朝潮太郎_(3代)とは?

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朝潮太郎 (3代)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/05 03:10 UTC 版)

朝潮 太郎(あさしお たろう、1929年(昭和4年)11月13日 - 1988年(昭和63年)10月23日)は、本名は米川 文敏(よねかわ ふみとし)、鹿児島県徳之島出身(出生地は兵庫県武庫郡、現在の神戸市)で、高砂部屋に所属していた大相撲第46代横綱。現役時代の体格は身長189cm、体重145kg。得意技は左四つ、寄り[1]


  1. ^ a b c d e f g h i ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(3) 高砂部屋』p16
  2. ^ a b 三宅充「相撲界20の星」『大相撲』1958年第11号、読売新聞社、1958年、 46頁。
  3. ^ a b c d ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(3) 高砂部屋』p28-29
  4. ^ a b c d e f g 北辰堂出版『昭和平成 大相撲名力士100列伝』(塩澤実信、2015年)62ページから63ページ
  5. ^ a b 『大相撲ジャーナル』2017年12月号p43
  6. ^ a b c d ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(3) 高砂部屋』p52-55
  7. ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(3) 高砂部屋』p41
  8. ^ 朝日新聞1959年3月26日付朝刊によれば、「少なくとも四人は見送り論者がいたわけで、内規に忠実に従えば「朝汐の横綱昇進は承認出来ず」と答えるべきだったわけである。」と横審の態度を批判し、その「四人」を舟橋聖一、田崎勇三、尾崎士郎石井鶴三としている。なお、当時の内規では横綱推薦には横審の全会一致が必要であった。
  9. ^ 朝日新聞1959年3月26日付朝刊
  10. ^ 「稽古を熱心に行えば毛という毛が擦り切れるのであって、毛が残っているということは稽古が足りない」という意味でこういったジンクスが成り立った。
  11. ^ Sports Graphic Number (文藝春秋)2019年2月28日号 p62
  12. ^ 『大相撲中継』2017年9月16日号 p78
  13. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年8月号 p46
  14. ^ 朝日新聞 2010年5月27日
  15. ^ 若ノ花若羽黒と優勝決定戦
  16. ^ 琴ヶ濱と優勝決定戦
  17. ^ 脊椎分離症・坐骨神経痛・腎臓炎により9日目から途中休場
  18. ^ 脊椎分離症・坐骨神経痛により初日から全休
  19. ^ 脊椎分離症・坐骨神経痛により初日から全休
  20. ^ 脊椎分離症により初日から全休
  21. ^ 腰部及び左膝関節捻挫により10日目から途中休場
  22. ^ 腰椎分離症・坐骨神経炎により4日目から途中休場
  23. ^ 腰椎分離症・坐骨神経炎により4日目から途中休場
  24. ^ 腰椎分離症・坐骨神経炎により7日目から途中休場
  25. ^ 1月場所前に引退表明


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