薬師丸ひろ子
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薬師丸 ひろ子(やくしまる ひろこ、本名:薬師丸 博子(読み同じ)、1964年〈昭和39年〉6月9日[1][3] - )は、日本の女優、歌手。東京都港区北青山出身。1978年のデビュー以来、角川映画の中心的存在として人気の頂点を極め[1]、2000年代からは母親役が似合い[4]、シリアスからコメディな役まで主演・助演の両方をこなすベテラン女優として[5]、また、円熟した歌手として活躍している[4]。
注釈
- ^ 1982年度邦画配給収入1位[6]。
- ^ ゴールデングロス賞のマネーメイキングスター賞受賞2回。角川時代の主演映画『ねらわれた学園』から『Wの悲劇』までの配給収入合計は約120.7億円。
- ^ 「セーラー服と機関銃」・「探偵物語」・「Woman "Wの悲劇"より」はオリコン週間1位、「メイン・テーマ」はオリコン週間2位[7]。
- ^ どちらもオリコン週間2位[7]。
- ^ 特に、『ALWAYS 三丁目の夕日』の演技で2005年度の国内主要映画賞の助演女優賞を独り占めにした[4][11]。受賞歴も参照。
- ^ 〔引用者註〕冒頭の村民虐殺時は8歳[18]。そのため、日経ビジネスでの薬師丸の発言「役は8歳の女の子の設定」も間違いではない。
- ^ FLASH誌上でキティ・フィルム代表多賀英典は、出演交渉した時、薬師丸は何処の芸能事務所にも所属していなかったと証言している。
- ^ しかし、薬師丸人気が大きく爆発するのは東宝ではなく東映で配給する次作になる[36]。
- ^ 目標とした興行成績を達成し、一応の成功をおさめている[37]。
- ^ 第2稿の脚本では、星泉「(ニコッ)快感」と書かれている[39]。
- ^ 映画撮影終了後に撮影された主題歌のレコードジャケット写真では、メイクによってこの出血が再現されている[42]。
- ^ 大阪府警発表は1万人。スポーツ新聞には6,000人とも。
- ^ 1979年に女性8位で初登場して以来、1980年4位、1981年2位とランクアップしていた。
- ^ 足を折っても構わないとスキーをすることで開放感を味わったことを理由に挙げている
- ^ 母親は本職のマネージャーなら一言で断れる用件を様々なことに気を遣いすぎて1時間かけて断ったり、父親が写真週刊誌に載ったり、姉は薬師丸と間違えられて駅までカメラマンに追いかけられたりした[67]。
- ^ 〔引用者註〕出典の先頭の「2016年4月1日、」は誤植と思われる。
- ^ しかし、寺脇は『紳士同盟』の内容は評価し、『キネマ旬報』ベスト・テンの投票で個人採点で邦画2位としている[73]。
- ^ 連続ドラマに限定すれば1978年の『敵か?味方か?3対3』以来19年ぶり。
- ^ ドキュメンタリー番組『しあわせのカタチ 脚本家・木皿泉 創作の「世界」』内の書き下ろしドラマ[99]。
- ^ 「セリフ覚えるの大変」、「凄く時間に追われる」ことを懸念していた[103][104]。
- ^ 「主役じゃなければそんなに大変じゃありませんよ」と言われたことも[103][104]。
- ^ 台本通りに演じることで、宮藤官九郎さんの考えられる大女優像を演じ、台本のせいにして乗り切って行きたいと抱負を述べた[105][106]。
- ^ 山形新聞「実はちゃんと歌える薬師丸ひろ子が音痴な役を演じ」[107]。内田正樹「本来歌の上手い薬師丸が究極の"音痴"を演じたこと」[108]。
- ^ 〔引用者注〕本文の団塊世代は団塊ジュニア世代の誤りであると思われる。
- ^ ドラマとして芝居を撮影しながら、生で音楽も歌声も「一発録りする」という異例な収録だった[111]。
- ^ 〔引用者註〕本来、『エール』の放送期間は4月から9月までだったが、新型コロナウイルス感染症感染拡大に伴う収録休止があったため、11月終了となった。詳しくはエール (テレビドラマ)#放送日程を参照。
