小林弘とは? わかりやすく解説

小林弘

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/09/01 09:15 UTC 版)

小林 弘
基本情報
通称 雑草の男
階級 スーパーフェザー級
身長 168cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1944-08-23) 1944年8月23日(82歳)
出身地 群馬県伊勢崎市
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 75
勝ち 61
KO勝ち 10
敗け 10
引き分け 4
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小林 弘(こばやし ひろし、1944年〈昭和19年〉8月23日 - )は、日本の元プロボクサー。元WBA・WBC世界スーパーフェザー級統一王者。元リングマガジン世界スーパーフェザー級王座。右のボクサータイプ。「雑草の男」の異名を持つ[1]。既に閉鎖された中村ボクシングジムに所属していた。

人物

群馬県伊勢崎市出身[1]。伊勢崎市立南中学校卒業後、会社員として勤めていたが、1962年に上京して中村ジムに入り同年8月にプロデビューした[1]。

日本ボクシング黄金時代を彩った一人で、初代王者、白井義男から6人目の世界チャンピオンとなった。白井義男、ファイティング原田の4度の防衛記録を塗り替える6度の防衛記録(当時の日本の選手の最多防衛記録。1979年1月7日に具志堅用高に塗り替えられた)を持つ。

アップライトスタイルの典型的な頭脳派ボクサーで、打たせないで打つ戦法に徹し、高度なテクニックを駆使したボクシングで人気を博した。

日本フェザー級ランカー時代に、世界ライト級王者、カルロス・オルチスの左右ストレートに魅了され、自らのストレートのあり方を修練。後に中南米遠征時に、ジョー・メデルの育ての親、ルペ・サンチェスのアドバイスによってクロスカウンターの技を会得していく。

この強烈な右クロスカウンターと完全なディフェンスによって、対戦相手は自分のペースをつかめないまま敗北するケースが多い。

日本ボクシング年間表彰選手で最優秀選手賞に次いで価値のある技能賞を1965年から3年連続受賞。1969年、1970年と最優秀選手賞を受賞し、一時代を築いた(技能賞3年連続は日本記録でもある)。

引退後は、日本テレビで16年間におよびボクシング解説を務め、1989年12月まで帝拳ジムのトレーナーもしていた。

2000年9月8日、日本テレビ「勝利の開拓者たち・あしたのジョーのモデルと呼ばれた男」放送。

1991年より東京・武蔵境駅近くに小林ボクシングジムをオープンし、2014年暮れの閉鎖[2]まで指導にあたっていた。

主な戦績

1962年、プロデビュー。

1963年1月28日、全日本ライト級新人王獲得。5月13日、17試合目で初の10回戦に挑み、のちの日本チャンピオン益子勇治(東京拳闘会)に2RKO勝利。 8月19日、高山一夫が返上した日本フェザー級王座決定戦で菊地万蔵に判定負け。

1964年4月26日、ノンタイトル戦で東洋フェザー級チャンピオン関光徳に判定勝ちし、世界ランキング入りを果たす。9月28日、益子勇治を判定で下し、日本フェザー級王座獲得。

1965年1月18日、益子勇治に判定勝ちし初防衛。5月9日、塩山重夫に判定勝ちし2度目の防衛。8月30日、郡司厚に判定勝ちし3度目の防衛。

1966年1月27日、ノンタイトル戦で青木勝利に判定勝ち。2月28日、塩山重夫に判定勝ちし4度目の防衛。10月10日、千葉信夫に判定勝ちし5度目の防衛。11月10日、野畑澄男に判定勝ちし6度目の防衛。

1967年5月8日、三橋高夫に判定勝ちし7度目の防衛。

12月14日、「精密機械」沼田義明の持つWBA・WBC世界スーパーフェザー級王座に挑戦し、12回KO勝ちで王座獲得。初の日本人同士による世界戦は赤穂浪士討ち入りの日とも重なり大きな話題となった。

1968年3月25日、日本王座返上。3月30日、レネ・バリエントス(フィリピン)と15R引き分けで初防衛。10月15日、ハイメ・パラダレス(エクアドル)に判定勝ちし2度目の防衛。パラダレスとは1966年5月14日のエクアドルでのノンタイトル戦で引き分けて以来の再戦。

1969年1月18日、WBAとの分裂により、WBCが世界スーパーフェザー級を剥奪。4月6日、アントニオ・アマヤ(パナマ)に判定勝ちし3度目の防衛。11月9日、カルロス・カネテ(アルゼンチン)に判定勝ちし4度目の防衛。

1970年2月15日、ノンタイトル戦で日本スーパーフェザー級王者の東海林博と引き分け。8月23日、アントニオ・アマヤに判定勝ちし5度目の防衛に成功、白井義男とファイティング原田の持つ世界タイトル防衛記録を更新する。

12月3日、WBA世界フェザー級王者西城正三とのノンタイトル戦での夢の対決が実現。スピードと回転力で劣るものの、テクニックと試合運びによりリードを許さず10回判定(2-1)で勝利。

