蒲田行進曲とは?

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蒲田行進曲

原題:
製作国:日本
製作年:1982
配給:松竹
スタッフ
監督:深作欣二 フカサクキンジ
製作:角川春樹 カドカワハルキ
プロデューサー:佐藤雅夫 サトウマサオ

斎藤一重 

小坂一雄 コサカカズオ
原作:つかこうへい 
脚本:つかこうへい 
撮影:北坂清 キタサカキヨシ
音楽:甲斐正人 カイマサト
美術:高橋章 タカハシアキラ
編集:市田勇 イチダイサム
録音:荒川輝彦 アラカワテルヒコ
スクリプター:金井謹治 

東映京都撮影所 
助監督:比嘉一郎 ヒカイチロウ
照明:海地栄 カイチエイ
キャスト(役名
松坂慶子 マツザカケイコ (小夏
風間杜夫 カザマモリオ (銀四郎)
平田満 ヒラタミツル (ヤス
高見知佳 タカミチカ (朋子
原田大二郎 ハラダダイジロウ (
蟹江敬三 カニエケイゾウ (監督
岡本麗 オカモトレイ (トクさん
汐路章 シオジアキラ (山田
榎木兵衛 エノキヒョウエイ (トメ
高野嗣郎  (太)
石丸謙二郎 イシマルケンジロウ (大部屋A)
萩原流行 ハギワラナガレ (勇二)
酒井敏也 サカイトシヤ (マコト
清水昭博 シミズアキヒロ (助監督
佐藤晟也 サトウセイヤ (カメラマン
清川虹子 キヨカワニジコ (ヤスの母)
千葉真一(サニー千葉) チバシンイチ(サニーチバ) (不明
真田広之 サナダヒロユキ (不明
志穂美悦  (不明
解説
撮影所舞台に、スター大部屋俳優奇妙な友情、そしてこの二人の間で揺れ動く女優の姿を描く。第86直木賞受賞したつかこうへい同名小説映画化脚本もつか自身執筆監督は「道頓堀川」の深作欣二撮影北坂清それぞれ担当
ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください
ここは、時代劇メッカ京都撮影所。今、折りしも「新撰組」の撮影たけなわである。さっそうと土方歳三に扮して登場したのは、その名も高い“銀ちゃん”こと倉岡銀四郎である。役者としてのもあり、人情家でもあるのだが、感情落差激しいのが玉にキズ。こんな銀ちゃんに憧れているのが大部屋俳優ヤスヤスの目から見れば銀ちゃんは決して悪人ではない、人一倍仕事人生自分なり美学持っているだけだ。ある日ヤスアパートに銀ちゃんが、女優小夏連れて来た。彼女は銀ちゃんの子供を身ごもっていて、スキャンダルになると困るのでヤス一緒になり、ヤスの子供として育ててくれと言うのだ。ヤス承諾した。やがて、小夏妊娠中毒症入院するが、ヤス毎日看病に通った。その間、ヤスは、撮影所金になる危険な役をすすんで引き受けた。小夏退院して、ヤスアパートに戻ってみると、新品家具電化製品がズラリと揃っていた。だが、それとひきかえヤスケガが目立つようになったそれまで銀ちゃん、銀ちゃんと自主性のないヤス腹立たしく思っていた小夏の心が、しだいに動き始めた。そして、小夏ヤス結婚する決意をし、ヤス郷里への挨拶もすませ、式を挙げて新居マンションも買った。そんなある日、銀ちゃんが二人前に現われた。小夏別れたのも朋子という若い女に中になったためだが、彼女とも別れ、しかも仕事行きまっていて、かなり落ち込んでいるのだ。そんな銀ちゃんをヤスは「“階段落ち”をやりますから」と励ました。“階段落ち”とは、「新撰組」のクライマックスで、斬られた役者数十メートルもの階段をころげ落ち主役に花をもたす危険な撮影なのだ。ヤス大部屋役者心意気見せて、なんとか銀ちゃんを励まそうと必死だった。“階段落ち撮影決行の日が近づいてきた。ヤスの心に徐々に不安が広がるとともに、その表情には鬼気さえ感じようになった。心の内を察して、小夏精一杯つくすのだが、今のヤスには通じない。撮影の日、銀ちゃんは、いきすぎヤス態度怒り久しぶり殴りつけた。その一発ヤスは我に帰った。撮影所の門の前で、心配で駆けつけた小夏倒れた。“階段落ち”はヤス一世一代演技で終った。小夏ベッドの上意識取り戻したとき、傷だらけヤス腕の中に、女の子赤ん坊が抱かれていた。

