稲本潤一とは? わかりやすく解説

稲本潤一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/26 15:18 UTC 版)

稲本 潤一
名前
愛称 イナ
カタカナ イナモト ジュンイチ
ラテン文字 INAMOTO Junichi
(INAMOTO Jun'ichi)
基本情報
国籍 日本
生年月日 (1979-09-18) 1979年9月18日(45歳)
出身地 大阪府[1]堺市
身長 181cm
体重 77kg
選手情報
在籍チーム 南葛SC
ポジション MFDM
DFCB
背番号 8
利き足 右足
ユース
1992-1997 ガンバ大阪
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1997-2004 ガンバ大阪 118 (16)
2001-2002 アーセナルFC (loan) 0 (0)
2002-2004 フラムFC (loan) 41 (4)
2004-2006 ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン 28 (0)
2004-2005 カーディフ・シティ (loan) 14 (0)
2006-2007 ガラタサライ 25 (0)
2007-2009 アイントラハト・フランクフルト 43 (0)
2009-2010 スタッド・レンヌ 5 (0)
2010-2014 川崎フロンターレ 99 (3)
2015-2018 北海道コンサドーレ札幌 47 (1)
2019-2021 SC相模原 19 (1)
2022-2024 南葛SC 8 (1)
通算 447 (26)
代表歴2
1995  日本U-17 3 (0)
1999  日本U-20 3 (0)
2000  日本U-23 4 (1)
2000-2010[2] 日本 82 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年12月4日現在。
2. 2010年6月29日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

稲本 潤一(いなもと じゅんいち、1979年9月18日 - )は、鹿児島県姶良郡湧水町生まれ、大阪府堺市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダーディフェンダー。元日本代表

2002年、2006年、2010年と3大会連続でFIFAワールドカップに出場。2002年大会では2得点を挙げ、日本代表初のベスト16に貢献。

妻はモデル田中美保

経歴

生後まもなく鹿児島県から大阪府に転居。6歳の時に堺市の青英学園幼稚園でサッカーボールに触れる。堺市立深井西小学校へ入学するも同校のサッカー部は5年生からであったため、稲本の才能を惜しんだ周囲が青英学園SCに参加出来るよう取り計らった。周囲の勧めもあり「プロになる近道」との理由でガンバ大阪ジュニアユースに加入、当時の指導者であった上野山信行によりボランチにコンバート。

ガンバ大阪時代

向陽台高等学校に在籍。1997年ガンバ大阪の下部組織からトップチームであるガンバ大阪に昇格し、当時最年少の17歳6か月でJリーグ初出場。17歳7か月でJリーグ初得点。

1999年FIFAワールドユースで準優勝を果たし、シドニーオリンピック・サッカー日本代表A代表にも招集されてアジアカップコンフェデレーションズカップに出場。

海外時代

2001年、以前Jリーグで監督をしていたアーセン・ベンゲルに見込まれて、イングランドプレミアリーグアーセナルFC期限付き移籍

2002年日韓W杯代表に選出され、W杯初出場。第1戦のベルギー戦では一時逆転となったゴールを決めて日本のW杯初勝ち点に貢献。第2戦のロシア戦では決勝点を決め、日本のW杯初勝利、決勝トーナメント進出に貢献した。

W杯後、出場機会を求めてプレミアリーグのフラムFCに期限付き移籍した。この年はW杯での活躍などからバロンドールにノミネートされた(日本人としては中田英寿に次ぎ2人目)。UEFAカップ出場権を争うインタートトカップ決勝のボローニャFC戦で、欧州では日本人初のハットトリックを達成。リーグ戦でも当初は活躍したが、怪我もあって徐々に出場機会を失った。1度の期限付き期間延長を経て、2004年のイングランド戦で左足を骨折する重傷を負った事で交渉が決裂し解雇される。その後ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンカーディフ・シティに期限付き移籍する。

2006年6月、ドイツW杯に招集される。第2戦のクロアチア戦の後半に途中出場。第3戦のブラジル戦、稲本からの左サイドへのグラウンダーのパスによるサイドチェンジは玉田圭司のゴールの起点となった。チームは2敗1分でグループリーグ突破はならなかった。2006-07シーズンはトルコ1部リーグガラタサライSKに移籍。UEFAチャンピオンズリーグ本大会に出場し、1得点を記録する。2007-08シーズンも残留する予定であったが、監督退任に伴い、退団。

