吉田義男とは?

よしだ‐よしお〔‐よしを〕【吉田義男】

[1933〜 ]プロ野球選手監督京都生まれ昭和28年(1953)阪神入団遊撃手として活躍ベストナインに9回選出された。のち同球団監督就任し、同60年にはチーム21年ぶりのリーグ優勝、初の日本一に導いた。


吉田義男

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吉田義男

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/07 06:25 UTC 版)

吉田 義男(よしだ よしお、1933年7月26日 - )は、京都府京都市中京区出身の元プロ野球選手内野手、右投右打)・コーチ監督野球解説者野球評論家タレントである。


注釈

  1. ^ これについて吉田は、事実は異なり実際には助監督の西村正夫の誘いがあったが自ら断ったと記している[2]
  2. ^ この間の経緯については吉田の著書でも記述にぶれがあり、『阪神タイガース』では「協力」の内容は知らされず、吉田は現役として残るニュアンスで受け取ったとしているのに対し、『牛若丸の履歴書』ではコーチとして協力するよう求められ、後日球団事務所に行った際には「コーチ契約の話かと思ったら身を引けと告げられた」となっている[3]。当時の「スポーツニッポン」を調べた中川右介は、12月13日の最初の戸沢との面談では選手としての残留を求められ、21日の二度目の面談で戸沢の発言は「ユニフォームを脱いでも必要」と変わり、24日の三度目の面談の際に引退を勧められたとしている[3]
  3. ^ 一例として2008年3月に朝日放送道上洋三茨城ゴールデンゴールズと対戦するために編成した「ABCドジョーズ」に両者が参加した際、会話したことが『牛若丸の履歴書』に記されている(同書P94 - 97)。
  4. ^ 非公式記録であるが、1リーグ時代の1940年8月8日に山田潔イーグルス)が1試合16守備機会を記録している。[1]
  5. ^ 2005年に千葉ロッテマリーンズ西岡剛がタイ記録を樹立。

