清國勝雄とは?

清國勝雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/05 23:04 UTC 版)

清國 勝雄(きよくに かつお、1941年11月20日 - )は、秋田県雄勝郡雄勝町(現・湯沢市)出身で荒磯部屋(後に伊勢ヶ濱部屋)所属の元大相撲力士。最高位は東大関。本名は佐藤 忠雄(さとう ただお)。現役時代の体格は182cm、133kg。得意手は左四つ、寄り、押し[1]。 元十両玉ノ国、元関脇玉乃島の兄弟は甥。二男の嘉由生は2009年3月に落語家の林家木久扇に入門して林家木りん(はやしや きりん)の名前を貰う。 現夫人は国宝犬山城12代目城主平岩親吉の末裔。




注釈

  1. ^ 現役力士の自動車運転が当時認められていたため、取的時代には実際に部屋の運転係を務めていた。
  2. ^ 清國が東北地方へ地方巡業していたため、その間を利用して大阪出身の前妻が子供を連れて実家へ里帰りするため搭乗していた。
  3. ^ この名前には亡くなった長男・長女の名前から1文字ずつ使われている。
  4. ^ 義弟のタートル岡部と清國は不仲であり、特に清国は岡部の妻でもある妹と折り合いが悪いという。
  5. ^ 千代の富士は肩の脱臼癖対策に筋肉で関節を固めていたことで有名であるが、これが1度外れるとはめることが大変難しいという問題を起こすことになり、治せる人物は清國だけだった。
  6. ^ 藤ノ川と優勝決定戦
  7. ^ a b c d 角番(全4回)
  8. ^ 頸部挫傷後遺症により7日目から途中休場
  9. ^ メニエール病により6日目から途中休場
  10. ^ 低血圧心不全により7日目から途中休場

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p30
  2. ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p76
  3. ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p76-77
  4. ^ 北の富士勝昭、嵐山光三郎『大放談!大相撲打ちあけ話』(新講舎、2016年)P186
  5. ^ ベースボールマガジン社『大相撲戦後70年史』18ページ
  6. ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p77


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