隆の里俊英とは?

たかのさと‐としひで【隆の里俊英】


隆の里俊英

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/09 14:15 UTC 版)

隆の里 俊英(たかのさと としひで、1952年(昭和27年)9月29日 - 2011年(平成23年)11月7日)は、青森県南津軽郡浪岡町(現在の青森市)出身で二子山部屋所属の元大相撲力士、第59代横綱。本名は高谷 俊英(たかや としひで)。現役時代は身長181cm、体重158kg。得意手は、右四つ[3]、寄り、吊り、上手投げ。引退後は年寄鳴戸を襲名。鳴戸部屋師匠として稀勢の里髙安若の里隆乃若ら7人の関取を育成した。




  1. ^ a b c d e f g h i ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(2) ニ所ノ関部屋』p22
  2. ^ a b 角界「異名」列伝 ウルフの時代 時事ドットコム
  3. ^ 『相撲』2013年11月号34頁の記述によって、元は左四つだったが怪我を理由に仕方なく右四つに変えたことが明らかにされている。
  4. ^ 『踏ん張りを生んだ、遠い古里「おしん横綱」隆の里物語』(朝日新聞select)P4
  5. ^ 『踏ん張りを生んだ、遠い古里「おしん横綱」隆の里物語』(朝日新聞select)P6
  6. ^ a b c d e f g 北辰堂出版『昭和平成 大相撲名力士100列伝』(塩澤実信、2015年)125ページから126ページ
  7. ^ a b c d 糖尿病を克服した千代の富士キラー 隆の里 AllAbout 2013年1月25日
  8. ^ a b c d e f g Sports Graphiv Number PLUS April 2017(文藝春秋、2017年4月10日)p88-90
  9. ^ 『踏ん張りを生んだ、遠い古里「おしん横綱」隆の里物語』(朝日新聞select)P8
  10. ^ 杉山邦博『土俵の鬼三代』1992年、講談社文庫 pp.32-33
  11. ^ a b 週刊女性2015年12月22日号
  12. ^ 「【連載 名力士たちの『開眼』】横綱・隆の里俊英 編 ピンチをチャンスに――なりふり構わぬ執念と努力[その2]」ベースボールマガジン 2018年4月6日
  13. ^ 『糖尿病に勝った』P17
  14. ^ 『糖尿病に勝った』P32
  15. ^ 『糖尿病に勝った』P32
  16. ^ 当時関取未経験だったにも拘らず師匠からここまでの協力が得られた理由は、隆ノ里が人一倍稽古熱心だったためであるとされる。また二子山親方は現役時代から持病として糖尿病を抱える力士(例えばよくかわいがっていた弟弟子の若秩父等)を何人も見ていたために病を理解できていたことが影響したとする資料もある。なお、医療事情が充実して人権への意識が高まった平成中期以降では、番付、最高位、将来性に関係なく糖尿病治療食やインスリン投与などの然るべき治療は受けて現役を続行することができる。
  17. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年6月号9ページ
  18. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年6月号10ページ
  19. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年6月号9頁
  20. ^ 『親方はちゃんこ番』P158
  21. ^ 相撲45号P154「好敵手列伝 隆の里VS若乃花
  22. ^ 金城麒麟児は早生まれなので、隆の里と同学年。
  23. ^ 『大相撲中継』2017年11月18日号 pp.74-75.
  24. ^ 杉山邦博『土俵の鬼三代』1992年、講談社文庫 pp.146-147
  25. ^ 朝日新聞1983年(昭和58年)7月18日3面
  26. ^ 日刊スポーツ 2017年6月1日 紙面
  27. ^ 『週刊現代』1982年3月 24号 p26~30二子山勝治親方「わが弟子若乃花と隆の里の秘密」
  28. ^ 杉山邦博『土俵の鬼三代』1992年、講談社文庫 p85
  29. ^ 二子山親方が、型の保存に加え、腰高を矯正させるために指示したという(Sports Graphic Number PLUS『疾風!大相撲〜新時代の力士たち〜』p.89-90「隆の里「貫いたジョッパリ魂」」より)
  30. ^ 読売新聞1983年7月18日22面
  31. ^ 『テレビ放送の40年』P149 日本放送出版協会、1994
  32. ^ NHKホームページ 「大河ドラマの人気主人公特集 3 戦国の名将 徳川家康」
  33. ^ 橋田壽賀子 (2019年5月24日). “『私の履歴書』23「おしん症候群」”. 日本経済新聞 
  34. ^ 弟子である稀勢の里も琴風の弟弟子の琴奨菊に腰高のところを低い位置からがぶりよられることが多く、苦手にしていた。
  35. ^ 小坂秀二『大相撲ちょっといい話』1995年、文春文庫 pp.214-216
  36. ^ a b 『大相撲ジャーナル』2017年6月号11ページ
  37. ^ a b 【隆の里から稀勢の里へ】ボロボロになるまで辞められなかった師匠・鳴戸親方 散り際を問われる横綱の宿命 (2/2ページ) ZAKZAK 2017.01.28
  38. ^ a b 『相撲』2017年4月号20-21頁
  39. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年6月号12ページ
  40. ^ a b 鳴戸親方の指導はコワモテ暴力の嵐 アサ芸+ 2011年11月10日
  41. ^ 『大相撲ジャーナル』2014年12月号21頁
  42. ^ 「武蔵川理事長 稀勢の里に「出げいこしろ」」 スポーツ報知 2009年3月24日紙面
  43. ^ 「理事長が稀勢に「出げいこしろ」/春場所」 日刊スポーツ 2009年3月24日紙面
  44. ^ 「土評 横綱に勝つため把瑠都も出稽古だ」日刊スポーツ 2009年3月25日紙面
  45. ^ 受け継がれた“隆の里魂” 西岩親方が語る師匠の教え スポーツ報知 2017年11月4日
  46. ^ 「稀勢の里特別に出げいこ「解禁」」日刊スポーツ 2009年4月29日紙面
  47. ^ 稀勢の里“肩すかし”35番/大相撲 サンケイスポーツ 2010年5月2日5時01分配信
  48. ^ 新弟子ドラフト 角界再生へ鳴戸親方提言 nikkansports.com 2011年2月28日8時1分 紙面から
  49. ^ 元横綱隆の里・鳴戸親方が急死 YOMIURI ONLINE 2011年11月7日閲覧
  50. ^ 読売テレビ情報ライブ ミヤネ屋』 2011年11月8日放送
  51. ^ a b 「おしん横綱」鳴戸親方、急性呼吸不全のため急死
  52. ^ 鳴戸親方、前日朝まで稽古で指導 サンケイスポーツ 2011年11月7日閲覧
  53. ^ a b 疑惑の渦中で…鳴戸親方が急死 ぜんそくで入院中 スポーツニッポン 2011年11月7日閲覧
  54. ^ 鳴戸親方 心臓患い、ぜんそくも…健康不安に心労重なる? スポーツニッポン 2011年11月7日閲覧
  55. ^ 鳴戸親方急死 心臓病に肺炎…ストレスも スポーツニッポン 2011年11月8日閲覧
  56. ^ 受け継がれた“隆の里魂” 西岩親方が語る師匠の教え 2017年11月4日16時0分 スポーツ報知(2017年11月5日閲覧)
  57. ^ TBSテレビNスタ』 2011年11月7日放送
  58. ^ 悲しみに暮れる角界関係者 福岡で急きょ「お別れ会」 スポーツニッポン 2011年11月7日閲覧
  59. ^ 「早く起きろ」間垣親方は声震わせた… 日刊スポーツ 2011年11月7日閲覧
  60. ^ 故鳴戸親方が“無言の帰宅” 19時間かけ松戸市の部屋に スポーツニッポン 2011年11月8日閲覧
  61. ^ 【鳴戸親方死去】故鳴戸親方の告別式は11日 MSN産経ニュース 2011年11月8日閲覧
  62. ^ 緊急理事会へ 鳴戸親方の週刊誌報道 日刊スポーツ 2011年11月7日閲覧
  63. ^ 西岩親方が鳴戸部屋継承 インスリン、暴行疑惑は調査打ち切り スポーツニッポン 2011年11月8日閲覧
  64. ^ インスリン注射:鳴戸部屋の隆の山が認める 協会聴取に 毎日jp 2011年11月8日閲覧
  65. ^ 鳴戸親方急死であっさり幕引き…暴行疑惑調査打ち切り スポーツニッポン 2011年11月9日閲覧
  66. ^ 横綱白鵬も故鳴戸親方悼む「話聞きたかった」 スポーツニッポン 2011年11月8日閲覧
  67. ^ 鳴戸部屋でセクハラ・暴行「関取の夢断たれた」 元力士ら2200万円賠償求め提訴 2012年9月29日閲覧
  68. ^ 元力士の訴え認めず=千葉地裁松戸支部 時事通信 2014年5月16日記事
  69. ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(2) ニ所ノ関部屋』p41
  70. ^ 相撲春秋「初代若乃花と隆の里の志を継ぐ――稀勢の里30歳、決意の横綱挑戦へ」 NumberWeb 2016年7月9日
  71. ^ 週刊宝石1983年8月26日号「間垣親方(元若乃花)の"舌戦"十五番勝負今週の対戦相手隆の里俊英(第59代新横綱)」
  72. ^ 朝日新聞1988年(昭和63年)5月4日(火)13面「のってる阿佐ヶ谷勢」
  73. ^ 1991年(平成3年)7月15日(月)朝日新聞
  74. ^ 西岩忍 (2016年5月30日). 若の里自伝「たたき上げ」. 大空出版 
  75. ^ 西岩忍 (2016年5月30日). 若の里自伝 たたき上げ. 大空出版 
  76. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年8月号p8-12
  77. ^ 日刊ゲンダイ「元関脇・隆乃若さん 資格取得&講演活動で“相撲道”邁進中」2016年3月28日
  78. ^ Sports Graphic Number (文藝春秋)2019年2月28日号 p.23
  79. ^ 「鳴戸部屋〜鳴戸俊英親方」」
  80. ^ 『糖尿病に勝った』P214
  81. ^ 鳴戸親方を悼む、今村忠編集委員 サンケイスポーツ 2011年11月8日閲覧
  82. ^ 週刊文春1981年23号P146『隆の里が英字紙で問題発言「スポーツ記者はみなバカだ」』
  83. ^ 稀勢の里も期待 大物小学生 nikkansports.com 2013年12月31日9時23分 紙面から
  84. ^ 杉山邦博『土俵の鬼三代』1992年、講談社文庫 pp.146-147
  85. ^ 杉山邦博『土俵の鬼三代』1992年、講談社文庫 pp.196-197
  86. ^ 杉山邦博『土俵の鬼三代』1992年、講談社文庫 pp.196-197
  87. ^ 週刊宝石1983年8月26日号「間垣親方(元若乃花)の"舌戦"十五番勝負今週の対戦相手隆の里俊英(第59代新横綱)」
  88. ^ サンデー毎日1982年12月5日号「綱盗り隆の里の読書と練習きまじめ生活」
  89. ^ 相撲45号P154「好敵手列伝 隆の里VS若乃花
  90. ^ 「草野仁 故鳴戸親方は「読書家でインテリジェンス溢れる方」 週刊ポスト 2011年11月25日号
  91. ^ 文藝春秋1983年(昭和58年)9月号「ドクトル横綱 隆の里」
  92. ^ 受け継がれた“隆の里魂” 西岩親方が語る師匠の教え スポーツ報知 2017年11月4日
  93. ^ 日刊ゲンダイ「元関脇・隆乃若さん 資格取得&講演活動で“相撲道”邁進中」2016年3月28日
  94. ^ a b c d 『大相撲ジャーナル』2017年6月号13ページ
  95. ^ 『相撲』2012年3月号91頁
  96. ^ 「いつも山頂を 亡き師匠が語った稀勢の里との秘話」 日本経済新聞 2017年1月25日
  97. ^ 公益財団法人日本相撲協会監修『ハッキヨイ!せきトリくん わくわく大相撲ガイド 寄り切り編』18pから19p
  98. ^ Sports Graphiv Number PLUS April 2017(文藝春愁、2017年4月10日)p14-16
  99. ^ 日刊ゲンダイ「元関脇・隆乃若さん 資格取得&講演活動で“相撲道”邁進中」2016年3月28日
  100. ^ 稀勢の里は笑わない。白鵬に応えた言葉の背景とは。 Number Web 2016/06/02 11:10
  101. ^ 『親方はちゃんこ番』P214
  102. ^ 『親方はちゃんこ番』P100
  103. ^ 右肩関節挫傷により10日目から途中休場
  104. ^ 左肘関節炎により3日目から途中休場
  105. ^ 両変形性肘関節症・右頸肩腕症候群により4日目から途中休場
  106. ^ 右膝関節内障に伴う水腫により3日目から途中休場
  107. ^ 右変形性膝関節症に伴う水腫により5日目から途中休場
  108. ^ 兄弟子・貴ノ花の四股名候補であった「隆ノ花」をベースにして命名。


「隆の里俊英」の続きの解説一覧



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「隆の里俊英」の関連用語

隆の里俊英のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



隆の里俊英のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの隆の里俊英 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2021 GRAS Group, Inc.RSS