岡田茂_(東映)とは?

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岡田茂 (東映)

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岡田 茂(おかだ しげる、1924年3月2日 - 2011年5月9日)は、日本映画プロデューサー東映東急レクリエーション社長、東映会長、同名誉会長、同相談役を経て2006年7月から再び東映名誉会長。また、2008年4月より東京急行電鉄取締役を務めた。




注釈

  1. ^ 丹波哲郎は「大川は映画のことは何も知らない」(『丹波哲郎の好きなヤツ嫌いなヤツ』キネマ旬報社、1999年、p137)、菅原文太は「大川さんは企業家だったが映画を知らなかった。ご自分でそれを知っていて製作そのものにはタッチしなかった。東映に入ってから6年、大川さんにスタジオで逢った事がなかった。岡田さんと俊藤さんが映画を自由に作れるようにした」、深作欣二は「一回しか大川さんに逢ったことはない」と話している(『ベスト・オブ・キネマ旬報 下 1967―1993』キネマ旬報社、1994年、p543)。俊藤浩滋は「大川が作ったのは『大いなる旅路』(1960年)くらいではないか」と述べている(『任侠映画伝』p63)。中島貞夫は「大川博さんは(プロデューサーではなく)映画会社の経営者として、大変優れた人だったと思います」と話している(岡田茂追悼上映『あゝ同期の桜』中島貞夫トークショー(第2回 / 全3回))。日下部五朗は「大川さんは映画とは無縁で、製作の現場もまるで知らない。自分には映画はわからないと知っていたから、企画には口を出さず、ソロバンだけ見ていた」などと話している(『シネマの極道』p42)。大川は映画製作に直接関与することは少なく、会社を代表して「製作(総指揮)」としてクレジットされる存在(日本映画におけるプロデューサーシステムの歴史的変遷に関する一考察)。岡田自身は「大川社長は超ワンマンで、社長というより法皇的存在で、ぼくはその下にいて映画本部長として文字通り映画を作って売る。(組合問題などが起こる前までは)これに徹していれば役割は充分果たせた」と話している(『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』p76)。
  2. ^ 当時は「やくざ映画」と呼んだ(筒井清忠編集・板倉宏臣・井上理砂子・中澤まゆみ著『銀幕の昭和「スタア」がいた時代』清流出版、p237)。
  3. ^ 野上龍雄は「映画製作を甘く見た財界出の大川社長の誤算。手間をかけない作品に客がつく筈がない」と述べている(『映画芸術』2011年夏号「鎮魂、映画の昭和 岡田茂」p134)。
  4. ^ 安藤は松竹退社後はフリーという(『ヤクザが認めた任侠映画』p6)。
  5. ^ 東映のキャラクターショーのハシリは、渡辺亮徳(当時テレビ事業部長)などが『仮面ライダー』のキャラクターを使って、子供集めの催事をやったことから始まる(『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』p119)。
  6. ^ 「往年のヤクザ映画から「エロ」映画まで、幅広いフットワークで製作の陣頭指揮をとってきた。東映映画最大の「ウリ」である「不良性感度」路線を推進し、思想の左右に関係なく、遮二無二儲かる映画を生み出し続けた東映最大の功労者」と紹介された。
  7. ^ 実際は『玉割り人ゆき』は1000万円で製作。

出典

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  619. ^ “前日本商工会議所名誉会頭五島昇氏(23) 日韓交流―政変後のパイプ (私の履歴書)”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社): pp. 32. (1989年3月24日) 
  620. ^ 「ワイドコラム・ルック・るっく人と事件『瀬島龍三氏が東商副会頭』は日韓新シフトが狙い?」『週刊現代』1981年9月24日号、講談社、 46頁。
  621. ^ キネマ旬報』1987年1月下旬号、p170-171
  622. ^ 『映画時報』1987年4月号、p17
  623. ^ 【伊藤園特集】右手に合理主義、左手に義理人情を携え…商人道をひた走る/伊藤園の21世紀戦略
  624. ^ 「財界の角栄 今里広記氏書かれざる墓碑銘」『週刊宝石』1985年6月21日号、光文社、 194-195頁。
  625. ^ “プロ球団は変身する企業PR、濃厚に新型オーナー次々登場”. 読売新聞 (読売新聞社): p. 19. (1973年1月17日) 
  626. ^ 「八億円で球団を買った『日拓』社長の"列島改造的"前歴『社名もあがるし安い買物』とうそぶく男の告発もされた"開発"猛進」『週刊サンケイ』、産業経済新聞社、1973年2月9日号、 30頁。
  627. ^ a b 「ルック旧東映は毎年オーナーが変わる?」『週刊現代』1973年2月25日号、講談社、 34頁。
  628. ^ 萩原信一郎『龍になった男:小説・徳間康快』文芸社、2001年、p151。ISBN 4-8355-2096-3
  629. ^ a b 呼吸はピッタリ 二人の岡田茂氏『週刊文春』1973年9月10日号、p24
  630. ^ a b 邦画マンスリー 洋画に大攻勢をかけた秋の大作戦線と、転換期を迎えた邦画界『ロードショー』1977年12月号、p189
  631. ^ a b c トピックス 三越映画進出の賑やかな周辺 ー社長同士が仲のいい東映とドッキングかー『実業界』1977年11月15日号、p19
  632. ^ 経営ジャーナル 三越がミニ映画館チェーン座席50で本支店の豪華ムード『経営評論』1973年9月号、p19
  633. ^ a b c 坪内祐三・名田屋昭二・内藤誠 フィギュール彩(40) 『編集ばか』彩流社、2015年、p79。ISBN 978-4-7791-7041-6
  634. ^ 将軍と呼ばれた男』p162
  635. ^ 現代・河原乞食考』p49-50
  636. ^ 追悼 岡田茂・東映名誉会長 豪放磊落、最後の「活動屋」
  637. ^ 僕らはそれでも生きていく!』p154
  638. ^ a b 株の買い占めに踊らされた歴史/アサヒビール名誉顧問 元アサヒビール代表取締役副社長 中條高徳 アサヒビール奇跡の真実 vol.10
  639. ^ 松下幸之助、中内功……名経営者の「言葉の使い方」7つの法則
  640. ^ ふるさとを想う
  641. ^ 中国新聞別冊』2009年1月29日、p1-7




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