2007年5月、同期の高原直泰が当時所属していたドイツブンデスリーガアイントラハト・フランクフルトへ2年契約で移籍。移籍会見翌日にキリンカップのための日本代表合宿に合流し、オシムジャパン初招集となる。2009年6月、フランス1部リーグスタッド・レンヌに移籍。2009年9月9日の親善試合・ガーナ戦では岡崎慎司の同点ゴールをアシストし、自身6年半ぶりの代表での得点となる決勝点を挙げる活躍を見せた。レンヌでは当初は出番があったが、若手の台頭もあり、出場機会に恵まれずベンチを暖める日が続いた。翌年の南アフリカW杯を視野に国内復帰を模索していたところ、2010年1月12日、レンヌより川崎フロンターレへの完全移籍が発表された。

川崎フロンターレ時代

Jリーグ復帰を受け、日本代表の岡田武史監督より2010年の1月25日から行われた代表合宿に追加招集され、また東アジア選手権にも出場した。2010年5月には南アフリカW杯の日本代表メンバーに選出され、自身3度目のW杯出場となった。本大会ではグループリーグでのカメルーン戦とデンマーク戦に途中出場した。

2012年のシーズン途中に風間八宏が監督に就任してから、ボールポゼッションを重視する同監督の戦術もあり、本職のボランチ以外にもセンターバックとして起用された(4月28日J1第8節広島[3])。公式戦起用はこの1試合のみで、その後はボランチに戻ったが、2014年より本格的にセンターバックに挑戦することになり[4]、ポジションも正式にDF登録となった。12月4日に契約満了が発表された[5]

北海道コンサドーレ札幌時代

12月20日北海道コンサドーレ札幌へ完全移籍することが発表された[6]2015年シーズンはレギュラーで活躍するも無得点でシーズンを終える。

2016年4月23日に行われたセレッソ大阪戦で移籍後初ゴールを挙げた。2014年に川崎時代に挙げてから748日ぶりの得点となった[7]。しかし、6月4日に行われたジェフユナイテッド千葉戦に先発出場した際に右ひざ前十字じん帯断裂で負傷交代。全治8カ月の大怪我となった[8]

2017年9月23日に行われたアルビレックス新潟戦で476日ぶりの公式戦復帰を果たした[9]

2018年シーズンは、昨季リーグ11位だったチームが4位でリーグ戦を終えるなどチームが躍進する中でなかなか試合に絡めず、シーズン終了後に契約満了が発表された[10]

SC相模原時代

2019年1月23日、J3SC相模原に完全移籍することが発表された[11]。6月15日、第12節のガンバ大阪U-23戦で移籍後初ゴールを決めた。この得点でJ3リーグ戦最年長得点記録を39歳8か月28日に更新した[12]。2021年シーズン終了後に契約満了し退団[13]

南葛SC時代

2022年1月18日、関東サッカーリーグ1部・南葛SCへの移籍が発表された[14]

2023年11月30日、来季からのコーチ兼任を発表[15]

2024年12月4日、現役引退を発表。「指導者としてA級、S級とライセンスを取得していきたい。最終的には監督になりたいなと思っています。」と意向を表明した[16]

指導者として

2025年より川崎フロンターレ育成部コーチに就任[17]

