小錦八十吉_(6代)とは?

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小錦八十吉 (6代)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/15 13:55 UTC 版)

小錦 八十吉(こにしき やそきち、本名同じ、1963年昭和38年)12月31日 - )は、アメリカ合衆国ハワイ州オアフ島ホノルル市出身で現在は日本国籍(帰化)の元大相撲力士高砂部屋所属)、株式会社KP所属のタレント。現在はKONISHIKI(コニシキ)の芸名でタレント活動を行っている。他に子供向け教育番組などでコニちゃんの芸名を使用することもある。本名の旧姓は塩田、米国籍時代の本名はサレバ・ファウリ・アティサノエ (Saleva'a Fuauli Atisano'e)。帰化以前の大相撲時代にはサレバ・アティサノエと記載されたこともある。愛称はサリー、コニちゃん、黒船。現在の体格は身長184cm、体重153kg。血液型はAB型、星座は山羊座。




  1. ^ 大相撲時代にはハワイ人の新生児(男児)に四股名をそっくり命名したこともあるが、問題にはならなかった。
  2. ^ 後年ギネスブックの相撲の項目で「最も体重の重いプロスポーツ選手」と紹介された。
  3. ^ この場所で小錦に一方的に敗れたことに発奮した千代の富士は稽古に励んで低迷を脱しており、千代の富士が優勝31回の大横綱となる上で小錦が与えた衝撃は大きな役割を果たしている。その後の取り組みでは千代の富士の躍動感ある相撲にまるでついていけていない場面が目立ち、最終的な対戦成績は小錦の9勝20敗と大きく負け越し、横綱との実力差を見せつけられた恰好となった。特に昭和60年春場所に華麗な下手ひねりで敗れた際は悔しさを露わにしていた。
  4. ^ 千秋楽で大関琴風に敗れたため13勝2敗の平幕多賀竜が優勝。
  5. ^ 現在大関角番数の最多記録は千代大海の通算14回。
  6. ^ 平成時代以降、第63代横綱・旭富士から第70代横綱・日馬富士まで8力士全員「大関で2場所連続優勝」で横綱に昇進した。それ以降はやや基準が緩く成った事も有り、第71代横綱・鶴竜は優勝同点(14勝1敗)・優勝(14勝1敗)と平成初の大関2連覇ならずで横綱となった。しかも鶴竜の場合、年6場所制定着以降唯一「直前3場所前が1ケタ白星でなおかつ連覇無し」でありながらも昇進している。その後第72代横綱・稀勢の里も優勝次点(12勝3敗)・優勝(14勝1敗)で昇進を果たした。
  7. ^ 現役時代の双羽黒は頻繁に高砂部屋で出稽古を行っており、さらに小錦と双羽黒は同じ「花のサンパチ組」で互いに稽古相手を務め合う仲であった。その双羽黒は廃業から10ヶ月後に死去した高砂の葬儀に「事件の際迷惑をかけ、責任を感じている」という理由で出席していた。
  8. ^ 大関として同会長をつとめた例は他に初代会長の玉錦三右エ門がいる。
  9. ^ 特典としてオリジナルテレホンカード5種類が作られ、1987年7月1日から8月31日まで抽選で毎週3000人にプレゼントされた。
  10. ^ ちなみにハワイでの葬儀の習慣は男性はアロハ、女性はムームーが一般的で、黒い喪服は皆無ではないがそれほど使われない。
  11. ^ メタボリックシンドロームの原因となる内臓脂肪の量は少なかったために、手術そのものは平均的な所要時間よりはるかに短く終わった。
  12. ^ NTVで2008年6月に放送した『Touch! eco 2008 明日のために…55の挑戦?スペシャル』内で、300kg台の時には腹部がじゃまになり自分で靴を履くことができず他の人に履かせてもらっていたが230kgになり自分で靴を履けるようになった様子が放送された。
  13. ^ 公傷・全休
  14. ^ 北勝海霧島と優勝決定戦
  15. ^ 初日不戦敗・休場
  16. ^ 旭富士と優勝決定戦
  17. ^ 関脇陥落
  18. ^ 初日より休場・3日目から途中出場
  19. ^ 4日目より途中休場・9日目から再出場
  1. ^ 知ったら笑う関取の異名 マイナビニュース 2013/02/24
  2. ^ 角界「異名」列伝 ウルフの時代 時事ドットコム
  3. ^ a b c d ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(3) 高砂部屋』p18
  4. ^ 小錦八十吉の『ドスコイ・ダンシング』2010年5月27日 KONISHIKI 公式ブログ
  5. ^ 皆さん、ありがとう・・・2010年5月29日 Konishikiオフィシャルサイト Konishiki日記
  6. ^ a b c d e f g h i j k l 北辰堂出版『昭和平成 大相撲名力士100列伝』(塩澤実信、2015年)148ページから150ページ
