村松友視とは?

むらまつ‐ともみ【村松友視】


村松友視

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/17 16:42 UTC 版)

村松 友視[注 1](むらまつ ともみ、1940年4月10日 - )は日本作家、元編集者、エッセイスト。




注釈

  1. ^ ”。「示」の右に「見」、数値文字参照:「視」。「」の字に代用される場合あり。
  2. ^ そのため、戸籍上は上記の父方のおじたちと兄弟である。
  3. ^ その事情を知らない水上勉などは担当編集者だった村松について「彼は梢風の妾の子だ。かわいそうに」と同情していたという[2]
  4. ^ 塙嘉彦が『海』4代目編集長となると編集部一同で、未亡人となった武田百合子邸を月1度訪問するのが恒例となった。また色川武大と二人で「武田百合子に小説を書かせる会」を結成した。
  5. ^ 自分の尊敬する4人の作家、吉行淳之介、野坂昭如、唐十郎の本名・大靏義英、後藤明生から1文字ずつもらったペンネームだった。
  6. ^ この小説の元原稿には「プロレスの試合の場面」が40枚も書かれていたが、後藤の示唆で削除した。
  7. ^ ただし「吉行番」の先輩編集者が多く、なかなか担当編集者になることができなかった。
  8. ^ 奇遇にも、吉行は若い頃に「永井龍男に似ている」と言われたことがあるという。

出典

  1. ^ 『私の父、私の母』中央公論社、1994年、197-201頁
  2. ^ 嵐山光三郎『昭和出版残侠伝』より
  3. ^ 【話の肖像画】作家・村松友視(2)父の早世、祖父母に育てられ (1/2)」『産経ニュース』2016年8月16日付
  4. ^ 【話の肖像画】作家・村松友視(3)唐十郎を発掘した編集者時代 (1/3)」『産経ニュース』2016年8月17日付
  5. ^ 【話の肖像画】作家・村松友視(3)唐十郎を発掘した編集者時代 (2/3)」『産経ニュース』2016年8月17日付
  6. ^ 村松著の『ヤスケンの海』によれば、編集長との対立はしばしばで異動願いを出したこともある。そのため中央公論社は万が一のために、村松の穴埋め要員を探し、最終的に採用したのが先述の安原だった。
  7. ^ 【話の肖像画】作家・村松友視(3)唐十郎を発掘した編集者時代 (3/3)」『産経ニュース』2016年8月17日付
  8. ^ 作家・村松友視(1)プロレス本が思いがけず大ヒット (1/2)」『産経ニュース』2016年8月15日付
  9. ^ 前田日明は1988年に刊行した自著[要文献特定詳細情報]の中で『私味方です』を名著としている。
  10. ^ 【話の肖像画】作家・村松友視(2)父の早世、祖父母に育てられ (2/2)」『産経ニュース』2016年8月16日付
  11. ^ 椎名誠の仕事(聞き手:目黒考二) 『ジョン万作の逃亡』その1」『椎名誠 旅する文学館』
  12. ^ クイズダービー第685回、1989年4月15日放送分の3問目より[信頼性要検証]


「村松友視」の続きの解説一覧



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「村松友視」の関連用語

村松友視のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



村松友視のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
MovieWalkerMovieWalker
(C)MovieWalker
キネマ旬報 (c)キネマ旬報社
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの村松友視 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2021 GRAS Group, Inc.RSS