千代の山雅信とは?

千代の山雅信

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/09/26 10:01 UTC 版)

千代の山 雅信(ちよのやま まさのぶ、1926年6月2日 - 1977年10月29日)は、北海道松前郡福島町出身の元大相撲力士。第41代横綱。本名は杉村 昌治(すぎむら まさはる)。




  1. ^ a b c d e f g h 北辰堂出版『昭和平成 大相撲名力士100列伝』(塩澤実信、2015年)42ページから43ページ
  2. ^ a b c d e f ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(3) 高砂部屋』p70-72
  3. ^ a b c d e f ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(1) 出羽海部屋・春日野部屋 』(2017年、B・B・MOOK)p22
  4. ^ 優勝決定戦を行わず、番付が上位のものが優勝となっていた。優勝決定戦制度は翌々場所の1947年夏場所から導入されたが、これ以降で幕内での全勝、または土付かずの力士が複数人出た例はない。
  5. ^ 旧・両国国技館の開館(1909年)以降、新入幕の土つかず(無敗)は1914年5月場所の両國勇治郎(前頭14枚目)、1917年5月場所の大潮又吉(前頭13枚目)以来3人目の快挙。ただし両國は9勝1休、大潮は9勝1預だったため、皆勤による全勝は千代の山が史上初となる。両國の1休については本人の項を参照。
  6. ^ 千代の山は翌場所4日目に初黒星を喫するまで新入幕から13連勝を記録したが、これは2014年現在破られていない。
  7. ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(1) 出羽海部屋・春日野部屋 』(2017年、B・B・MOOK) p10
  8. ^ その後、2015年までに大関時代に連覇を達成しても横綱昇進を見送られた例は無い。
  9. ^ 2013年9月場所の大相撲中継では、独立時に九重部屋へ帯同した弟子の1人である北の富士勝昭が「(太っているように見せるために)腹をつまんで廻しの外へ引っ張り出していた」と話すなど、千代の山が太れない体質に悩んでいた様子を語っていた。
  10. ^ 当時これについて時津風は「私の現役時代を考えても、不調の場合、大関に下げてもらえるというならもう少し気楽に取れていたと思う」と千代の山のこの申し出に共感するところを語っていた。一方で、ある日の取組で観客から「引退して『花月』(妻の実家の料理店)で板前をしろ」とヤジが飛び、これを心底気にして横綱返上を決意したという。
  11. ^ a b ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(1) 出羽海部屋・春日野部屋 』p38(2017年、B・B・MOOK)
  12. ^ 独立を考えた時は、既に高砂と話をつけてあったという。また、当時最高の腕を誇った床山が九重の所属になったが、独立を許された背景には先代(常ノ花)の遺族が九重の味方に回ったという事情もあった。
  13. ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(3) 高砂部屋』p39
  14. ^ BS-TBS 「関口宏の人生の詩 北の富士勝昭の真剣道楽人生」(2015年4月19日放送)より
  15. ^ a b 『天下盗り狼〜千代の富士 貢 ─ 九重三代風雲録〜』(徳間書店)
  16. ^ 北の富士勝昭、嵐山光三郎『大放談!大相撲打ちあけ話』(新講舎、2016年)p151
  17. ^ 『大相撲中継』2017年9月16日号 p85
  18. ^ 腰部打撲
  19. ^ 扁桃腺炎により3日目から途中休場、11日目から再出場
  20. ^ 第2及び第3腰椎外傷性奇形性関節炎・第5腰椎離間症により6日目から途中休場
  21. ^ 時津山と優勝決定戦
  22. ^ 大内山と優勝決定戦
  23. ^ 右膝関節神経損傷により5日目から途中休場
  24. ^ 両膝関節変形症・左股関節及び腰部捻挫により13日目から途中休場
  25. ^ 右膝関節変形症・右坐骨神経炎により5日目から途中休場


「千代の山雅信」の続きの解説一覧



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「千代の山雅信」の関連用語

千代の山雅信のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



千代の山雅信のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの千代の山雅信 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2019 Weblio RSS