エピソード

  • MOTTO-MOTTO INAMOTO - ユーロビートレーベルHI-NRG ATTACK(ハイエナジーアタック)のフランツトルナード&バズーカガール「カバレロ・ウィズ・ソンブレロ」を使った稲本応援歌がある。「SUPER EUROBEAT VOL.159」などに収録。
  • 親交がある人物にTAKUYA恩田祐一[18]SHOGO175R)などがいる。ガンバユースの後輩であり川崎ではチームメイトとなった井川祐輔と親しい。
  • 2012年12月15日、自身のウェブサイト上のブログで田中美保との結婚を報告した[19]
  • 2013年2月に大手芸能プロダクションのホリプロとマネージメント契約を結んだ[20]
  • FC TIAMO枚方の創設者の一人でもあり、同時にオーナーも兼任する(当時の他の創設者兼オーナーは新井場徹播戸竜二)。しかし、選手活動に専念するために後にオーナー職を辞退した。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1997 G大阪 29 J 27 3 6 0 3 0 36 3
1998 6 28 6 4 0 1 0 33 6
1999 J1 22 1 0 0 2 0 24 1
2000 28 4 4 1 2 0 34 5
2001 13 2 3 0 - 16 2
イングランド リーグ戦 FLカップFAカップ 期間通算
2001-02 アーセナル 19 プレミア 0 0 2 0 - 2 0
2002-03 フラム 6 19 2 2 0 2 0 23 2
2003-04 22 2 1 0 2 1 25 3
2004-05 WBA 33 3 0 - - 3 0
カーディフ 26 FLC 14 0 - 2 0 16 0
2005-06 WBA 33 プレミア 22 0 2 1 2 0 26 1
2006-07 FLC 3 0 - - 3 0
トルコ リーグ戦 トルコ杯オープン杯 期間通算
2006-07 ガラタサライ 23 スュペル・リグ 25 0 3 0 - 28 0
ドイツ リーグ戦 リーグ杯DFBポカール 期間通算
2007-08 フランクフルト 20 ブンデス1部 24 0 - 2 0 26 0
2008-09 19 0 - 1 0 20 0
フランス リーグ戦 F・リーグ杯フランス杯 期間通算
2009-10 レンヌ 6 リーグ・アン 5 0 0 0 0 0 5 0
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2010 川崎 20 J1 28 0 4 0 2 0 34 0
2011 12 2 1 0 1 0 14 2
2012 20 0 3 0 1 0 24 0
2013 25 0 10 0 3 0 38 0
2014 14 1 1 0 1 0 16 1
2015 札幌 17 J2 31 0 - 1 0 32 0
2016 8 1 - 0 0 8 1
2017 J1 6 0 0 0 0 0 6 0
2018 2 0 5 0 1 0 8 0
2019 相模原 6 J3 9 1 - - 9 1
2020 1 0 - - 1 0
2021 J2 9 0 - 2 0 11 0
2022 南葛 8 関東1部 2 0 - - 2 0
2023 6 1 - - 6 1
2024 0 0 - - 0 0
通算 日本 J1 225 19 41 1 17 0 283 20
日本 J2 48 1 - 3 0 51 1
日本 J3 10 1 - - 10 1
日本 関東1部 8 1 - - 8 1
イングランド プレミア 66 4 7 1 6 1 79 6
イングランド FLC 17 0 - 2 0 19 0
トルコ スュペル・リグ 25 0 3 0 - 28 0
ドイツ ブンデス1部 43 0 - 3 0 46 0
フランス リーグ・アン 5 0 0 0 0 0 5 0
総通算 447 26 51 2 31 1 529 29
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
UEFAUEFA ELUEFA CL
2001-02 アーセナル 19 - 2 0
2002-03 フラム 6 6 0 -
2006-07 ガラタサライ 23 - 5 1
AFCACL-
2010 川崎 20 5 0 -
2014 3 0 -
通算 UEFA 6 0 7 1
AFC 8 0 -
出場歴

タイトル

クラブ

アーセナルFC
フラムFC
北海道コンサドーレ札幌

代表

日本代表

個人

  • JリーグオールスターサッカーMIP受賞:1999
  • Jリーグ ベストイレブン:2000
  • AFC(アジアサッカー連盟)月間最優秀選手賞受賞:2000
  • AFC(アジアサッカー連盟)月間最優秀選手賞受賞:2002

代表歴

出場大会など

試合数

  • 国際Aマッチ 82試合 5得点(2000年 - 2010年)[2]


日本代表国際Aマッチ
出場得点
2000 14 0
2001 11 1
2002 10 2
2003 10 1
2004 6 0
2005 10 0
2006 4 0
2007 3 0
2008 2 0
2009 4 1
2010 8 0
通算 82 5

