東京辰巳国際水泳場(2020年2月16日撮影)
入江 陵介 (いりえ りょうすけ、1990年 1月24日 - )は、日本 の競泳 の選手である。「イトマン東進 」所属。2012年ロンドンオリンピック100m背泳ぎ銅メダリスト、200m背泳ぎ銀メダリスト、400mメドレーリレー銀メダリスト。マネージメントはアミューズ 。
来歴
1990年 、0歳のベビースイミングから水泳を始める。小学2年生から兄・晋平が通うイトマンスイミングスクール 玉出校に通い始め、中学に入ってから本格的に背泳ぎに転向。
2005年 3月4日 、中学卒業直前に100メートルと200メートルの背泳ぎ 2種目で日本中学記録(当時)を樹立。
2005年 、高校1年で高校総体 の200メートル背泳ぎで優勝。
2006年 4月 、日本選手権で、200メートル背泳ぎで日本高校新記録(当時)を樹立。
2006年8月 、カナダ のビクトリアで行われたパンパシ水泳で、200メートル背泳ぎを4位で泳いだ。
2006年12月 、ドーハ で行われたアジア大会で、男子200メートル背泳ぎで優勝。
2007年 1月28日 、兵庫県 で開催された「KONAMI OPEN 2007」で、男子200メートル背泳ぎで日本高校新記録(当時)を樹立。
2007年4月 、日本選手権で、200メートル背泳ぎを高校新記録(当時)で初優勝。
2007年11月24日 、イトマン招待で、400メートルメドレーリレー第一泳者として男子100メートル背泳ぎの高校新記録(当時)を樹立。
2008年 1月27日 、兵庫県で開催された、「KONAMI OPEN 2008」で、男子200メートル背泳ぎで自身初のアジア・日本新記録(当時)を樹立。
2008年4月19日 、日本選手権水泳競技大会 男子200メートル背泳ぎで派遣標準記録を突破して優勝した為、北京オリンピック への出場が内定。
2008年6月7日 、ジャパンオープン男子200メートル背泳ぎで「KONAMI OPEN 2008」で樹立したアジア・日本新記録(当時)を更新。
2008年8月15日 、北京オリンピック 男子200メートル背泳ぎで5位入賞。
2008年11月 、短水路ワールドカップ200メートル背泳ぎで3連勝し、全てのレースで日本記録を更新[ 1] 。
2009年1月25日 、兵庫県で開催された、「KONAMI OPEN 2009」で、男子200メートル背泳ぎで二年連続のアジア・日本新記録(当時)を樹立。
2009年2月21日 、ジャパンオープン男子200メートル背泳ぎの短水路日本新記録(当時)を樹立。
2009年4月、日本選手権50メートル・100メートル背泳ぎで苦手な短距離で宮下純一 の持っていた日本記録をともに破ったが、同じレースを泳いだ古賀淳也 に上を行かれ、いずれも2位に終わった。得意の200メートル背泳ぎでは自身の持つ日本新記録(当時)を樹立し、この種目3連覇、ロクテ の持つ世界記録(当時)まであと0.08秒と迫った[ 2] 。そして三種目ともに派遣標準記録を突破したため世界選手権の代表権を獲得した。
2009年5月、競泳の日豪対抗で、9日 には100メートル背泳ぎで日本記録(当時)を樹立し、ピアソル の持つ世界記録にあと0.02秒まで迫った。10日 には200メートル背泳ぎでロクテの持っていた世界記録より1秒以上速いタイムを記録した[ 3] 。しかし、着用していたデサント 社製の水着が、「水着に空気をためる効果を発揮する構造を作ってはいけない」という規定に触れたとして国際水泳連盟 に認可されなかったため、世界新記録に公認されなかった[ 4] 。日本水泳連盟 は入江の記録を日本新記録として公認しており、日本記録が世界記録を上回ることになった。
2009年7月、世界水泳選手権 の200メートル背泳ぎで日豪対抗の記録を上回る日本新記録を樹立し銀メダルを獲得。ピアソルが世界新記録で優勝。
2010年8月、パンパシフィック選手権の200メートル背泳ぎで銅メダルを獲得。
2010年11月、アジア競技大会の50メートル背泳ぎで銀メダル、100・200メートル背泳ぎと400メートルメドレーリレーで金メダルを獲得。
2011年7月、世界水泳選手権 の100メートル背泳ぎで銅メダルを獲得。200メートル背泳ぎで銀メダルを獲得。
2012年4月、株式会社ナガセ に入社。
2012年4月、ロンドンオリンピック 、男子100メートル・200メートル背泳ぎで五輪出場決定。