出典

  1. ^ “連載 我が野球人生”. 日刊スポーツ: p. 3. (2007年12月11日) 
  2. ^ 吉田義男『牛若丸の履歴書』日本経済新聞社、2009年、38-39頁。
  3. ^ a b 中川右介『阪神タイガース 1965-1978』KADOKAWA角川新書》、2016年、pp.186 - 188
  4. ^ 中川右介『阪神タイガース 1965-1978』、p182。政岡の著書は『猛虎人脈 阪神はなぜ優勝できない!?』(リイド社、1982年)である。
  5. ^ チームヒストリー”. 千葉ロッテマリーンズウェブサイト(1970年の箇所を参照). 2015年5月27日閲覧。
  6. ^ 朝日新聞1971年10月17日23頁
  7. ^ 寺尾博和 (2019年5月9日). “小学生時の新天皇陛下に日本Sで説明役/吉田義男”. 日刊スポーツ. https://www.nikkansports.com/baseball/column/analyst/news/201905090000452.html 2019年8月31日閲覧。 
  8. ^ “吉田元阪神監督、名誉会員に フランス野球界に貢献”. 47NEWS (共同通信社). (2011年7月21日). http://www.47news.jp/CN/201107/CN2011072101000069.html 2015年5月27日閲覧。 
  9. ^ “IBAFの五輪復帰委員に元阪神監督・吉田義男氏”. Sponichi Annex. (2011年11月17日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/11/17/kiji/K20111117002043930.html 2014年7月6日閲覧。 
  10. ^ “La billetterie du France International Baseball Tournament ouverte !”. FFBS. (2014年6月20日). オリジナルの2014年7月14日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140714230856/http://www.ffbsc.org/edit.asp?typ=1&id=3442 2014年7月6日閲覧。 
  11. ^ a b 【内田雅也の猛虎監督列伝(18)~第18代・吉田義男】マスコミに担がれ、マスコミに切られた”. スポーツニッポン (2020年5月8日). 2021年4月29日閲覧。
  12. ^ 日本経済新聞朝刊『私の履歴書・江夏豊(21)決別 契約更改なく「トレード」 力の衰え痛感「成績が全て」 』2017年12月22日
  13. ^ 江夏豊、波多野勝『左腕の誇り 江夏豊自伝』草思社、2001年。
  14. ^ 『九州ライオンズ激闘史―1950-1978 (B・B MOOK 1123)』ベースボール・マガジン社、2014年、101頁。
  15. ^ 江本孟紀『野球バカは死なず』文藝春秋<文春新書>、2018年、pp.177 - 178
  16. ^ 田淵氏殿堂入り「阪神球史に残る大打者」/吉田義男”. 日刊スポーツ (2020年1月14日). 2020年9月14日閲覧。
  17. ^ a b 大阪日刊スポーツ編著『感涙!ナニワ野球伝説』朝日新聞出版、2011年、47-48頁。
  18. ^ 1985年 ヨッさん突然キャンプ地変更 「若手にチャンスを」日本一の土台作り”. サンケイスポーツ (2020年4月26日). 2021年4月29日閲覧。
  19. ^ 【10月16日】1985年(昭60) 阪神21年ぶりV!苦節8年、吉田義男が男になった日”. スポーツニッポン (2009年10月1日). 2019年4月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月29日閲覧。
  20. ^ ドラフト1位遠山、吉田監督は”ケチなひと”!? (水本義政)”. 産経WEST (2013年1月23日). 2021年4月29日閲覧。
  21. ^ a b 【セ・パ誕生70記念特別企画】よみがえる1980年代のプロ野球 Part.3 [1987年編] (週刊ベースボール別冊立春号)ベースボール・マガジン社、2020年、92頁
  22. ^ 『別冊宝島 プロ野球<ウラ読み>読本』宝島社、1998年、204頁。ISBN 978-4796694209
  23. ^ 【9月7日】1987年(昭62) 2年で完全崩壊 吉田義男監督「けじめをつけたい」”. スポーツニッポン (2010年9月1日). 2018年11月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月29日閲覧。
  24. ^ 週刊文春2020年1月30日号、サラリーマン球団社長、清武英利、120頁
  25. ^ 吉田義男氏「ヨコジマ発言叱られた」”. 日刊スポーツ. 2021年4月29日閲覧。
  26. ^ 【5月17日】1997年(平9) “国際派”よっさん、外国人審判に宣告された24年目の初退場”. スポーツニッポン (2009年5月1日). 2019年8月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月29日閲覧。
  27. ^ [2]
  28. ^ 内田雅也が行く 猛虎の地<14>ホテル竹園芦屋(旧竹園旅館)”. スポーツニッポン (2018年12月17日). 2021年4月29日閲覧。
  29. ^ 星野氏 中村紀洋獲得のためタクシーのトランクで脱出の過去”. NEWSポストセブン (2011年10月14日). 2021年4月29日閲覧。
  30. ^ 【内田雅也の猛虎監督列伝(27)~第27代 吉田義男】異例3度目就任「ムッシュ」が見せた涙と笑い”. スポーツニッポン (2020年5月17日). 2021年4月29日閲覧。
  31. ^ 週刊文春2020年2月13日号、サラリーマン球団社長、主流派閥との闘い、清武英利、61頁
  32. ^ 【「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記】ノムさん「エースと4番は育てられない」…痛感させられる藤浪の資質 (2/4ページ)”. サンケイスポーツ (2015年9月6日). 2021年4月29日閲覧。
  33. ^ “【10月23日】1955年(昭30)ヤンキース名将認めた「打者ではヤマウチ」”. スポーツニッポン. オリジナルの2007年10月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20071027112712/https://www.sponichi.co.jp/baseball/special/calender/calender_octorber/KFullNormal20071016146.html 2015年5月27日閲覧。 
  34. ^ 大阪日刊スポーツ編著『感涙!ナニワ野球伝説』朝日新聞出版、2011年
  35. ^ 本間勝交遊録|阪神タイガースの球団発行誌「月刊タイガース」
  36. ^ 『牛若丸の履歴書』、52頁。
  37. ^ 文春Numberビジュアル文庫「巧守好走列伝」文藝春秋社
  38. ^ 松木謙治郎『タイガースの生いたち』恒文社、1973年、334頁。
  39. ^ a b 文春Numberビデオ「熱闘!阪神vs巨人1200試合」. 文藝春秋社.. (1990年) 
  40. ^ 『牛若丸の履歴書』、40頁。
  41. ^ 「レジェンドに聞け」『週刊ベースボール』2014年6月2日号、ベースボール・マガジン社、 72頁。
  42. ^ 「牛若丸の一打 吉田 義男(阪神)
  43. ^ よく三振する打者はだれか?|野球史 野球の記録で話したい
  44. ^ “金田正一の苦手は吉田義男のみ 桑田真澄は和田、宮本、井端”. News ポストセブン. 小学館. (2014年1月19日). https://www.news-postseven.com/archives/20140119_236327.html 2016年11月29日閲覧。 
  45. ^ “【5月28日】1957年(昭32) どうも苦手…金田正一 プロ8年目で初のサヨナラ被弾”. Sponichi ANNEX【日めくりプロ野球】. スポーツニッポン新聞社. (2012年5月28日). オリジナルの2013年5月15日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130515224629/https://www.sponichi.co.jp/baseball/yomimono/pro_calendar/1205/kiji/K20120528003347190.html 2016年11月29日閲覧。 
  46. ^ “吉田義男氏「投手から挑発するのはカネさん1人」”. 日刊スポーツ. (2019年10月6日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201910060001348.htm 2019年10月22日閲覧。 





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