出場

No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦相手 結果 監督 大会
1. 2000年02月05日 香港 香港スタジアム  メキシコ ●0-1 フィリップ・トルシエ ルナ―・ニューイヤー・カップ2000
2. 2000年02月13日 マカオ 澳門運動場  シンガポール ○3-0 AFCアジアカップ2000予選
3. 2000年02月16日  ブルネイ ○9-0
4. 2000年02月20日  マカオ ○3-0
5. 2000年03月15日 愛知県 神戸総合運動公園ユニバー記念競技場  中華人民共和国 △0-0 キリンビバレッジ2000
6. 2000年04月26日 ソウル ソウルオリンピック主競技場  韓国 ●0-1 国際親善試合
7. 2000年06月04日 カサブランカ スタッド・ムハンマド V  フランス △2-2(PK2-4) ハッサン2世杯2000
8. 2000年06月11日 宮城県 宮城スタジアム  スロバキア △1-1 キリンカップサッカー2000
9. 2000年06月18日 神奈川県 横浜国際総合競技場  ボリビア ○2-0
10. 2000年08月16日 広島県 広島広域公園陸上競技場  アラブ首長国連邦 ○3-1 キリンチャレンジカップ2000
11. 2000年10月14日 サイダ サイダ国際スタジアム  サウジアラビア ○4-1 AFCアジアカップ2000
12. 2000年10月17日  ウズベキスタン ○8-1
13. 2000年10月24日 ベイルート カミール・シャムーン・スポーツ・シティ・スタジアム  イラク ○4-1
14. 2000年10月26日  中華人民共和国 ○3-2
15. 2001年03月24日 サンドニ スタッド・ド・フランス  フランス ●0-5 国際親善試合
16. 2001年04月25日 コルドバ エスタディオ・ヌエボ・アルカンヘル  スペイン ●0-1
17. 2001年05月31日 新潟県 新潟スタジアム  カナダ ○3-0 FIFAコンフェデレーションズカップ2001
18. 2001年06月02日  カメルーン ○2-0
19. 2001年06月07日 神奈川県 横浜国際総合競技場  オーストラリア ○1-0
20. 2001年06月10日  フランス ●0-1
21. 2001年07月01日 北海道 札幌ドーム  パラグアイ ○2-0 キリンカップサッカー2001
22. 2001年07月04日 大分県 大分スポーツ公園総合競技場  ユーゴスラビア ○1-0
23. 2001年10月04日 ランス スタッド・ドゥ・ランス  セネガル ●0-2 国際親善試合
24. 2001年10月07日 サウサンプトン セント・メリーズ・スタジアム  ナイジェリア △2-2
25. 2001年11月07日 埼玉県 埼玉スタジアム2002  イタリア △1-1 キリンチャレンジカップ2001
26. 2002年03月27日 ウッジ ビジェフスタジアム  ポーランド ○2-0 国際親善試合
27. 2002年04月29日 東京都 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場  スロバキア ○1-0 キリンカップサッカー2001
28. 2002年05月02日 兵庫県 御崎公園球技場  ホンジュラス △3-3
29. 2002年05月14日 オスロ ウレボールスタジアム  ノルウェー ●0-3 国際親善試合
30. 2002年05月25日 東京都 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場  スウェーデン △1-1 キリンチャレンジカップ2002
31. 2002年06月04日 埼玉県 埼玉スタジアム2002  ベルギー △2-2 2002 FIFAワールドカップ
32. 2002年06月09日 神奈川県 横浜国際総合競技場  ロシア ○1-0
33. 2002年06月14日 大阪府 長居陸上競技場  チュニジア ○2-0
34. 2002年06月18日 宮城県 宮城スタジアム  トルコ ●0-1
35. 2002年10月16日 東京都 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場  ジャマイカ △1-1 ジーコ キリンチャレンジカップ2002
36. 2003年03月28日  ウルグアイ △2-2 国際親善試合
37. 2003年05月31日  韓国 ●0-1
38. 2003年06月08日 大阪府 長居陸上競技場  アルゼンチン ●1-4 キリンカップサッカー2003
39. 2003年06月18日 サンドニ スタッド・ド・フランス  ニュージーランド ○3-0 FIFAコンフェデレーションカップ2003
40. 2003年06月20日 サンテティエンヌ スタッド・ジェフロワ=ギシャール  フランス ●1-2
41. 2003年08月20日 東京都 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場  ナイジェリア ○3-0 キリンチャレンジカップ2003
42. 2003年09月10日 新潟県 新潟スタジアム  セネガル ●0-1
43. 2003年10月08日 チュニス チュニスオリンピックスタジアム  チュニジア ○1-0 国際親善試合
