞記者、江戸幕府外国奉行(+ 1897年)
- 5月26日 - エドモン・ド・ゴンクール[19]、フランスの小説家・美術評論家(+ 1896年)
- 5月27日 - ヨアヒム・ラフ[20]、ドイツの作曲家(+ 1882年)
- 6月20日 - アントニウス・ボードウィン[21]、オランダの陸軍軍医(+ 1885年)
- 6月24日 - レオポルト・ミュルレル[22]、ドイツの医師、お雇い外国人(+ 1893年)
- 6月29日(文政5年5月11日)- 小笠原長行[23]、江戸幕府老中(+ 1891年)
- 6月 - 7月(文政5年5月) - 新見正興[24]、江戸幕府外国奉行(+ 1869年)
- 7月13日 - ハインリヒ・ダレスト[25]、ドイツの天文学者(+ 1875年)
- 7月20日 - グレゴール・ヨハン・メンデル[26]、オーストリアの神父・生物学者・メンデルの法則発見者(+ 1884年)
- 8月12日 - ロドルフ・ブレスダン[27]、フランスの版画家(+ 1885年)
- 8月15日 - ヘンリー・メイン[28]、イギリスの法学者(+ 1888年)
- 10月4日 - ラザフォード・ヘイズ[29]、第19代アメリカ合衆国大統領(+ 1893年)
- 10月18日 - ミドハト・パシャ[30]、オスマン帝国の政治家(+ 1884年)
- 10月26日(文政5年9月12日) - 島義勇[31]、開拓使判官、秋田県令、佐賀の乱の首謀者(+ 1874年)
- 10月27日(文政5年9月13日) - 奈良専二[32]、老農(+ 1892年)
- 11月26日 - リリー・マーティン・スペンサー[33]、アメリカの画家(+ 1902年)
- 12月10日 - セザール・フランク[34]、フランスの作曲家(+ 1890年)
- 12月24日 - マシュー・アーノルド[35]、イギリスの詩人(+ 1888年)
- 12月24日 - シャルル・エルミート[36]、フランスの数学者(+ 1901年)
- 12月27日 - ルイ・パスツール[37]、フランスの生化学者・細菌学者(+ 1895年)
- 月日不詳
死去
- 1月24日 - テペデレンリ・アリー・パシャ[40][41]、アルバニア出身のオスマン帝国の総督(* 1741年?)
- 2月27日(文政5年閏1月6日) - 式亭三馬[42]、草双紙・洒落本・滑稽本作者(* 1776年)
- 4月18日 - ドミートリー・レヴィツキー[43]、ロシアの肖像画家(* 1735年)
- 5月3日(文政5年3月12日) - 上杉治憲[44](上杉鷹山[45])、米沢藩藩主(* 1751年)
- 5月4日(文政5年3月13日) - 本木正栄(本木庄左衛門[46])、阿蘭陀通詞(* 1767年)
- 6月23日(文政5年5月5日)- 夏目甕麿[47]、国学者、歌人(* 1773年)
- 6月25日 - E.T.A.ホフマン[48]、ドイツの小説家、作曲家、音楽評論家、画家、法律家(* 1776年)
- 6月25日(文政5年5月7日) - 亜欧堂田善[49]、洋風画家(* 1748年)
- 7月8日 - パーシー・ビッシュ・シェリー[50]、イギリスの詩人(* 1792年)
- 7月19日(文政5年6月2日) - 烏亭焉馬[51]、戯作者(* 1743年)
- 8月12日 - ロバート・ステュアート (カースルレー子爵)[52]、イギリスの政治家(* 1769年)
- 8月25日 - ウィリアム・ハーシェル[53]、ドイツ出身のイギリスの天文学者、天王星を発見(* 1738年)
- 9月12日(文政5年6月2日) - 馬場貞由(馬場佐十郎[54])、洋学者(* 1787年)
- 10月13日 - アントニオ・カノーヴァ[55]、イタリアの彫刻家(* 1757年)
- 11月6日 - クロード・ルイ・ベルトレー[56]、フランスの化学者(* 1748年)
- 11月26日 - カール・アウグスト・フォン・ハルデンベルク[57]、プロイセンの政治家(* 1750年)
- 月日不詳 - 陳鴻寿[58]、清の文人画家(* 1768年)
出典
- ↑ 吉成 薫『ヒエログリフ入門』株式会社 弥呂久、1999年。ISBN 4946482121。 pp.24-27
- ↑ 『クラウジウス』 - コトバンク
- ↑ 『シュリーマン』 - コトバンク
- ↑ Etienne-Lenoir - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『小中村清矩』 - コトバンク
- ↑ 『マッケンジー』 - コトバンク
- ↑ 『ゴルトン』 - コトバンク
- ↑ 『ゴールトン』 - コトバンク
- ↑ 『メイ』 - コトバンク
- ↑ Rosa-Bonheur - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『サイード・パシャ』 - コトバンク
