渡辺 崋山とは?

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わたなべ‐かざん〔‐クワザン〕【渡辺崋山】


わたなべ‐かざん【渡辺崋山】

江戸後期画家洋学者三河国愛知県)の人。田原藩士。通称登。名は定静。字は伯登・子安別号に寓絵堂・全楽堂儒学佐藤一斎に学ぶ。江戸詰年寄役末席となり海防係を担当高野長英らと尚歯会結成して洋学研究した。モリソン号事件に際し「慎機論」を著わして蛮社の獄連座国許蟄居中に自殺した。また、南画谷文晁学び、のち洋画傾倒して独自の様式確立すぐれた肖像画残した。代表作鷹見泉石像」など。寛政五〜天保一二年(一七九三‐一八四一)


渡辺崋山

作者石川淳

収載図書石川淳全集11
出版社筑摩書房
刊行年月1990.1


渡辺崋山

作者森銑三

収載図書徳川家康
出版社個人
刊行年月1991.3
シリーズ名森銑三紀念文庫


渡辺崋山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/02 06:12 UTC 版)

渡辺 崋山(わたなべ かざん)は、江戸時代後期の武士、画家。三河国田原藩(現在の愛知県田原市東部)の藩士であり、のち家老となった。通称は登(のぼり・ただし一部の絵には「のぼる」と揮毫)、は定静(さだやす)。号ははじめ華山で、35歳ころに崋山と改めた。号は他にも全楽堂、寓画堂など。贈正四位[1]


  1. ^ a b 「叙任及辞令」『官報』1891年12月18日(国立国会図書館デジタルコレクション)。「渡邊登」の名で掲載。
  2. ^ 田中弘之『「蛮社の獄」のすべて』(吉川弘文館、2011年)
  3. ^ 田中『「蛮社の獄」のすべて』
  4. ^ “19世紀後半、黒船、地震、台風、疫病などの災禍をくぐり抜け、明治維新に向かう(福和伸夫)”. Yahoo!ニュース. (2020年8月24日). https://news.yahoo.co.jp/byline/fukuwanobuo/20200824-00194508/ 2020年12月2日閲覧。 
  5. ^ 『文明東漸史』百八頁
  6. ^ こういった経緯のために昭和戦時下、左翼文学者の藤森成吉らが崋山を好んで描き、左翼運動の隠喩とした。
  7. ^ 田中『「蛮社の獄」のすべて』
  8. ^ 佐藤昌介『渡辺崋山』


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