44. 2003年10月11日 ブカレスト ディナモ・スタジアム  ルーマニア △1-1
45. 2003年11月19日 大分県 大分スポーツ公園総合競技場  カメルーン △0-0 キリンチャレンジカップ2003
46. 2004年02月18日 埼玉県 埼玉スタジアム2002  オマーン ○1-0 2006 FIFAワールドカップ・アジア1次予選
47. 2004年03月31日 シンガポール ジャラン・ベサール・スタジアム  シンガポール ○2-1
48. 2004年04月28日 プラハ レトナ・スタジアム  チェコ ○1-0 国際親善試合
49. 2004年05月30日 マンチェスター シティ・オブ・マンチェスター・スタジアム  アイスランド ○3-2
50. 2004年06月01日  イングランド △1-1
51. 2004年12月16日 神奈川県 横浜国際総合競技場  ドイツ ●0-3 キリンチャレンジカップ2004
52. 2005年03月30日 埼玉県 埼玉スタジアム2002  バーレーン ○1-0 2006 FIFAワールドカップ・アジア2次予選
53. 2005年05月22日 新潟県 新潟スタジアム  ペルー ●0-1 キリンカップサッカー2005
54. 2005年05月27日 東京都 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場  アラブ首長国連邦 ●0-1
55. 2005年06月03日 マナーマ バーレーン・ナショナル・スタジアム  バーレーン ○1-0 2006 FIFAワールドカップ・アジア2次予選
56. 2005年06月08日 バンコク スパチャラサイ国立競技場  北朝鮮 ○2-0
57. 2005年06月16日 ハノーファー AWDアレーナ  メキシコ ●1-2 FIFAコンフェデレーションズカップ2005
58. 2005年09月07日 宮城県 宮城スタジアム  ホンジュラス ○5-4 キリンチャレンジカップ2005
59. 2005年10月08日 リガ スコント・スタディオン  ラトビア △2-2 国際親善試合
60. 2005年10月12日 キエフ オリンピスキ・スタジアム  ウクライナ ●0-1
61. 2005年11月16日 東京都 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場  アンゴラ ○1-0 キリンチャレンジカップ2005
62. 2006年02月28日 ドルトムント ヴェストファーレンシュタディオン  ボスニア・ヘルツェゴビナ △2-2 国際親善試合
63. 2006年06月04日 デュッセルドルフ エスプリ・アレーナ  マルタ ○1-0
64. 2006年06月18日 ニュルンベルク フランケンシュタディオン  クロアチア △0-0 2006 FIFAワールドカップ
65. 2006年06月22日 ドルトムント FIFAワールドカップスタジアム・ドルトムント  ブラジル ●1-4
66. 2007年06月05日 埼玉県 埼玉スタジアム2002  コロンビア △0-0 イビチャ・オシム キリンカップサッカー2007
67. 2007年09月07日 クラーゲンフルト ヴェルターゼー・シュターディオン  オーストリア △0-0(PK3-4) 3大陸トーナメント
68. 2007年09月11日  スイス ○4-3
69. 2008年10月09日 新潟県 新潟スタジアム  アラブ首長国連邦 △1-1 岡田武史 キリンチャレンジカップ2008
70. 2008年10月15日 埼玉県 埼玉スタジアム2002  ウズベキスタン △1-1 2010 FIFAワールドカップ・アジア4次予選
71. 2009年01月28日 マナーマ バーレーン・ナショナル・スタジアム  バーレーン ●0-1 AFCアジアカップ2011・最終予選
72. 2009年09月09日 ユトレヒト スタディオン・ハルヘンワールト  ガーナ ○4-3 国際親善試合
73. 2009年10月10日 神奈川県 横浜国際総合競技場  スコットランド ○2-0 キリンチャレンジカップ2009
74. 2009年11月14日 ポート・エリザベス ネルソン・マンデラ・ベイ・スタジアム  南アフリカ共和国 △0-0 国際親善試合
75. 2010年02月02日 大分県 大分スポーツ公園総合競技場  ベネズエラ △0-0 キリンチャレンジカップ2010
76. 2010年02月06日 東京都 東京スタジアム  中華人民共和国 △0-0 東アジアサッカー選手権2010
77. 2010年02月11日 東京都 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場  香港 ○3-0
78. 2010年02月14日 東京都 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場  韓国 ●1-3
79. 2010年04月07日 大阪府 長居陸上競技場  セルビア ●0-3 キリンチャレンジカップ2010
80. 2010年06月04日 シオン スタッド・ドゥ・トゥールビヨン  コートジボワール ●0-2 国際親善試合
81. 2010年06月14日 ブルームフォンテーン フリーステイト・スタジアム  カメルーン ○1-0 2010 FIFAワールドカップ
82. 2010年06月24日 ルステンブルク ロイヤル・バフォケン・スタジアム  デンマーク ○3-1