  7. ^ a b c d e ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(3) 高砂部屋』p28-29
  8. ^ a b KONISHIKIから見た武蔵丸 武蔵丸光洋公式ウェブサイト
  9. ^ 最初の一番では北尾は立ち合い左に変わり、突っ張り合いから突き勝った小錦が右ハズで出てくると、土俵際、左上手投げを見せたものの、左足が大きく土俵を割った。軍配は小錦に上がったが「北尾の左足が出るのと小錦の左足が返って甲が付くのが同時」とみて取り直しとなった。勝負規則によれば正しい判定ではあるが、攻めているときに足の甲が付いている場合は見逃されるケースが非常に多く、小錦の勝ちと判定されても仕方がないケースであった。
    『大相撲ジャーナル』2017年6月号46頁
  10. ^ ベースボールマガジン社『大相撲戦後70年史』19ページ
  11. ^ 後の2011年3月8日にその舞の海が関西プレスクラブの招きで大阪市内のホテルで講演した際にはこの場所の小錦との対戦を言及しており、怪我を乗り越えて復帰した祝儀として小錦から勝ちを譲られたのだろうと断定したという趣旨の発言があった。
  12. ^ 舞の道(元小結・舞の海と大相撲に関するサイト)-舞の部屋>> 対戦成績表 >> か行より
  13. ^ 舞の海秀平氏、都知事選に苦言「担ぐ方も担ぐ方だし、担がれる方も担がれる方」 ZAKZAK 2014.01.22
    元小結・舞の海秀平はそれについて「千秋楽前に引退届を提出した」と真相を語っている。
  14. ^ a b 1997年11月23付日刊スポーツ紙面
  15. ^ 後年になって年寄名跡の取得に際して2億円もの資金提供を受けたことを本人が明かしており『解禁!暴露ナイト』2013年1月24日放送分でその詳細が語られた。
  16. ^ 毎日新聞2017年10月11日 東京朝刊
  17. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年8月号p116-117
  18. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年5月号93ページ
  19. ^ 徹子の部屋辞典 Archived 2014年1月4日, at the Wayback Machine. 『徹子の部屋』のファンサイトに収録されたKONISHIKI出演時の会話
  20. ^ 小錦 千代の富士との最初の一番で「僕の相撲人生が変わった」スポニチ 2016年8月2日記事
  21. ^ 男性不妊の治療、できること少ないからこそ 小錦さん 朝日新聞DIGITAL 2017年1月11日16時38分
  22. ^ 朝日新聞2017年2月10日「耕論」
  23. ^ 「基準は甘かったと思うけど、いいんだよ」元大関・小錦、稀勢の里の横綱昇進を歓迎 J-CASTニュース 2017年2月11日記事
  24. ^ 稀勢の里このまま引退?小錦も「横綱は特別だから・・・。苦しい立場になってる」 J-CASTニュース 2018年11月16日記事
  25. ^ [元大関 小錦八十吉さん]150キロの減量(1)妻の言葉で仕事中断 yomiDr. 2010年5月6日
  26. ^ [元大関 小錦八十吉さん]150キロの減量(2)少量の食事を1日5回 yomiDr. 2010年5月13日
  27. ^ [元大関 小錦八十吉さん]150キロの減量(3)胃の縮小手術で痛風悪化 yomiDr. 2010年5月20日
  28. ^ 世界変わる?KONISHIKI 129キロ減量スポーツニッポン2009年7月24日、2009年8月4日閲覧
  29. ^ KONISHIKI初めて立って歌った!スポーツニッポン2009年7月27日、2009年8月4日閲覧
  30. ^ [元大関 小錦八十吉さん]150キロの減量(4)支え続けた妻に感謝 yomiDr. 2010年5月27日
  31. ^ KONISHIKIが150キロ減量成功 食事制限中で「刑務所みたい」 ORICONSTYLE 2013年10月15日 12時39分
  32. ^ a b c d e f 途中休場
  33. ^ a b c d e f 大関角番(全7回)
  34. ^ ヴァン・ヘイレンのデイヴィッド・リー・ロスが主役を演じる、日本を舞台にしたショート・フィルム『外人任侠伝〜東京事変』が公開 amass 2013年5月23日
  35. ^ ドラえもん のび太とロボット王国”. メディア芸術データベース. 2016年10月30日閲覧。




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