北勝海信芳とは?

北勝海信芳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/04 05:53 UTC 版)

北勝海 信芳(ほくとうみ のぶよし、本名:保志 信芳(ほし のぶよし)、1963年6月22日 - )は、大相撲の元力士。第61代横綱北海道広尾郡広尾町生まれ。現役時代の体格は身長181cm、体重150kg。得意技は押し、左四つ、寄り。愛称は本名の「ほし」に由来する「ポチ」、海外公演で付けられた「ブルドッグ」。「花のサンパチ組」(昭和38年生まれ)の一人。血液型はA型。




  1. ^ a b 日本相撲協会新理事長に八角親方 任期は来年3月まで 朝日新聞 2015年12月18日閲覧
  2. ^ 北海道新聞夕刊 「私の中の歴史-力のサムライ伝」 2005/07/28
  3. ^ 1980年3月場所時に「富士若」の四股名に改名したこともあったが、負け越したため1場所で本名に戻している。
  4. ^ 人名漢字では「勝」を『とう』、「海」を『み』と読むことは可能であり、これを適用すると、「北・勝・海」の正確な読みは「ほく・とう・み」である。弟子の北勝力にも「北勝」は『ほくとう』と説明したことがあるという。
  5. ^ a b c d e 北辰堂出版『昭和平成 大相撲名力士100列伝』(塩澤実信、2015年)140ページから141ページ
  6. ^ Sports Graphic Number (文藝春秋)2019年2月28日号 p64
  7. ^ a b c d 『大相撲ジャーナル』2017年8月号p114-115
  8. ^ !横綱審議委員会、中途半端な出場望まない「厳しいリハビリで完治せよ」 2017年9月26日7時0分 スポーツ報知
  9. ^ なお寺尾はその後も、「花のサンパチ組」だった琴ヶ梅と小錦の引退相撲でも、最後の取組相手として二人共に指名され、土俵に上がり勝負した。
  10. ^ 大空出版『相撲ファン』vol.4 14頁
  11. ^ これについては北勝海の師匠でこの日正面解説を務めた北の富士勝昭も「あってはいけないこと、這ってでも出場して欲しい、勝ち名乗りの前なら間に合うから休場届を取り消して土俵に来てくれないか」、向正面の舞の海秀平も「もし逆の立場で、琴欧洲が優勝争いの先頭だったら土俵に上がっていたと思うんですよ」と全く同意見であった。
  12. ^ 日馬富士の所属一門である春日山・伊勢ヶ濱連合(現・伊勢ヶ濱一門)の理事であった(元幕内・春日富士)が9月場所中に退職したため、代役の理事として八角が選ばれた。この大役を務め上げて「光栄です。なかなかこういうタイミングはない。昨夜は緊張して眠れなかった。出来は50点」と語った。
  13. ^ 鶴竜の所属一門である時津風一門の理事が審判部長の鏡山(元関脇・多賀竜)一人しかいないため。
  14. ^ 相撲協会、理事長代行は八角親方 日刊スポーツ 2015年11月20日閲覧
  15. ^ 北の湖部屋の千秋楽、北太樹が万感の白星で締める 日刊スポーツ 2015年11月23日
  16. ^ 大空出版『相撲ファン』vol.4 107頁
  17. ^ 八角理事長、九重親方の死去「整理できなかった」 日刊スポーツ 2016年8月1日
  18. ^ 貴乃花親方は落選=10人の理事候補決まる-相撲協会 JIJI.COM (時事通信社、2018年2月3日閲覧)
  19. ^ 貴乃花親方落選で東国原、遙洋子らが大激論 デヴィ夫人は「まるっきりだだっ子」 デイリースポーツ 2018.02.03.(2018年2月3日閲覧)
  20. ^ 八角理事長、平成最後の場所いい相撲で終われれば 日刊スポーツ 2019年3月10日20時13分(日刊スポーツ新聞社、2019年3月20日閲覧)
  21. ^ 八角理事長「白鵬休場は遺憾」も「新しい時代」強調 日刊スポーツ 2019年5月12日15時48分(日刊スポーツ新聞社、2019年5月12日閲覧)
  22. ^ 大乃国と優勝決定戦
  23. ^ 腰部椎間板損傷・左股関節挫傷により千秋楽不戦敗
  24. ^ 腰部椎間板損傷・左股関節挫傷により全休
  25. ^ 腰部椎間板損傷により全休
  26. ^ 腰部椎間板ヘルニア・強直性脊椎炎疑により全休
  27. ^ a b 旭富士と優勝決定戦
  28. ^ 千代の富士と優勝決定戦
  29. ^ 小錦霧島と優勝決定戦
  30. ^ 左膝内側側副靱帯損傷により全休
  31. ^ 頸部外傷性頸椎頸髄症・左肩関節挫傷・左肘関節挫傷・右足首距腿関節骨片により全休
  32. ^ 左膝内側側副靱帯損傷・変形性膝関節症により8日目から途中休場
  33. ^ 左膝内障により全休
  34. ^ 左肩関節及び左肘関節挫傷後遺症により3日目から途中休場
  35. ^ 5月場所直前の5月8日に引退表明
  36. ^ その後2009年9月場所に小結・把瑠都2012年11月場所に関脇・豪栄道が北勝海に次ぐ「5大関撃破」を果たした。
  37. ^ 稽古でも手を抜かない曙を上位陣が嫌ったとされている。
  38. ^ 対戦相手の横綱旭富士も北勝海と同様に、1991年7月場所が現役最後の皆勤場所になった。


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