渡辺喜恵子とは? わかりやすく解説

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わたなべ‐きえこ〔‐キヱこ〕【渡辺喜恵子】

読み方:わたなべきえこ

[1914〜1997小説家秋田生まれ本姓木下郷土根ざした作風歴史小説などを執筆南部藩御用商人家族描いた大河小説馬淵川」で直木賞受賞。他に「啄木の妻」「原生花園」など。


渡辺喜恵子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/07 02:02 UTC 版)

渡辺 喜恵子
プリンス自動車販売『プリンス』第11巻第3号(1964)より
誕生 栗生澤 喜惠子
(1913-11-06) 1913年11月6日
秋田県仙北郡檜木内村(後の西木村、現仙北市
死没 (1997-08-08) 1997年8月8日(83歳没)
職業 小説家
最終学歴 能代高等女学校卒業
代表作 「馬淵川」(1959年
主な受賞歴 第41回直木三十五賞(1959年)
活動期間 1942年 - 1997年
配偶者 あり(死別)
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渡辺 喜恵子渡邊 喜惠子、わたなべ きえこ、1913年(大正2年)11月6日 - 1997年(平成9年)8月8日)は日本の小説家。本名は木下喜惠子。秋田県出身者として初めて、直木賞を受賞した。

略歴

秋田県仙北郡檜木内村(後の西木村、現:仙北市)生まれ。2歳の時、父・栗生沢米太郎が鷹巣町(現:北秋田市)に木材工場を創業し転居する。能代高等女学校(現:秋田県立能代北高等学校)卒業後の1931年(昭和6年)に上京。1935年(昭和10年)、画学生・渡辺茂との結婚のため広島へ転地する。しかし、1939年(昭和14年)、25歳のときに夫が病死。1942年(昭和17年)、亡き夫のことを綴った短編小説集『いのちのあとさき』を刊行し創作活動に入る。1944年(昭和19年)春、母の故郷、岩手県二戸郡石切所村(後に福岡町を経て二戸市)に疎開。

戦後、再上京、同人誌「明日」「三田文学」に拠って文学活動を行う。1959年(昭和34年)『馬淵川』で第41回直木賞受賞。『みちのく子供風土記』には幼少時の鷹巣のことなども記載されている。長編三部作『原生花園』のほかに、画家青木繁を描いた『海の幸』がある。

主な作品に『プルメリアの木陰に』、『南部女人抄』、『啄木の妻』、長編歴史小説『南部九戸落城』などがある。

1983年(昭和58年)に「秋田の文学振興に役立ててほしい」との意向のもと、1千万円を秋田魁新報社に寄託。秋田魁新報社は翌1984年(昭和59年)、創刊110年を記念して1千万円を拠出、計2千万円で基金を設立して「さきがけ文学賞」を創設した。趣旨は「広く全国から新人作家を発掘し、秋田県内の文学創作活動の振興、ひいては芸術文化の向上に一助とする」というもの。1985年(昭和60年)に、秋田魁新報社は基金に1千万円を追加(基金総額3千万円)して財団法人「さきがけ文学賞渡辺喜恵子基金」を設立。

2012年4月に公益財団法人さきがけ文学賞渡辺喜恵子基金」に移行している[1]

受賞歴

  • 『馬渕川』で第41回直木賞1959年(昭和34年)上半期)を受賞。

著書

  • 『いのちのあとさき』国文社 1942年
  • 『末の松山』丹頂書房 1948年
  • 『馬淵川』光風社 1959年 のち旺文社文庫
  • 『地蔵流し』光風社 1960年
  • 『白と紫』講談社 1960年
  • 『京おとこ 大谷竹次郎物語』アルプス 1963年
  • 『饑渇っ子』光風社 1964年
  • 『黝い血』あすなろ社 1967年
  • 『みちのく子供風土記』文化服装学院出版局 1969年 のち旺文社文庫
  • 『原生花園〈全3部〉』文化服装学院出版局 1969年
ポーラテレビ小説『原生花園 アンラコロの歌』(1972年)の原作[2]
  • 『海の幸』新潮社 1971年
  • 『湯治場風土記』日本交通公社 (ベルブックス) 1972年
  • 『プルメリアの木陰に』新潮社 1974年
  • 『タンタラスの虹』新潮社 1975年
  • 『南部女人抄』光風社書店 1975年
  • 『風に咲くプァマレ』新潮社 1976年
  • 『夜明けの河』新潮社 1979年4月
  • 『啄木の妻〈全3巻〉』毎日新聞社 1980年
  • 『北国食べ物風土記』女子栄養大学出版部 1981年12月
  • 『暮らしのつくろい手ばたらき』文化出版局 1983年4月
  • 『万灯火』毎日新聞社 1986年3月
  • 『南部九戸落城』毎日社聞社 1989年
  • 『旅』秋田魁新報社 1991年8月

脚注

関連項目

  • 千葉治平 第54回(1965年)秋田県出身者で2人目の直木賞受賞者。渡辺喜恵子と同じ仙北市出身。
  • 西木正明 第99回(1988年)秋田県出身者で3人目の直木賞受賞者。渡辺喜恵子と同じ仙北市出身。
  • 石川達三 第1回(1935年)芥川賞受賞者。秋田県横手市出身。2023年現在秋田県出身者としては唯一の芥川賞受賞者。

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