栃錦清隆とは?

栃錦清隆

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/02/24 14:31 UTC 版)

栃錦 清隆(とちにしき きよたか、1925年2月20日 - 1990年1月10日)は、東京府南葛飾郡(現・東京都江戸川区)出身の元大相撲力士。第44代横綱。本名は大塚 清(おおつか きよし)で、のちに栃木山守也の養子となって中田 清(なかた きよし)となる。




  1. ^ a b c ベースボールマガジン社『大相撲戦後70年史』20ページ
  2. ^ a b c d e f g h i j k 北辰堂出版『昭和平成 大相撲名力士100列伝』(塩澤実信、2015年)51ページから56ページ
  3. ^ a b 『大相撲名門列伝シリーズ(1) 出羽海部屋・春日野部屋 』p39
  4. ^ a b c 『大相撲名門列伝シリーズ(1) 出羽海部屋・春日野部屋 』p28
  5. ^ 翌場所から系統別総当り制が実施されたこともあり、これは強運だった。
  6. ^ 現在の三賞の基準に照らすと敢闘賞がふさわしいが、同場所新小結で1横綱3大関を倒し7勝4敗の輝昇に敢闘賞が贈られるなど、当時はまだ各賞の性格が定まっていなかった。
  7. ^ 当人によれば、「上に負けて下に勝ったというだけ」となるが、もうひとつも負けられないところからの復活は恐るべき集中力といえるだろう。
  8. ^ 千秋楽は吉葉山と1敗同士で対戦、時津山の結果次第で勝った方が優勝決定戦出場を争う一番になるところだったが、結局時津山が全勝のまま優勝を決めた。
  9. ^ 結果的に東富士の引退と栃錦の横綱昇進は重なることになり、「一瞬の5横綱時代」とされている。番付面で5横綱が並ぶことは現在までないが、まだ髷を落とす前の東富士を交えて、5人の横綱がそろった写真が数枚残されている。
  10. ^ Sports Graphic Number (文藝春秋)2019年2月28日号 p62
  11. ^ 戦時中の徴兵によるものを除く。
  12. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年8月号 p46
  13. ^ 優勝決定戦を含むなら19勝16敗。うち一回は1956年9月場所、栃錦の不戦勝。この場所は、直前に長男を事故で亡くした若乃花が初日から12連勝したが、病気で無念の休場となった。
  14. ^ 視点・論点「大鵬の時代」NHK解説委員会 2013年02月06日(水)東京工業大学名誉教授・芳賀綏の記述
  15. ^ 2013年現在の記録は魁皇博之の879勝。
  16. ^ 『大相撲名門列伝シリーズ(1) 出羽海部屋・春日野部屋 』p51
  17. ^ 『大相撲ジャーナル』2018年3月号 p.58-59
  18. ^ 式守伊之助と共に大鵬の勝ちと主張したが、春日野以外の審判は戸田の勝ちを支持し、行司差し違えで「戸田の勝利・大鵬46連勝ならず」となるが、これは誤審であることが判明した。相撲判定にビデオ判定を導入する用意は行なわれていたが、この相撲が前倒し導入のきっかけとなった。
  19. ^ 北の富士のつき手かばい手かを巡って大物言いとなる。木村庄之助は「付き手」として貴ノ花に軍配を上げたが、春日野は「かばい手」=貴ノ花は死に体と主張し、行司差し違えで北の富士の勝ちとなり、木村庄之助引退の原因となった。
  20. ^ 『人間の記録39 栃錦清隆 栃錦一代』内容構成 日本図書センター
  21. ^ a b c 『大相撲名門列伝シリーズ(1) 出羽海部屋・春日野部屋 』p17
  22. ^ エラの張った顔で眼光鋭く、一度食いついたら離さない相撲ぶりからそう渾名された。
  23. ^ 自著『栃錦一代』の中で「(昭和では)双葉関六十九連勝、羽黒関の三十二連勝につぐもの」(p.198)と書いているが、双葉山には他に36連勝と29連勝が、玉錦にも27連勝があって、これは誤り。
  24. ^ 資金調達のために力士や親方の給与を抑えており、後年、八角理事長(元横綱・北勝海信芳)は自身が1983年に新十両に昇進した際の給料について「月給28万円だった。ずいぶん抑えられていたよね」と笑ってコメントしたことがある。
    国技館、無借金で再建の訳 2人の名横綱が「寄り切り」 朝日新聞DIGITAL 2017年1月26日10時59分
  25. ^ 1995年7月24日付日刊スポーツ
  26. ^ 佐藤有一『わが師淀川長治との五十年』(清流出版)
  27. ^ 場所後兵役
  28. ^ 亜急性中心性肺臓炎により7日目から途中休場
  29. ^ 内痔核により10日目から途中休場
  30. ^ 慢性腎臓炎・右アキレス腱炎・腓腹筋リューマチにより11日目から途中休場
  31. ^ 慢性腎臓炎・右アキレス腱炎・腓腹筋リューマチにより全休
  32. ^ 若乃花と優勝決定戦


「栃錦清隆」の続きの解説一覧



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「栃錦清隆」の関連用語

栃錦清隆のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



栃錦清隆のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの栃錦清隆 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2019 Weblio RSS