- ↑ Henri-Murger - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『パシー』 - コトバンク
- ↑ 『リッチュル』 - コトバンク
- ↑ 『根本通明』 - コトバンク
- ↑ 『オルムステッド』 - コトバンク
- ↑ 『グラント』 - コトバンク
- ↑ 『栗本鋤雲』 - コトバンク
- ↑ 『ゴンクール』 - コトバンク
- ↑ 『ラフ』 - コトバンク
- ↑ 『ボードイン』 - コトバンク
- ↑ 『ミュラー』 - コトバンク
- ↑ 『小笠原長行』 - コトバンク
- ↑ 『新見正興』 - コトバンク
- ↑ Heinrich-Louis-dArrest - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『メンデル』 - コトバンク
- ↑ 『ブレズダン』 - コトバンク
- ↑ 『メーン』 - コトバンク
- ↑ 『ヘーズ』 - コトバンク
- ↑ 『ミドハト・パシャ』 - コトバンク
- ↑ 『島義勇』 - コトバンク
- ↑ 『奈良専二』 - コトバンク
- ↑ Lilly-Martin-Spencer - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『フランク』 - コトバンク
- ↑ 『アーノルド』 - コトバンク
- ↑ 『エルミート』 - コトバンク
- ↑ 『パスツール』 - コトバンク
- ↑ 『洪仁玕』 - コトバンク
- ↑ 『細木香以』 - コトバンク
- ↑ 『アリー・パシャ』 - コトバンク
- ↑ 『アリ・パシャ』 - コトバンク
- ↑ 『式亭三馬』 - コトバンク
- ↑ 『レビツキー』 - コトバンク
- ↑ 『上杉治憲』 - コトバンク
- ↑ 『上杉鷹山』 - コトバンク
- ↑ 『本木庄左衛門』 - コトバンク
- ↑ 『夏目甕麿』 - コトバンク
- ↑ 『ホフマン』 - コトバンク
- ↑ 『亜欧堂田善』 - コトバンク
- ↑ 『シェリー』 - コトバンク
- ↑ 『烏亭焉馬』 - コトバンク
- ↑ 『カースルレー』 - コトバンク
- ↑ 『ハーシェル』 - コトバンク
- ↑ 『馬場佐十郎』 - コトバンク
- ↑ 『カノーバ』 - コトバンク
- ↑ 『ベルトレ』 - コトバンク
- ↑ 『ハルデンベルク』 - コトバンク
- ↑ 『陳鴻寿』 - コトバンク
関連項目
外部リンク
ウィキメディア・コモンズには、1822年に関するカテゴリがあります。
1822年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/28 18:13 UTC 版)
1822年のサロンには、ウジェーヌ・ドラクロワが『ダンテの小舟』を初出品し、その名が知られるようになった。ダンテの『神曲』地獄篇に題材をとった劇的な内容と、激しい色彩表現のため、激しい非難を浴びたが、グロはドラクロワの才能を評価した。 この年、オラース・ヴェルネは、納得し難い政治的理由で落選した作品をまとめて、自分のアトリエで展示した。これは19世紀最初の個展の先駆けといえる。 ウジェーヌ・ドラクロワ『ダンテの小舟(英語版)』1822年。油彩、キャンバス、189 × 246 cm。ルーヴル美術館。
※この「1822年」の解説は、「サロン・ド・パリ」の解説の一部です。
「1822年」を含む「サロン・ド・パリ」の記事については、「サロン・ド・パリ」の概要を参照ください。
「1822年」の例文・使い方・用例・文例
- 英国の詩人で文芸批評家(1822年−1888年)
- 作曲家の一世代に影響を与えたフランスの作曲家と教師(1822年−1890年)
- フランス人の作家で、彼の兄弟ジュール・ド・ゴンクールと多くの本を共同制作して、ゴンクール賞を彼の意志で設立した(1822年−1896年)
- 多作の米国の作家(1822年−1909年)
- 英国の天文学者(ドイツ生まれ)で、赤外光を発見し、星の目録を作り、惑星の天王星を発見した(1738年−1822年)
- ドイツ人の空想物語の作家(1776年−1822年)
- 遺伝学の祖(1822年−1884年)
- 米国の造園家で、ニューヨーク市のセントラルパークの設計に主に関与した(1822年−1903年)
- フランスの化学者、生物学者で、発酵作用は微生物の働きによって起こるという発見により、低温殺菌工程が行われるようになった(1822年−1895年)
- 米国政府によるワイオミングとモンタナを通る道の開発に抵抗したオグララ族のリーダー(1822年−1909年)
- 米国の解放された奴隷、サウスカロライナの暴徒で、奴隷の暴動の計画に関わり、絞首刑に処せられた(1767年−1822年)
- 鏑木商舗は1822年に創業した。
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