2012年7・8月、ロンドンオリンピック、男子100メートル背泳ぎで銅メダル、男子200メートル背泳ぎで銀メダルを獲得。400メートルメドレーリレーでも銀メダルを獲得。
2013年7・8月、世界選手権に出場。個人種目では全て4位に終わるも400メートルメドレーリレーで銅メダルを獲得。
2014年8月、パンパシフィック選手権では100メートル背泳ぎで金メダルを獲得、200メートル背泳ぎ・400メートルメドレーリレーで銀メダルを獲得。
2014年9月、アジア競技大会の50メートル背泳ぎと400メートルメドレーリレーで銀メダル、100・200メートル背泳ぎで金メダルを獲得。
2014年12月、世界短水路選手権の100メートル背泳ぎで銅メダルを獲得。200メートル背泳ぎでは4位(短水路日本新)、400メートルメドレーリレーで7位(短水路日本新)、50メートル背泳ぎでは15位という結果だった。
2016年8月、リオ五輪 に出場。100メートル背泳ぎで7位、200メートル背泳ぎで8位、4×100メートルリレーで5位、メダル獲得ならず。
2017年、米国ノースカロライナ州 シャーロット 及びカリフォルニア州 サンディエゴ に活動拠点を移す[ 5] [ 6] 。
2018年8月、パンパシフィック選手権では100m背泳ぎ・200m背泳ぎ・400mメドレーリレー・混合400mメドレーリレーで4つの銀メダルを獲得。
2019年7月、アミューズ とパートナーシップ契約を締結[ 7] 。
2021年7月、2020年東京オリンピック では競泳日本選手団の主将を務める[ 8] 。男子100メートル背泳ぎ では準決勝に進出したがタイムが53秒21(全体の9位タイ)で0秒01差で決勝進出を逃した[ 8] 。
2024年3月22日、2024年パリオリンピック 代表選考会で、この日までに出場した全選考対象種目に於いて日本水泳連盟が定めた条件をクリアできなかったため、5大会連続でのオリンピック出場の道を絶たれた[ 9] 。
2024年4月3日、現役引退を発表した[ 10] 。
自己ベスト
泳法
距離
水路
記録
樹立日
大会名
備考
背泳ぎ
50m
長水路
24秒79
2009年8月1日
第13回世界水泳選手権
背泳ぎ
100m
長水路
52秒24
2009年9月5日
第85回日本学生選手権水泳競技大会
日本記録
背泳ぎ
200m
長水路
1分52秒51
2009年7月31日
第13回世界水泳選手権
日本記録
背泳ぎ
50m
短水路
23秒21
2021年10月16日
第63回日本選手権(25m)
背泳ぎ
100m
短水路
49秒66
2021年10月17日
第63回日本選手権(25m)
背泳ぎ
200m
短水路
1分48秒77
2014年12月7日
第12回世界短水路選手権
元日本記録
メディア出演
テレビ番組
CM
出典
外部リンク
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1930年代
1940年代
40 児島泰彦
41 児島泰彦
46 西野恭正
47 西野恭正
48 西野恭正
49 黒佐年明
1950年代
51 芦田拓郎
52 芦田拓郎
53 ヨシノブ・オヤカワ(英語版 )
54 長谷景治
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
1910年代
1920年代
1930年代
1940年代
1950年代
1960年代
60 渡辺和夫
61 トム・ストック
62 ジェド・グラーフ(英語版 )
63 福島滋雄
64 福島滋雄
65 伊藤圭祐
66 林祐士郎
67 田中毅司雄
68 細川伸也
69 本多忠
1970年代
70 星野浩二
71 山本敏光
72 本多忠
73 中村靖
74 本多忠
75 ジョン・ネーバー
76 スティーブ・ハーディ(英語版 )
77 池田憲次
78 池田憲次
79 松本敬充
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
1920年代
1930年代
1950年代
1960年代
1970年代
70 星野浩二
71 原博美智
72 本多忠
73 山本敏光
74 山本敏光
75 ジョン・ネーバー
76 スティーブ・ハーディ(英語版 )
77 松本彰
78 高橋剛
79 松本彰
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1990年代
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