1971年3月4日、リカルド・アルレドンド(メキシコ)に判定勝ちし6度目の防衛。7月29日、アルフレド・マルカノ(ベネズエラ)に10RKOで敗れ王座陥落。この試合はリングマガジン アップセット・オブ・ザ・イヤーに選出された。

10月16日、1階級上げてのライト級で、後に「石の拳」と呼ばれライト級最強と言われる若き日のロベルト・デュランと対戦。敵地パナマでのノンタイトル戦だった。しかし、7回に豪快に倒されKO負け。この試合を最後に自分の限界を悟り引退を表明した。

最終戦績は75戦61勝(10KO)10敗4分。

戦 日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 1962年7月2日 ☆ 4R 判定 京谷寿次(帝拳) 日本の旗 日本 プロデビュー戦
2 1962年7月13日 ☆ 2R TKO 石井道雄(三鷹) 日本の旗 日本
3 1962年7月30日 ☆ 4R 判定 高瀬勇吉(青木) 日本の旗 日本
4 1962年8月20日 ☆ 4R 判定 柳三郎(三鷹) 日本の旗 日本
5 1962年9月11日 ☆ 4R 判定 小村清和(リキ) 日本の旗 日本
6 1962年9月25日 ☆ 4R 判定 大橋一義(中西) 日本の旗 日本
7 1962年10月16日 ☆ 4R 判定 大竹正義(中野) 日本の旗 日本
8 1962年11月7日 ☆ 4R 判定 早迫一夫(田辺) 日本の旗 日本
9 1962年11月29日 ☆ 4R 判定 柳三郎(三鷹) 日本の旗 日本
10 1962年12月15日 ☆ 4R 判定 大森寿男(田辺) 日本の旗 日本
11 1962年12月31日 ☆ 6R 判定 豊島紀芳(不二) 日本の旗 日本
12 1963年1月28日 ☆ 6R 判定 吉田勉(大真) 日本の旗 日本 全日本ライト級新人王決定戦
13 1963年2月19日 ☆ 6R 判定 加藤勇(笹崎) 日本の旗 日本
14 1963年3月18日 ☆ 6R 判定 福地英雄(帝拳) 日本の旗 日本
15 1963年4月4日 ☆ 6R 判定 古谷和弘(エバラ) 日本の旗 日本
16 1963年5月2日 ☆ 8R 判定 日野輝男(田辺) 日本の旗 日本
17 1963年5月13日 ☆ 2R KO 益子勇治(東拳) 日本の旗 日本
18 1963年6月24日 ☆ 10R 判定 ドミー・バラハジャ フィリピンの旗 フィリピン
19 1963年7月30日 ☆ 8R 判定 柴崎利夫(高橋) 日本の旗 日本
20 1963年8月19日 ★ 10R 判定 菊地万蔵(田辺) 日本の旗 日本 日本フェザー級王座決定戦
21 1963年11月2日 ★ 6R 棄権 ジョニー・ハミト フィリピンの旗 フィリピン
22 1964年1月26日 ★ 10R 判定 ソ・ガンイル 大韓民国の旗 韓国
23 1964年2月20日 ★ 10R 判定 ラロ・ゲレーロ メキシコの旗 メキシコ
24 1964年4月13日 ☆ 10R 判定 ポルテ・ビリャ フィリピンの旗 フィリピン
25 1964年4月26日 ☆ 10R 判定 関光徳(新和) 日本の旗 日本
26 1964年6月1日 ☆ 10R 判定 イ・グァンチュ 大韓民国の旗 韓国
27 1964年7月9日 ☆ 10R 判定 イ・ドンチュン 大韓民国の旗 韓国
28 1964年9月28日 ☆ 10R 判定 益子勇治(東拳) 日本の旗 日本 日本フェザー級タイトルマッチ(獲得)
29 1964年11月9日 ☆ 10R 判定 郡司厚(AO) 日本の旗 日本
30 1964年12月12日 ☆ 10R 判定 キム・ヒョン 大韓民国の旗 韓国
31 1965年1月18日 ☆ 10R 判定 益子勇治(東拳) 日本の旗 日本 日本フェザー級防衛①
32 1965年3月1日 ☆ 7R KO クォン・スボク 大韓民国の旗 韓国
33 1965年5月9日 ☆ 10R 判定 塩山重雄(鈴木) 日本の旗 日本 日本フェザー級防衛②
34 1965年6月27日 ☆ 10R 判定 イム・ジョンテ 大韓民国の旗 韓国
35 1965年7月18日 ☆ 10R 判定 坂田国夫(オギクボ) 日本の旗 日本
36 1965年8月30日 ☆ 10R 判定 郡司厚(AO) 日本の旗 日本 日本フェザー級防衛③
37 1965年9月23日 ☆ 10R 判定 キム・ヒョン 大韓民国の旗 韓国
38 1965年10月28日 ☆ 10R 判定 シュガー・ケーン・カレオン フィリピンの旗 フィリピン
39 1965年12月9日 ☆ 10R 判定 オーランド・メディナ フィリピンの旗 フィリピン
40 1966年1月27日 ☆ 10R 判定 青木勝利(三鷹) 日本の旗 日本
41 1966年2月28日 ☆ 10R 判定 塩山重雄(鈴木) 日本の旗 日本 日本フェザー級防衛④
42 1966年3月31日 ☆ 10R 判定 森洋(極東) 日本の旗 日本
43 1966年5月14日 引分 10R 判定 ハイメ・バジャダレス エクアドルの旗 エクアドル
44 1966年5月30日 ★ 10R 判定 フレディ・レンヒフォ ベネズエラの旗 ベネズエラ
