上田利治とは?

うえだ‐としはる〔うへだ‐〕【上田利治】

[1937〜2017プロ野球選手監督徳島生まれ昭和34年(1959)広島入団25歳のときにコーチとなり、同49年から15年間、阪急オリックス前身)の監督務めた。のち日本ハム監督就任監督として通算1322勝を記録


上田利治

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/19 02:16 UTC 版)

上田 利治(うえだ としはる、1937年1月18日 - 2017年7月1日[1])は、徳島県海部郡宍喰町(現:海陽町)出身のプロ野球選手捕手)・コーチ監督解説者評論家




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  2. ^ a b c 名将・上田利治さんを悼む カープでは熱血指導で若手育成 上田利治
  3. ^ a b “【越智正典「ネット裏」】 ナイターなのに朝イチから…メジャーの監督もうなった上田利治の野球熱”. 東京スポーツ (東京スポーツ新聞社). (2017年7月9日). オリジナルの2017年7月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170709170328/http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/705426/ 2017年7月10日閲覧。 
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  10. ^ a b c 福本、2014年、pp.61 - 62
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  13. ^ 福本豊の『阪急ブレーブス 光を超えた影法師』では、西本は「一軍の試合を一切見ない」という条件でのフロント入りを拒否したが、辞任の際に後任について何も言わず、その後にオーナーの森薫から相談を受けて上田を推薦した、と記されている(同書pp.65 -66)。
  14. ^ “「審判代えろ!」阪急・上田監督、抗議1時間19分”. ススポーツニッポン. オリジナルの2016年3月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160304135840/http://www.sponichi.co.jp/baseball/special/calender/calender_octorber/KFullNormal20071016145.html 
  15. ^ a b “【昭和野球列伝】阪急、身売りなければ福本引退なかった(4/4)”. サンケイスポーツ. (2017年9月5日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20170905/buf17090510000001-n4.html 2018年2月4日閲覧。 
  16. ^ “【田淵幸一物語・第4部(16)】「解任」か「辞任」か 4年目の舞台は用意されず”. 産経新聞. (2017年6月16日). http://www.sankei.com/west/news/170616/wst1706160007-n1.html 2018年2月4日閲覧。 
  17. ^ “日めくりプロ野球【9月29日】1994年(平6) 日本ハム 10年ぶりの最下位 大沢親分 ファンの前で土下座”. スポーツニッポン. (2011年9月29日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/yomimono/pro_calendar/1109/kiji/K20110929001721880.html 2018年2月4日閲覧。 
  18. ^ 毎日新聞1996年9月12日26ページ 「娘2人が統一教会入信 休養の上田・日本ハム監督 辞意を表明」
  19. ^ 日本ハムはこの頃、終盤では最大で9連敗していた。
  20. ^ 福本、2014年、p.127
  21. ^ 『監督たちの戦い 決定版 上』157-159頁
  22. ^ “上田氏は1日に肺炎で死去 日本ハムが発表”. スポーツニッポン. (2017年7月2日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2017/07/02/kiji/20170702s00001173159000c.html 2017年7月2日閲覧。 
  23. ^ 週刊ベースボール 連載コラム「豊田泰光のオレが許さん!」 904回
  24. ^ 東京スポーツ連載 『簑田浩二 セパ盟主の裏側を知る名手 3割30本30盗塁男が激白』〈15〉2007年6月28日。
  25. ^ 東京スポーツ連載 『簑田浩二 セパ盟主の裏側を知る名手 3割30本30盗塁男が激白』〈16〉2007年6月29日。
  26. ^ “【虎番疾風録第3章】(73)4球団の誘い断り「阪急」復帰”. 産経新聞. (2019年11月4日). https://www.sankei.com/west/news/191104/wst1911040004-n1.html 2020年8月20日閲覧。 
  27. ^ 福本、2014年、p.168
  28. ^ 福本、2014年、p.174
  29. ^ ベースボール・マガジン社『月刊ベースボールマガジン2021年4月号 1979 - 1985 西武ライオンズ創世記』p.4「COVER INTERVIEW 広岡達朗」
  30. ^ 谷上史朗 (2017年7月20日). “追悼・上田利治。現役わずか3年も、情熱で歩んだ「名将ロード」(6/7)”. Sprtiva. https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/npb/2017/07/20/___split______split_11/index_6.php 2018年2月4日閲覧。 
  31. ^ 当時、日本ハムの背番号「30」は金子誠が着用していた。
  32. ^ 福本豊『走らんかい!』98頁
  33. ^ 福本豊『阪急ブレーブス 光を超えた影法師』131頁
  34. ^ 浜田昭八『監督たちの戦い 決定版 下』227頁
  35. ^ 「監督」上田利治編 第5回日刊スポーツ』2021年3月6日(2021年3月6日閲覧)
  36. ^ 「監督」上田利治編 第9回『日刊スポーツ』2021年3月12日(2021年3月12日閲覧)
  37. ^ スポーツ報知』2017年12月26日号<6版>24面「上田利治さんをしのぶ、“上田野球の申し子”大橋穣さんが思い出語った」
  38. ^ “【8月12日】1982年(昭57) 上田利治監督、ああ勘違い 当て馬のつもりが…”. スポニチアネックス. オリジナルの2016年3月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160304105129/http://www.sponichi.co.jp/baseball/special/calender/calender_10august/KFullNormal20100801238.html 2016年7月31日閲覧。 


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