ゴール

No. 開催年月日 開催地 スタジアム 対戦国 結果 試合概要
1. 2001年7月4日 大分 大分スポーツ公園総合競技場 ユーゴスラビア ○1-0 キリンカップサッカー2001
2. 2002年6月4日 さいたま 埼玉スタジアム2002 ベルギー △2-2 2002 FIFAワールドカップ
3. 2002年6月9日 横浜 横浜国際総合競技場 ロシア ○1-0
4. 2003年3月28日 新宿 国立霞ヶ丘競技場陸上競技場 ウルグアイ △2-2 国際親善試合
5. 2009年9月9日 ユトレヒト デ・フロルーシュ・フェステ ガーナ ○4-3

出演

CM

出版物

書籍
  • 「稲本潤一 1979‐2002」 佐藤 俊 (著) 文藝春秋 単行本 – 2002/9/27 ISBN 4163589600
  • 「稲本潤一足跡」 稲本潤一担当記者グループ (編集) ラインブックス (2002/08) ISBN 4898091059
  • 「海を渡ったヒーローたち ―中村俊輔・稲本潤一・小野伸二・中田英寿」 本郷 陽二 (編集) 汐文社 (2003/08) ISBN 4811376544
  • 「イナ!稲本潤一 ―稲本潤一コンプリートブック」 (Shogakukan sports special) ムック 小学館 (2002/03) ISBN 4091023495
  • 「黄金のカルテット 稲本潤一物語」 本郷 陽二 (編集) 汐文社 (2003/04) ISBN 4811376455
  • 「イナゴール!!―隆行、モリシ… ゴールネットを揺らした蒼き軌跡」 12th players (著) アートブック本の森 (2002/07) ISBN 4774706000
  • 「黄金世代 ―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年 (SJ sports) 」 元川 悦子 (著) スキージャーナル (2009/09) ISBN 4789900738 ※インタビュー
映像
  • 「稲本潤一 ライジング」(出演) [VHS] ポニーキャニオン 2000/03/17 ASIN B00005FV9Q

脚注

  1. ^ 稲本潤一 プロフィールより、2018年3月18日確認
  2. ^ a b “稲本 潤一”. サッカー日本代表データベース. http://www.jfootball-db.com/players_a/junichi_inamoto.html 
  3. ^ CBで先発の稲本「これだけコテンパンにやられると見えることもある」 ゲキサカ (2012年4月28日)
  4. ^ 【川崎】稲本、CBに本格挑戦「選手として経験値上がる」 2014年2月3日 スポーツ報知
  5. ^ 契約満了選手のお知らせ”. 川崎フロンターレ (2014年12月4日). 2014年12月4日閲覧。
  6. ^ 川崎フロンターレ 稲本潤一選手 新加入のお知らせ コンサドーレ札幌オフィシャルサイト (2014年12月20日)
  7. ^ 稲本潤一が札幌&J2で初ゴール! 748日ぶりの得点に「今年は狙っていきたい」 ザ・ワールド (2016年4月23日)
  8. ^ 札幌の36歳MF稲本潤一、右ひざ負傷で全治8カ月…今季絶望か サッカーキング (2016年6月6日)
  9. ^ 【札幌】稲本、476日ぶり公式戦から一夜明けても「まだまだやれる」練習試合フル出場 スポーツ報知 (2017年9月25日)
  10. ^ 契約満了選手のお知らせコンサドーレ札幌オフィシャルサイト (2018年12月2日)
  11. ^ 稲本潤一選手 北海道コンサドーレ札幌より完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)SC相模原、2019年1月23日https://www.scsagamihara.com/news/post/201801230032019年1月23日閲覧 
  12. ^ ジャンプ一番、豪快ヘッド! 稲本潤一がJ3最年長得点記録を塗り替えるゲキサカ 2019年6月15日
  13. ^ 稲本潤一選手 契約満了のお知らせ』(プレスリリース)SC相模原、2021年12月9日https://www.scsagamihara.com/news/post/202112090012021年12月21日閲覧 
  14. ^ 稲本潤一選手 移籍先決定のお知らせ”. SC相模原. 2022年1月18日閲覧。
  15. ^ 稲本潤一が南葛SC選手兼コーチ就任 小野、高原ら同期の黄金世代引退も現役に意欲「まだまだ」”. 日刊スポーツ (2023年11月30日). 2023年12月1日閲覧。
  16. ^ 稲本潤一が参考にする指導者3人 Football Zone (2024年4月23日)
  17. ^ 川崎F、稲本潤一氏の育成部コーチ就任を発表「全力でサポートしていきたい」 サッカーキング (2024年12月19日)
  18. ^ ブログ2010年10月28日(木) 「連続更新」より。
  19. ^ ご報告!|稲本潤一 オフィシャルウェブサイト” (2012年12月15日). 2012年12月15日閲覧。
  20. ^ 稲本 ホリプロと契約!浦和DF槙野らと同事務所に - 2013年2月13日スポーツニッポン

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