- ^ 〔『セーラー服と機関銃』で十字架に貼り付けられて数時間放置されたため、〕薬師丸が相米に罵声を浴びせることもあった[146]。
- ^ 〔引用者註〕カドカワノベルズ創刊のCM(1981年11月)で桃太郎を演じていた。
- ^ 歌手デビューの日付も決定していた[156]。
- ^ 理由は歌手活動は学業との両立が時間的に難しいことと、マスコミへの露出が増えることへの不安。当時、薬師丸は学校や仕事場へ、自分一人で電車通学・通勤していた。
- ^ 山口百恵は1980年10月に芸能界を引退した。
- ^ 薬師丸は大瀧作品の「夢で逢えたら」・「探偵物語」・「すこしだけやさしく」を客席の大瀧詠一の前で披露した[180]。
- ^ 吉俣良は『Premium Acoustic Night 時の扉 〜Look For A Star〜』に引き続き、今回も参加している。
- ^ この共演の放送音源をリミックスしたものが2018年リリースのコンピレーション・アルバム『EIICHI OHTAKI Song Book III 大瀧詠一作品集 Vol.3「夢で逢えたら」(1976~2018)』に収録されている[187]。
- ^ 〔引用者註〕出典では『歌のトップテン』になっているが、放送期間を考慮し、『ザ・トップテン』に修正した。
- ^ 〔引用者註〕角川春樹の証言の「オーディション前に縁を切ってもらったんですよ」と、前述の「オーディションに落ちれば、写真を送った人もあきらめてくれるから」は矛盾している。
- ^ 映画業界の挨拶を教えたキャメラマンの仙元誠三は、最初は頭にきたが、真っ直ぐなお嬢さんといった人柄を知るにつれ、可愛く思うようになったと話している[272]。2014年に仙元が文化庁から表彰された時、薬師丸は御祝いに駆け付けている[273]。
- ^ 男の子のファンから見た薬師丸のイメージは可愛いの一語に尽きるかもしれないとも述べている[50]。
- ^ 配給収入21.8億円。1978年度邦画1位。
- ^ この要求は両親でなく、薬師丸本人がしている。
- ^ 薬師丸「だって私、好きなんだもん」[310]。
- ^ 1983年、薬師丸率いるチーム「ヒロコーズ」が全国6球場で野球をするという映画『探偵物語』の公開前イベントがあった[315]。
- ^ 「あの日は楽しかったのに、今日は悲しい」、「1年前は辛かったけれど、今はこんなに元気だ」、「誰にも会いたくないと思ったけれど、10日後には友達と外食をしている」[299]。
- ^ 雑誌『バラエティ』1981年8月臨時増刊号によれば、『野性の証明』の撮影の途中で変更[329]。
- ^ 薬師丸が同作品に出演する事が発表される前[343]。
- ^ 出生地に関して、渋谷区[345][66] と港区[4][346]の2通りの資料があるが、渋谷区日赤病院と記述のある渋谷区の方が信頼性が高いと判断した[254]。
- ^ 前日に起こったアメリカ同時多発テロ事件と3日前に死去した相米慎二監督のことを話している。
- ^ 2016年11月現在、話題賞俳優部門4回は最多受賞記録[354]。
- ^ ブルーリボン賞で主演、助演の両方を手にした女優は10人目、達成に要した期間21年は高峰秀子の22年に次ぐ長さだった[355]。
出典
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薬師丸ひろ子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/29 17:34 UTC 版)
「聖 -天才・羽生が恐れた男-」の記事における「薬師丸ひろ子」の解説
女優・歌手。作中では村山がデートで赴いたコンサートにおいて「元気を出して」を歌唱する場面が描写されている。
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