魏志倭人伝とは?

Weblio 辞書 > 同じ種類の言葉 > 社会 > 社会一般 > > 魏志倭人伝の意味・解説 

ぎし わじんでん 【魏志倭人伝】

魏書東夷伝」にある倭人に関する記事の称。邪馬台国やまたいこくその女卑弥呼ひみこについて記されており、三世紀の日本政情風俗などを知りうる文献

魏志倭人伝 (ぎしわじんでん)

3世紀西晋せいしん]の陳寿ちんじゅ]が作った歴史書三国志さんごくし]』の一部です。魏志倭人伝というのは通称で、正式には『魏書東夷伝倭人条[ぎしょとういでんわじんのじょう]』と言います。弥生時代日本卑弥呼[ひみこ]のことが書かれています。


魏志倭人伝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/08/11 09:09 UTC 版)

魏志倭人伝(ぎしわじんでん)は、中国の歴史書『三国志』中の「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条の略称[1]。当時、日本列島にいた民族・住民の倭人日本人)の習俗や地理などについて書かれている。『三国志』は、西晋陳寿により3世紀末(280年(呉の滅亡)- 297年(陳寿の没年)の間)に書かれ、陳寿の死後、中国では正史として重んじられた[2]


  1. ^ 岩波文庫では書名の一部として「魏志倭人伝」の五文字を採用している。(和田 & 石原 1951)、(石原 1985)。
  2. ^ 中華書局版『三国志』(北京、1959年)の「出版説明」にある。(古田 1971)。
  3. ^ ただし、岩波文庫に収録された影印には、「倭人伝」の文字がある。
  4. ^ ただし、同様のことは関羽にしても「関張馬黄趙伝」の関羽の記述がある、ということになってしまう。
  5. ^ 松本清張古代史疑』など。なお、講談社学術文庫『倭国伝』は、東夷に属する記述を収録している。
  6. ^ a b (渡邉 2012, p. ii)
  7. ^ 「時代の順として冒頭にかかげた」(藤堂, 竹田 & 影山 2010, p. 19)
  8. ^ 現存する『三国志(魏志倭人伝)』の版本では、「邪馬壹國」、「邪馬一國」。5世紀の『後漢書(倭伝)』では「邪馬臺国」、7世紀の『梁書(倭伝)』では「祁馬臺国」、7世紀の『隋書』には魏志(魏志倭人伝)のいう「邪馬臺」(都於邪靡堆 則魏志所謂邪馬臺者也)とある(各書の成立については、ウィキペディアの当該項目参照のこと)。古田武彦は「魏志倭人伝」における「邪馬壹國」が後出の史料における「邪馬臺国(邪馬台国)」とは異なるとの説を提唱している(邪馬壹国説)。古田 (1969)古田 (1971)などを参照。
  9. ^ (西尾 1999)、(西尾 2009a)
  10. ^ 岡本 (1995)に各説の概要が記述されている。
  11. ^ 岡本 (1995, p. 76)に岡田説が引かれている。
  12. ^ 古田 (1971)の章扉に百衲本の影印が写真版として収録されて以後、新版の岩波文庫(1985年)にも、百衲本の影印が写真版として収録されている。
  13. ^ 最近の例として吉村 (2010, pp. 8 f)があげられる。
  14. ^ 姚思廉の『梁書』巻54「諸夷伝」は、遣使の年を景初3年(239年)とし、『日本書紀』の神功皇后39年(年の干支は太歳己未)の分注で引用される『魏志』も、明帝景初3年6月とする(このほか『太平御覧』巻782「四夷部3・東夷3・倭」の条に引用する『魏志』も景初3年とする)。魏が帯方郡を治めたのは、景初2年初に劉昕を帯方太守に任じ派遣し占領した後である(『三国志』魏志公孫淵伝によれば公孫淵司馬懿に殺されたのは8月23日)。これらのことから、講談社学術文庫の注では「『三国志』の誤り」としている。
  15. ^ 岡本 1995, p. 89.







魏志倭人伝と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

カテゴリ一覧

全て

ビジネス

業界用語

コンピュータ

電車

自動車・バイク

工学

建築・不動産

学問

文化

生活

ヘルスケア

趣味

スポーツ

生物

食品

人名

方言

辞書・百科事典

すべての辞書の索引

「魏志倭人伝」の関連用語

魏志倭人伝のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



魏志倭人伝のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
三省堂三省堂
Copyright (C) 2001-2018 Sanseido Co.,Ltd. All rights reserved.
株式会社 三省堂三省堂 Web Dictionary
防府市教育委員会防府市教育委員会
Copyright 2018,Hofu Virtual Site Museum,Japan
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの魏志倭人伝 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2018 Weblio RSS