武蔵丸光洋とは?

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武蔵丸光洋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/08/06 21:20 UTC 版)

武蔵丸 光洋(むさしまる こうよう、1971年(昭和46年)5月2日 - )は、アメリカ合衆国ハワイ州オアフ島出身(生まれはアメリカ領東サモア[1])で武蔵川部屋所属の元大相撲力士タレント。第67代横綱。本名同じ、旧名・米国名:フィアマル・ペニタニ(Fiamalu Penitani)。身長192cm、体重235kg。現在は年寄武蔵川。得意手は、突き、押し、右四つ(かつては左四つ)、掬い投げ、血液型はA型、8人兄弟の4番目、趣味はゲーム、音楽鑑賞。愛称は「マル」、「角界西郷隆盛(西郷どん)」。




  1. ^ 武蔵丸日記「大阪出張、ビジネスマン!」2009年10月2日 - 出生地がサモア沖地震 (2009年)の被害に遭ったことへの言及がある。
  2. ^ 武蔵川親方に待望の第1子・男の子誕生 DAILY SPORTS ONLINE 2014年6月30日
  3. ^ a b c d e f g h 北辰堂出版『昭和平成 大相撲名力士100列伝』(塩澤実信、2015年)172ページから173ページ
  4. ^ 初土俵から2場所目の昭和62年11月場所において、序ノ口で全勝優勝を果たしているが、その次の場所には引退。後に武蔵川親方は、「素質はあいつの方が上だったはずだ」と語っている。
  5. ^ このテスト期間から「ノーベルト、プッシュ、プッシュ」と突き押しの相撲を徹底的に仕込まれた。
  6. ^ a b c 久保誠『武蔵丸光洋氏から学ぶ―社会人の鉄則』日本人事労務研究所代表取締役
  7. ^ 大関同時昇進は1977年1月場所後の若三杉・魁傑(再)以来。但し二人共新大関だと1972年9月場所後の輪島・貴ノ花以来となる。
  8. ^ 主な力士の大関昇進時の口上 nikkansports.com 2011年11月30日9時16分
  9. ^ 日刊スポーツ 2017年6月1日 紙面
  10. ^ もっとも西郷本人の写真は、写真嫌いもあって一枚も残っておらず、武蔵丸に似ているとされるよく知られる肖像画銅像は後世の画家や彫刻家が親族の顔や証言を参照して想像で作ったため、本当に似ているかどうかは現在においては定かではない。ただし体格については、大男ぞろいであった西郷家歴代の男たちと比しても劣らぬ立派なものであった。
  11. ^ 化粧回しも贈られている。
  12. ^ a b 日刊スポーツ 1994年7月18日付日刊スポーツ紙面
  13. ^ 但し当時武蔵丸の地位は大関だった為「現役横綱の水入り」は平成以降皆無である。
  14. ^ KONISHIKIオフィシャルサイト[1]
  15. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年12月号p47
  16. ^ 週刊ポスト2019年2月1日号
  17. ^ それから19年後の2018年(平成30年)7月場所でも、稀勢の里白鵬鶴竜の3横綱が、当場所6日から全員休場と成っている。
  18. ^ それから16年後の2015年(平成27年)7月場所で白鵬も連続勝ち越し記録が51場所となり、北の湖を超える(通算2位・幕内1位)記録となった。
  19. ^ 横綱昇進者で同じく大関負越・角番無しでの史上2位は、旭富士の17場所。
  20. ^ 日本人横綱でなく、日本出身横綱とする理由 日刊スポーツ 2017年2月1日
  21. ^ 第71代横綱・鶴竜誕生!口上シンプル「一生懸命努力」 Sponichi Annex 2014年3月27日 05:30
  22. ^ この酒は「横綱になるまでは飲まない」という理由で封印していたため、横綱昇進を果たしたことで開封できるようになった。
  23. ^ この場所千秋楽結びの一番で武蔵丸は若乃花に勝利しての優勝だったが、若乃花はこれで7勝8敗となり一場所15日制になって以降大乃国以来2度目の横綱皆勤負け越しの屈辱を味わってしまう。尚もし武蔵丸が若乃花に負ければ、11勝4敗同士の最低成績での優勝決定戦へ2度出場する珍記録となる所だった。また、この場所においては次点の力士(11勝)が安芸ノ島ただ一人という混戦ぶりだった。
  24. ^ 貴乃花が上下真っ逆さまの体勢になるほどの豪快な掬い投げであり、ちょうど空穂づけの定義を満たしているが、現在では空穂づけは決まり手として採用されていない。
  25. ^ a b c d e f Sports Graphiv Number PLUS April2017(文藝春秋、2017年4月10日)p83-87
  26. ^ それから16年後、2017年11月場所の第72代横綱・稀勢の里も、武蔵丸と並び1場所5個金星供給のワーストタイ記録を喫している(稀勢の里は当場所10日目より途中休場)。
  27. ^ なお年6場所制(1958年)以降では、72代横綱・稀勢の里の8場所連続(2017年5月場所~2018年7月場所)、65代横綱・貴乃花の7場所連続(2001年7月~2002年7月場所・すべて全休)に次ぎ、ほか47代横綱・柏戸と55代横綱・北の湖と並ぶワーストタイ記録となる。