蒲田行進曲

読み方:カマタコウシンキョク(kamatakoushinkyoku)

作者 つかこうへい

初出 昭和56年

ジャンル 小説


蒲田行進曲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/10/03 02:42 UTC 版)

蒲田行進曲』(かまたこうしんきょく)は、




注釈

  1. ^ 1936年(昭和11年)に藤山一郎西条八十の詩によりビクターからリリースした「希望の船路」でも知られる。「放浪者の歌」は第1幕で歌われるが、第4幕に同じメロディで「勝利の行進曲」(Victory March)として、もっと華やかに歌われる。
  2. ^ 埼玉西武ライオンズ捕手の炭谷銀仁朗も一時期ではあるが、打席に入る際のBGMに本曲を使用していた(自身の愛称が「銀ちゃん」であることから。現在の登場曲は湘南乃風の「SHOW TIME」)。
  3. ^ テレビ初放映は1983年10月11日『映画スペシャル』。1985年1月7日には『月曜ロードショー』で再放送されている。

出典

  1. ^ 中川右介「資料編 角川映画作品データ 1976-1993」『角川映画 1976‐1986 日本を変えた10年』角川マガジンズ、2014年、282頁。ISBN 4-047-31905-8翌年のアンコール上映分も含む。
  2. ^ a b c d キネマ旬報』2000年10月下旬号。角川春樹インタビュー。
  3. ^ 『映画監督深作欣二』p.397。
  4. ^ 山根貞男『日本映画の現場へ』筑摩書房、1989年、pp.9-10。
  5. ^ a b 金田信一郎『テレビはなぜ、つまらなくなったのか スターで綴るメディア興亡』日経BP社、2006年、pp.116-118。
  6. ^ 山根貞男、米原尚志『仁義なき戦いをつくった男たち 深作欣二と笠原和夫』NHK出版、2005年、p.46。
  7. ^ 『キネマ旬報』2006年12月下旬号。黒柳徹子インタビュー。
  8. ^ a b 『キネマ旬報ベスト・テン全史1946-1996』キネマ旬報社、1984年初版、1997年4版、p.212。
  9. ^ 『映画監督深作欣二』p.398。
  10. ^ 高岩淡『銀幕おもいで話』双葉文庫、2013年、p.147
  11. ^ 聞き手西村明「インタビュー 松田優作―二度すれ違って、初めて会った役者 深作欣二」『松田優作クロニクル』キネマ旬報社、1998年、pp.70-71。
  12. ^ 角川春樹『試写室の椅子』角川書店、1985年、p.172。
  13. ^ 深作欣二「蒲田行進曲」風間は撮影直前に指名
  14. ^ 深作欣二「蒲田行進曲」素人、平田満への気遣い
  15. ^ 『日本映画テレビ監督全集』キネマ旬報社、1988年、345頁。
  16. ^ a b 大高宏雄『興行価値』鹿砦社、1996年、p.86。
  17. ^ 野村正昭『天と地と創造』角川書店、1990年、p.17。
  18. ^ 重政隆文『勝手に映画書・考』松本工房、1997年、p.20。
  19. ^ 山田洋次『キネマの天地』新潮文庫、1986年
  20. ^ 厚田雄春、蓮實重彦『小津安二郎物語』筑摩書房、1989年、p.21
  21. ^ 『勝手に映画書・考』p.162
  22. ^ 映画 蒲田行進曲”. allcinema. 2017年7月2日閲覧。
  23. ^ 「特集 角川映画 角川映画音楽の魅力」『昭和40年男』2016年(平成28年)8月号、クレタパブリッシング、 63頁。


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