原辰徳とは?

はら‐たつのり【原辰徳】

[1958〜 ]プロ野球選手監督福岡生まれ昭和56年(1981)、巨人入団主砲として活躍し、昭和58年(1983)には打点王タイトル獲得引退後は巨人監督として、チーム3度日本一に導いた。第2回WBCでは、日本代表チーム侍ジャパン」の監督としてチーム優勝に導いた。


原辰徳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/27 13:59 UTC 版)

原 辰徳(はら たつのり、1958年7月22日[2] - )は、日本の元プロ野球選手内野手外野手、右投右打)。プロ野球監督、解説者。


  1. ^ 当時の原は練習帰りに団地の公園で森村の長男の遊び相手をしていた。森村は当時の2人の姿を覚えており、「面倒見のいい辰徳君に感謝しています」と語っている(原巨人、伝説を作った サンケイスポーツ 2008年10月11日閲覧)
  2. ^ 1974年の夏の甲子園、準々決勝で原辰徳の東海大学付属相模高等学校と定岡正二の鹿児島実業高等学校が対戦し、延長15回の熱闘となってNHKが試合中継を途中で打ち切ったために、視聴者から苦情が殺到する一幕があった(NHKでの中継の項参照)。この一戦が原辰徳の名が全国に知られるきっかけとなった。また原が巨人に入団した際、『月刊ジャイアンツ』誌上にて既にチームの先輩であった定岡との対談が組まれている。
  3. ^ 大学時代の全日本代表で共にクリーンアップを担っていた時から付き合いがあり、プライベートではお互いに携帯でメールでやり取りするほどの仲である。2008年に岡田が監督を辞任した時に「“岡田さん、辞めないでください”と原からメールが来た」と岡田がコメントしたことがある。2008年11月16日放送『SUPERうるぐす』の「独占告白 阪神 岡田前監督 辞任の真相」より。
  4. ^ この時に広島が外れ1位で指名した選手が、後に巨人で同僚となる川口和久であった。
  5. ^ しかし後年、原は「折れたことには悔いはなかったですよ。津田というのは、そういうふうに思わせるピッチャーでしたね」と語り[17]、また直球の速かった投手を問われると必ず「津田、小松鈴木孝政さん、大学時代の江川さん」と真っ先に津田の名を挙げるという[18]
  6. ^ 第一次政権の日本一に大きく貢献したのが、ヘッドコーチ・鹿取義隆の中6日を崩さない先発ローテーションであった。工藤公康や桑田真澄などのベテランを有効に使い、選手の能力を十二分に発揮させた。翌年は一転、深刻な投壊状態に陥った。
  7. ^ 代打桑田の理由に関しては公式サイトの2002年6月22日の日記に論理的な判断(左打者の岡島に左対左でバントさせるよりも右打者の代打を起用したかったため、清原は送りバントを想定している打者ではないことと足が遅いことで併殺の恐れがあるため、村田は捕手・阿部が負傷した際の守備要員にする必要があったため、鈴木は代走要員であることと代打清原が出塁した後の代走を想定していたため)を掲載しているが、「野手を信頼していないから投手の桑田を代打起用した訳ではなく、残っている野手の分野を考えた」「奇策に奇策を重ねるような戦い、森祇晶監督に対して礼を逸した戦いぶりだった」と原本人はあまり評価をしていない。
  8. ^ 日韓クラブチャンピオンシップは事実上、アジアシリーズの代替大会であるが、記録は別大会として扱われている。
  9. ^ 選手としても1990年に4連敗を経験しており、巨人では藤田元司に次いで2人目となる。
  10. ^ 主に「何かの問題を全て原の責任に仕立て上げる」「原が誰々を嫌っている(またはその逆)」といったような話を好んで掲載しており、一例をあげると、2009年極度の打撃不振から李承燁を二軍落ちさせたが、当時球団代表だった清武英利が「原監督が李の扱いのためにかなりストレスを受けていた」と明かした話がその年の夕刊フジに掲載されているが、夕刊フジは『韓国内からは「原監督は李が嫌いなのか」などの問い合わせが相次いだという』と併記している[52]
  11. ^ 同社広告では「アドバイザー」と表記。





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