  28. ^ a b 日刊スポーツ紙面2003年11月16日付
  29. ^ 引退から数年後に雑誌『相撲』で「たまたま首の防具を付けずに試合に出たら負傷して選手生命を断たれた」と具体的に証言したことがある。
  30. ^ 首の後遺症によって、現役時代はダンベルを右手で20kgのものを持てたのに対し、左手では6kgがやっとであった。
  31. ^ a b 『大相撲ジャーナル』2016年11月号12ページから13ページ
  32. ^ 武蔵丸親方が年寄「振分」襲名 MSN産経ニュース(2008年10月22日)
  33. ^ 武蔵丸親方が年寄「振分」襲名 スポーツ報知 2008年10月22日
  34. ^ 年寄・武蔵丸時代は委員待遇の平年寄だったため、給料は委員と同じであり、序列は平年寄の最上位だった。それが持ち株で襲名している平年寄よりも格下とされ、しかも借り株で襲名の平年寄の序列は襲名期間によって決まるため、序列最下位に置かれた。
  35. ^ 振分親方が「大島」に変更 大相撲の元横綱武蔵丸 日本経済新聞(電子版) 2012年8月30日
  36. ^ 日本相撲協会 新体制”. 2013年2月4日閲覧。
  37. ^ Sports Graphiv Number PLUS April 2017(文藝春秋、2017年4月10日)p70-72
  38. ^ 元武蔵丸が末期腎不全を克服、腎臓提供したおかみさんが部屋の結束語った 2017年8月21日22時7分 スポーツ報知
  39. ^ 『大相撲中継』2018年2月17日号 p.6-7
  40. ^ [虎四ミーティング]錣山矩幸(元関脇・寺尾)<前編>「細身でも強かった理由」 現代ビジネス Sportsプレミア 2012年4月13日
  41. ^ KONISHIKIから見た武蔵丸 武蔵丸光洋公式ウェブサイト
  42. ^ a b 大空出版『相撲ファン』vol.06 p120-125
  43. ^ これは見栄え(肉体の張り具合や左右のバランス)を考慮したもので、共に最高位大関で当時現役の出島と雅山を起用した方がバランスがよいと判断したため、と思われる(還暦土俵入りでは、太刀持ちが元横綱、露払いが元大関以下という組み合わせは例がない)。太刀持ちが武蔵丸では、露払いを務める部屋の他の力士は最高位が大関であるため、綱を張れない(例として、元武双山の藤島親方)。
  44. ^ 内館牧子『「横審の魔女」と呼ばれて』(朝日新聞出版)
  45. ^ a b ジョブチューン 2013年10月19日放送分
  46. ^ 「ちゃんこってなんですか?」ド素人の質問を元力士&漫画家の琴剣淳弥さんにぶつけてみた【相撲メシ】メシ通 2018-03-30 (リクルート、2018年4月12日閲覧)
  47. ^ JALの大晦日恒例餅つき、臼が割れる番狂わせ 羽田空港国際線ターミナルで Aviation Wire 2013年12月31日 23:20
    因みにその石臼は円柱形ではなく半球形であり、厚さも通常の半分弱であった。
  48. ^ 貴ノ浪急死:元横綱・武蔵丸「心の広い人だった」毎日新聞 2015年06月22日記事
  49. ^ 武蔵川親方が弔問「世界が違う人」前九重親方と同じ監察委員務めるスポニチ 2016年08月03日記事
  50. ^ a b c 『大相撲ジャーナル』2016年11月号 p13
  51. ^ 『大相撲ジャーナル』2016年9月号 p12
  52. ^ 『大相撲ジャーナル』2015年6月号 p23
  53. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年5月号 p13
  54. ^ 『大相撲ジャーナル』2014年12月号 p22
  55. ^ 『大相撲中継』2017年8月12日号 p10
  56. ^ 『大相撲ジャーナル』2018年3月号 p.16-17
  57. ^ 稀勢の里“名誉の負傷”代償大きく 後遺症に苦しむ 日刊スポーツ 2019年01月17日記事
  58. ^ と優勝決定戦
  59. ^ a b c d 貴乃花と優勝決定戦
  60. ^ 曙・3代若乃花貴ノ浪魁皇と優勝決定戦
  61. ^ 貴乃花・曙・魁皇と優勝決定戦
  62. ^ 左尺骨手根伸筋附着部炎により4日目から途中休場
  63. ^ 左膝関節捻挫により全休
  64. ^ 左手関節三角線維軟骨複合体損傷により4日目から途中休場
  65. ^ 左手関節三角線維軟骨複合体損傷(陳旧性靱帯剥離骨折)により6日目から途中休場
  66. ^ a b c 左手関節三角線維軟骨複合体損傷(陳旧性靱帯剥離骨折)術後により全休
  67. ^ 左手関節挫傷により6日目から途中休場
  68. ^ 左手関節挫傷により全休
  69. ^ 「偉」は、先々代武蔵川から受け継がれた通字(先々代は「喜偉」、先代は「晃偉」)。先代までと同様「ひで」と読むが、日本相撲協会公式サイト英語版では当初「Mitsuhiro」と誤植されてしまい、後に訂正された。


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