井上ひさしとは?

井上ひさし

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/02/20 05:15 UTC 版)

井上 ひさし(いのうえ ひさし、1934年11月17日 - 2010年4月9日[1])は、日本小説家劇作家放送作家である。文化功労者日本藝術院会員本名井上 廈(いのうえ ひさし)。1961年から1986年までの本名は内山 廈(うちやま ひさし)[† 3]遅筆堂(ちひつどう)を名乗ることもあった。




注釈

  1. ^ 山元護久と共に第1シリーズ実写版『忍者ハットリくん』(1966年)、第2シリーズ実写版『忍者ハットリくん+忍者怪獣ジッポウ』(1967年)を手がけた時の共同ペンネーム。
  2. ^ 山元護久と共に『ピュンピュン丸』(1967年、1970年)を手がけた時の共同ペンネーム。
  3. ^ 西舘代志子と結婚していた当時は、西舘の実家である「内山」姓が本名であった。これは結婚に際して、それまでの転居の間に本籍地が遠くなり取り寄せが手間になったことから、好子の実家に婿入りする形にすれば手続きが簡便になるという理由であったと著書『ブラウン監獄の四季』に記している。
  4. ^ しかし、井上の孤児院時代の友人は「彼の輝かしい経歴というのを奥さんは信じているのですか? 僕は彼が東北大学と東京外語大学の受験に失敗して、早稲田大学と慶応大学に合格を果たしたが、学費が払えずやむなく上智大学に入ったという箇所では笑いましたね。おまけに医師を志して東北大と岩手大の医学部(ママ)を志したって言うのですから、あきれて物も言えません。孤児院がどんな所か、大学受験などどうしてできるんですか。有名になれば何を言ってもいいんですね。たまたま学生の少ない上智大学に推薦してもらっただけでしょう」と語り、井上の自称する経歴に多数の虚構が含まれていると主張している。西舘好子『表裏井上ひさし協奏曲』p.207による。
  5. ^ 「法に則り、比喩を用い、因縁を語るべし」という、永六輔が紹介した仏教説教者の話術の極意を分かりやすく言い換えたもの。
  6. ^ 遠藤征広『遅筆堂文庫物語―小さな町に大きな図書館と劇場ができるまで』(日外教養選書 1998年によれば、1980年1月から翌年12月まで大江健三郎の後を継いで朝日新聞「文芸時評」を担当することになるが、時評のために月に四、五百万も本を購入し、一冊のためにその作家の全集まで読破したという)。

出典

  1. ^ a b “市川の偉大な文化人 井上ひさし氏が死去 20年間在住、文化振興財団の理事長も”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 朝刊 1,15,18. (2010年4月13日) 
  2. ^ 井上ひさし氏略歴(川西町)
  3. ^ a b c d e 井上ひさし(こまつ座)
  4. ^ a b すばる2011年5月号「座談会 井上ひさしの文学」
  5. ^ 西舘好子『表裏井上ひさし協奏曲』p.146
  6. ^ 西舘好子『表裏井上ひさし協奏曲』p.206
  7. ^ 西舘好子『表裏井上ひさし協奏曲』p.211
  8. ^ 井上ひさし『本の運命』(文藝春秋、1997年)p.105
  9. ^ 井上ひさし『続家庭口論』、中央公論社
  10. ^ 井上ひさし『ブラウン監獄の四季』、講談社
  11. ^ 井上ひさし『モッキンポット師ふたたび』、講談社文庫(1985年)、巻末の年譜(1984年10月著者自筆)の中に述べられている。
  12. ^ 井上ひさし、中山千夏宇野誠一郎「近い昔の物語 ひょっこりひょうたん島の真実 田中角栄の一言で『ひょっこりひょうたん島』打ち切り!?」、『論座』第107号、朝日新聞社、2004年4月、 pp. 102-117。
  13. ^ 「前口上集」は扇田昭彦責任編集『井上ひさし』(白水社2011年に再掲)。
  14. ^ 『井上ひさし全芝居』第4巻、p.514。
  15. ^ 井上ひさしさん逝く 闘病半年…最後まで創作意欲衰えず
  16. ^ “「ひょっこりひょうたん島」の井上ひさしさん死去”. 産経新聞. (2010年4月11日). http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/100411/acd1004110201000-n1.htm 2010年4月11日閲覧。 
  17. ^ “激痛耐え闘病、井上ひさしさん支えた創作意欲 三女語る”. 朝日新聞. (2010年4月15日). http://www.asahi.com/showbiz/stage/theater/TKY201004140508.html 2013年9月26日閲覧。 
  18. ^ 西舘好子『表裏井上ひさし協奏曲』p.167
  19. ^ 石川麻矢 1998, p. 50.
  20. ^ 『河北新報』2003年09月20日
  21. ^ p.12『作家の値うちの使い方』福田和也 2000年
  22. ^ p.13『作家の値うちの使い方』福田和也 2000年
  23. ^ 井上ひさしさんのこと(文壇こぼれ話)
  24. ^ 司馬遼太郎も認めていた「遅筆堂」井上ひさしの伝説(週刊朝日)
  25. ^ 第42回「井上ひさしとクニオ」鈴木邦男の愛国問答)
  26. ^ 中国新聞、2009年7月2日13面
  27. ^ 【天風録】井上ひさしさん - 中国新聞
  28. ^ a b 石川麻矢 1998, p. 45-46。子どもに対して暴力をふるったことはなかったと記している。
  29. ^ a b c 石川麻矢 1998, p. 76
  30. ^ 石川麻矢 1998, p. 73.
  31. ^ a b 『激突家族 井上家に生まれて』55、77ページ
  32. ^ 石川麻矢 1998, p. 103.
  33. ^ 小谷野敦「正直者の書評 井上ひさしの実像はどこに」、『中央公論』、中央公論新社、2011年12月、 p. 235。
  34. ^ 西舘好子 1998.
  35. ^ 矢崎泰久x永六輔の「ぢぢ放談」、『創』2013年4月号 創出版
  36. ^ 石川麻矢 1998, p. 15。これについては好子も同じであったという。
  37. ^ 石川麻矢 1998, pp. 70-71.
  38. ^ 石川麻矢 1998, p. 78.
  39. ^ 石川麻矢 1998, pp. 187-189.
  40. ^ 今、平和を語る:小説家、劇作家 井上ひさしさん 毎日新聞 2008年2月4日。なお、小説『吉里吉里人』には吉里吉里国の国策として同様の設定が見られる。
  41. ^ 朝日新聞社116号事件取材班『新聞社襲撃 テロリズムと対峙した15年』(岩波書店)p.228
  42. ^ 朝日新聞1997年5月3日
  43. ^ 『新聞社襲撃 テロリズムと対峙した15年』p.229
  44. ^ すばる」2000年10月号 座談会「三島由紀夫と安部公房」=『座談会 昭和文学史四』2003年集英社刊にも収録
  45. ^ 笹沢信『ひさし伝』(新潮社 2012年pp.238)。
  46. ^ 扇田昭彦「『昭和庶民伝』三部作を書き上げた井上ひさしに聞く」『井上ひさし』(白水社 2011年pp.99-111)。
  47. ^ 笹沢信『ひさし伝』(新潮社 2012年pp.421-457)。『初日への手紙: 「東京裁判三部作」のできるまで』。
  48. ^ “井上ひさし文楽、初の舞台化…国立文楽劇場で”. 読売新聞. (2016年5月24日). http://www.yomiuri.co.jp/osaka/news/20160524-OYO1T50009.html 2016年5月25日閲覧。 





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