サッカー南アフリカ共和国代表とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > サッカー南アフリカ共和国代表の意味・解説 

サッカー南アフリカ共和国代表

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/13 16:24 UTC 版)

サッカー南アフリカ共和国代表
国または地域 南アフリカ共和国
協会 南アフリカ共和国サッカー協会
FIFAコード RSA
愛称 Bafana Bafana
監督 ウーゴ・ブロース英語版
最多出場選手 アーロン・モコエナ(107試合)
最多得点選手 ベニー・マッカーシー(31得点)
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
初の国際試合
 南アフリカ共和国 2–1 アイルランド 
(ベルファスト, 1924年9月24日)
最大差勝利試合
 南アフリカ共和国 8–0 オーストラリア 
(アデレード, 1955年9月17日)
最大差敗戦試合
 ブラジル 5–0 南アフリカ共和国 
(ヨハネスブルグ, 2014年3月5日)
FIFAワールドカップ
出場回数 3回(初出場は1998
最高成績 グループリーグ敗退 (1998, 2002, 2010)
アフリカネイションズカップ
出場回数 11回
最高成績 優勝 (1996)

サッカー南アフリカ共和国代表(サッカーみなみアフリカきょうわこくだいひょう、英語: South Africa men's national football team)は、南アフリカ共和国サッカー協会(SAFA)によって構成される、南アフリカ共和国サッカーナショナルチームである。

ホームスタジアムはヨハネスブルグにあるFNBスタジアムで、2010 FIFAワールドカップ決勝の会場にもなった場所である。愛称は「Bafana Bafana (バファナ・バファナ)」で、ズールー語で「少年よ、少年たれ (Boys, be boys!)」という意味[注釈 1]

歴史

アパルトヘイト政策により、長らく国際サッカー連盟(FIFA)からの制裁を受けていたが、1991年に制裁を解かれ、国際舞台への復帰を果たすと1996年のアフリカネイションズカップで優勝、さらに1998 FIFAワールドカップに初出場し、アフリカを代表するナショナルチームとして成長を遂げた。また、2002 FIFAワールドカップにも2大会連続で出場を果たした。

自国開催となった2010 FIFAワールドカップでは、カルロス・アルベルト・パレイラを監督に招聘したが、2008年にパレイラは癌にかかった妻の介護のために辞任。後任としてジョエル・サンタナが就任した。2010年のアフリカ選手権予選では8大会ぶりの予選敗退を喫した。FIFAコンフェデレーションズカップ2009では4位に入ったが、以降は低迷して2009年10月、サンタナの解任が発表され、後任にパレイラが復帰した。

本大会は、メキシコウルグアイフランスというグループで戦った。開幕戦となった初戦メキシコ戦では54分にシフィウェ・チャバララの大会第1号ゴールで先制するも、79分にラファエル・マルケスのゴールで追いつかれて1-1の引き分け。続く2戦目のウルグアイ戦はディエゴ・フォルランに2ゴールを決められるなど0-3と完敗。3戦目のフランス戦では20分にボンガニ・クマロ、37分にカトレゴ・ムフェラのゴールで前半を2点リード。70分にフローラン・マルダのゴールで後半に1点を返されたものの、2-1で大会初勝利を果たした。しかし、メキシコに勝点で並んだものの得失点差で及ばず、グループリーグ敗退となった。また、開催国がグループリーグで敗退したのはこれが初めてであった[注釈 2]

成績

FIFAワールドカップ

開催国 / 年 成績
1930 不参加
1934
1938
1950
1954
1958
1962
1966 失格[注釈 3]
1970 FIFAの制裁下により不参加
1974
1978
1982
1986
1990
1994 予選敗退
1998 グループリーグ敗退 3 0 2 1 3 6
2002 3 1 1 1 5 5
2006 予選敗退
2010[注釈 4] グループリーグ敗退 3 1 1 1 3 5
2014 予選敗退
2018
2022
合計 出場3回 9 2 4 3 11 16

FIFAコンフェデレーションズカップ

  • 1997 - グループリーグ敗退
  • 2009 - 4位(開催国)

アフリカネイションズカップ

開催国 / 年 成績 失!
1957 アパルトヘイトにより参加資格喪失
1959 CAFから追放、参加不可
1962
1963
1965
1968
1970
1972
1974
1976
1978
1980
1982
1984
1986
1988
1990
1992
1994 予選敗退
1996 優勝 6 5 0 1 11 2
1998 準優勝 6 3 2 1 9 6
2000 3位 6 3 2 1 8 6
2002 ベスト8 4 1 2 1 3 3
2004 グループリーグ敗退 3 1 1 1 3 5
2006 3 0 0 3 0 5
2008 3 0 2 1 3 5
2010 予選敗退
2012
2013 ベスト8 4 1 3 0 5 3
2015 グループリーグ敗退 3 0 2 1 3 6
2017 予選敗退
2019 ベスト8 5 2 0 3 3 4
2021 予選敗退
2023 3位 7 2 4 1 7 3
合計 出場11回/優勝1回 50 18 16 16 55 48

オリンピック

歴代監督

歴代選手

W杯の大会メンバー

主な代表選手

GK

DF

MF

FW

脚注

注釈

  1. ^ 第9代大統領のタボ・ムベキは在任中に「代表チームの愛称としてふさわしくない」として、変更を提案したことがある。また、南ア代表元監督のジョモ・ソノは、この愛称が「意味不明」であると述べている。Mbeki wants 'Bafana' name change BBC Sports, 23 October 2007
  2. ^ 2022 FIFAワールドカップでは開催国のカタールが1勝もできずにグループリーグで敗退した。こちらもワールドカップ史上初である。
  3. ^ 予選にはオセアニア枠としてエントリーしていた(ただしOFCは未加盟)。
  4. ^ 2010年大会は開催国としての出場だったが、アフリカ予選が同年開催のアフリカネイションズカップの予選も兼ねていたため、予選自体には参加した。

出典

関連項目

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「サッカー南アフリカ共和国代表」の関連用語

サッカー南アフリカ共和国代表のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



サッカー南アフリカ共和国代表のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのサッカー南アフリカ共和国代表 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS