玉錦三右エ門とは?

玉錦三右エ門

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/07/13 08:25 UTC 版)

玉錦 三右エ門(たまにしき さんえもん、1903年12月15日(戸籍上は11月15日) - 1938年12月4日)は、高知県高知市出身の大相撲力士。第32代横綱。本名は西ノ内 彌寿喜(にしのうち やすき)。




  1. ^ 1931年頃の強豪力士を指す言葉で、玉錦の他に天竜三郎武蔵山武男女ノ川登三がいる。
  2. ^ 宝川政治真鶴秀五郎、銚子灘傳右エ門、新海幸蔵、そして自身を表す総称であり、いずれも気性が荒く喧嘩っ早い力士であった。
  3. ^ a b c d e f g h i 【大相撲豪傑列伝】(10)協会幹部を日本刀で襲撃 玉錦三右衛門 産経新聞 2008.11.29 16:55
  4. ^ a b c d e f g h ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(2) ニ所ノ関部屋』p8-10
  5. ^ はじめて5大関が出揃うのは戦後の1947年6月場所でのことで、のち2012年5月場所では6大関も実現したが、昭和初期の当時としては全く考えられないことだった。
  6. ^ 当時、年間場所数は東京:2場所、関西:2場所の年4場所制で、番付の昇降は毎場所ごとでは無く、2場所(東京・関西本場所)合算の成績によって、年2回だけ番付が移動した。従って、4場所連続で優勝しても「2連覇」という扱いになり、大相撲の東西合併から春秋園事件までの間は誰も横綱に昇進していない。
  7. ^ 年4場所から2場所に戻った後に横綱へ昇進した武藏山武男女ノ川登三は、大関時代に1度も優勝どころか優勝同点さえ記録していない。それなのに横綱へ昇進できた2人に対する番付上の優遇を考えれば、冷遇され続けた玉錦にとって納得できるはずのない結果だったと言える。
  8. ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(4) 立浪部屋』p42
  9. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年6月号44頁
  10. ^ a b リベンジの機会を奪われた横綱 横綱玉錦(虫垂炎) THE STRATEGIC MANAGER 2008年12月掲載
  11. ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(2) ニ所ノ関部屋』p10
  12. ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(1) 出羽海部屋・春日野部屋 』(2017年、B・B・MOOK)p58-59
  13. ^ 花籠 昶光 『横綱づくりの秘伝 : 私の相撲自伝』 ベースボール・マガジン社P36
  14. ^ これはかつて出羽ノ海部屋に預けられていた頃、預かり弟子という理由で冷遇された自分に対して、ただ1人熱心に面倒を見てくれた栃木山に対して恩義を感じていたことによるという。
  15. ^ 花籠 昶光 『横綱づくりの秘伝 : 私の相撲自伝』 ベースボール・マガジン社P36
  16. ^ 花籠 昶光 『横綱づくりの秘伝 : 私の相撲自伝』 ベースボール・マガジン社P36
  17. ^ 消化試合に手を抜かぬ「米長哲学」と玉錦の教訓 2011年3月7日(月)08:00 産経新聞
  18. ^ 『相撲』1971年3月号
  19. ^ 1999年12月31日、NHK スポーツの20世紀 名力士・名勝負100年
  20. ^ 1932年に入幕した双葉山は角界関係者からうっちゃり主体の相撲を皮肉られていたが、玉錦のみは「双葉の相撲はあれで良いのだ。今に力がつく。」と将来性を評価した上でその相撲振りを認めていた。
  21. ^ 田岡一雄『山口組三代目 田岡一雄自伝』p.61-72。徳間書店、2006年
  22. ^ 他に男女ノ川と清水川元吉が、13尺土俵時代に優勝同点、15尺土俵時代に優勝を経験している
  23. ^ 夏場所後の12月4日に死去


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