45 1966年6月24日 ★ 7R TKO ペドロ・ゴメス ベネズエラの旗 ベネズエラ
46 1966年7月10日 引分 10R 判定 アウレリオ・カサレス メキシコの旗 メキシコ
47 1966年7月31日 ☆ 9R KO フィノ・ロサレス メキシコの旗 メキシコ
48 1966年8月18日 ☆ 7R 棄権 ボビー・バルデス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
49 1966年10月10日 ☆ 10R 判定 千葉信夫(ヨネクラ) 日本の旗 日本 日本フェザー級防衛⑤
50 1966年11月10日 ☆ 10R 判定 野畑澄男(常滑) 日本の旗 日本 日本フェザー級防衛⑥
51 1966年11月28日 ☆ 10R 判定 デル・キッド・ロザリオ フィリピンの旗 フィリピン
52 1967年1月16日 ☆ 10R 判定 シン・チュンギョン 大韓民国の旗 韓国
53 1967年2月2日 ☆ 10R 判定 ソ・ガンイル 大韓民国の旗 韓国
54 1967年2月27日 ☆ 10R 判定 ビセンテ・デラード アルゼンチンの旗 アルゼンチン
55 1967年5月8日 ☆ 10R 判定 三橋高夫(田辺) 日本の旗 日本 日本フェザー級防衛⑦(後返上)
56 1967年6月26日 ☆ 10R 判定 ドニー・テソリオ フィリピンの旗 フィリピン
57 1967年9月4日 ☆ 7R KO ユン・チャンス 大韓民国の旗 韓国
58 1967年10月16日 ☆ 8R KO ソン・ギジン 大韓民国の旗 韓国
59 1967年12月14日 ☆ 12R KO 沼田義明(極東) 日本の旗 日本 WBA/WBC世界スーパーフェザー級タイトルマッチ(王座獲得)
60 1968年3月30日 引分 15R 判定 レネ・バリエントス フィリピンの旗 フィリピン WBA/WBC世界スーパーフェザー級防衛①
61 1968年6月20日 ★ 10R 判定 マンド・ラモス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
62 1968年7月21日 ☆ 6R KO ウリセス・ボテーロ  コロンビア
63 1968年8月26日 ★ 10R 判定 ルーベン・ナバロ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
64 1968年10月5日 ☆ 15R 判定 ハイメ・バジャダレス エクアドルの旗 エクアドル WBA/WBC世界スーパーフェザー級防衛②
65 1969年1月27日 ☆ 10R 判定 トロ・ジョージ ニュージーランドの旗 ニュージーランド
66 1969年4月6日 ☆ 15R 判定 アントニオ・アマヤ パナマの旗 パナマ WBA世界スーパーフェザー級防衛③
67 1969年7月7日 ☆ 2R KO ビクトル・ラモス エクアドルの旗 エクアドル
68 1969年11月9日 ☆ 15R 判定 カルロス・カニェテ アルゼンチンの旗 アルゼンチン WBA世界スーパーフェザー級防衛④
69 1970年2月15日 引分 10R 判定 東海林博(ヨネクラ) 日本の旗 日本
70 1970年6月21日 ☆ 10R 判定 レイ・アディガン ナイジェリアの旗 ナイジェリア
71 1970年8月23日 ☆ 15R 判定 アントニオ・アマヤ パナマの旗 パナマ WBA世界スーパーフェザー級防衛⑤
72 1970年12月3日 ☆ 10R 判定 西城正三(協栄) 日本の旗 日本
73 1971年3月4日 ☆ 15R 判定 リカルド・アルレドンド メキシコの旗 メキシコ WBA世界スーパーフェザー級防衛⑥
74 1971年7月29日 ★ 10R TKO アルフレド・マルカーノ ベネズエラの旗 ベネズエラ WBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチ(陥落)
75 1971年10月16日 ★ 7R KO ロベルト・デュラン パナマの旗 パナマ
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獲得タイトル

脚注

  1. 1 2 3 『群馬県人名大事典』上毛新聞社、1982年11月1日、211頁。doi:10.11501/12189010。(要無料登録要登録)
  2. ↑ ラウンドアップ TAIKOH小林ジムが休業 Boxing News(ボクシングニュース)2015年1月28日

関連項目

外部リンク

前王者
益子勇治
第13代日本フェザー級王者

1964年9月28日 - 1968年3月25日(返上)

空位
次タイトル獲得者
千葉信夫
前王者
沼田義明
WBC世界スーパーフェザー級王者

1967年12月14日 - 1969年1月18日(剥奪)

空位
次タイトル獲得者
レネ・バリエントス
前王者
沼田義明
WBA世界スーパーフェザー級王者
1967年12月14日 - 1971年7月29日
次王者
アルフレド・マルカノ




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