大鵬幸喜とは?

大鵬幸喜

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大鵬幸喜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/08/08 08:33 UTC 版)

大鵬 幸喜(たいほう こうき、1940年(昭和15年)5月29日 - 2013年(平成25年)1月19日)は、北海道川上郡弟子屈町(出生地は樺太敷香郡敷香町、現在のロシア極東連邦管区サハリン州ポロナイスク市)出身の元大相撲力士。第48代横綱。本名は納谷 幸喜(なや こうき)であるが、一時期は母親の再婚によって住吉 幸喜(すみよし こうき)と名乗っていたこともあった。




  1. ^ a b c d e f g h 『相撲』別冊菊花号 p32-35
  2. ^ a b c d e f g h ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(2) ニ所ノ関部屋』p14-19
  3. ^ a b c 現役引退直後に刊行された「大鵬自伝」(ベースボールマガジン社版)においては父親について「幼い時に亡くなった」、「朧ろにかすんだ霧の中にかくれていて、その輪郭はつかみようもない」、「牧場を経営していた」、「正直に言って父と呼ぶべき人を知らないのです」(いずれもP40)という記述になっており、1981年に再版されたほるぶ新書版でも同じ記述になっている。
  4. ^ 北海道へ引き上げる際に稚内で途中下船したのは、大鵬が記した「私の履歴書」によると母親の事情ではなく、当時子供だった大鵬が「降りたい、降りたい」と愚図ったために仕方なく下船し、鉄道で目的地に向かったと述べている。大鵬自身も「小樽まで乗船していたら今の自分はなかった」と語っている。
  5. ^ a b 『相撲』別冊菊花号 19p
  6. ^ 大相撲巡業で弁当の改善が課題に nikkansports.com 2014年8月18日9時56分 紙面から
  7. ^ a b c 視点・論点「大鵬の時代」NHK解説委員会 2013年02月06日(水)
  8. ^ 大鵬は引退後、「おおづつ」と読ませる巨砲丈士を育てることになる。
  9. ^ a b 『相撲』別冊菊花号 20p
  10. ^ 『相撲』別冊菊花号 21p
  11. ^ 2019年現在の最年少記録は関脇・大関・初優勝とも貴乃花光司が保持。
  12. ^ 後に佐田の山晋松が3場所目で12勝3敗の成績で初優勝を記録し、2019年現在も単独で保持しているが、対戦内容から問題になった。
  13. ^ 2019年現在の記録は北の湖敏満の21歳2ヶ月。
  14. ^ Sports Graphic Number (文藝春秋)2019年2月28日号 p62
  15. ^ 「大相撲」(読売新聞社刊)1968年7月号では「幕内全力士が考える大相撲再建案」が特集され、力士たちが「相撲人気が落ち目になっていると思うが、力士としてどのようにしたらいいと考えているか」という質問に答えている。
  16. ^ 『大相撲中継』2017年5月27日号18頁
  17. ^ 「大鵬自伝」P170-171
  18. ^ a b ベースボールマガジン社『大相撲戦後70年史』22ページから23ページ
  19. ^ 日刊スポーツ 2017年11月22日
  20. ^ 2007年8月2日、毎日新聞東京朝刊
  21. ^ もともと左肘は1965年(昭和40年)11月場所5日目の栃王山裕規戦で痛めていたが、この年に2度にわたって左肘を負傷したことが致命傷となり、本人は「肘が『く』の字に曲がったまま、伸ばすことも折り曲げることもできなくなり、相撲に工夫が必要になった」と語っている。(「大鵬自伝」P194-198)
  22. ^ 取り直し制度導入後では2位(当時)。この後に千代の富士貢が53連勝、白鵬翔が63連勝を記録して2012年(平成24年)11月現在では歴代4位。
  23. ^ しかしこの場所は大鵬以外の横綱・大関陣が全員8勝あるいは9勝に留まっており、場所後の『読売大相撲』には「史上最低の落第場所」「なんとかしてください」という総評が寄せられる始末であった。
  24. ^ a b ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(2) ニ所ノ関部屋』p44
  25. ^ 北の富士・玉の海が横綱に昇進して以降の対戦成績は共に大鵬の4勝2敗で勝ち越している。
  26. ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(2) ニ所ノ関部屋』p50
  27. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年6月号45頁
  28. ^ 奇しくも、福の花は柏戸の現役引退当日(1969年7月場所4日目)の対戦相手にもなっている。
  29. ^ 当時、玉の海は虫垂炎にかかっていたが、責任感の強い玉の海は大鵬の引退相撲の式が終了するまで入院を拒んでいたため症状が悪化し、手遅れの状態になってしまったと言われる。そのため、結果として大鵬の引退相撲が玉の海の生命を縮める一因になってしまったとも言える。
  30. ^ これによって車椅子移動が基本となったために勝負審判が務められず、挨拶で土俵に上がるのにも支障が生じる。大鵬の同世代では佐田の山と豊山勝男が理事長を務めている。
  31. ^ リハビリは廊下を這うことから始め、それを見た者達から好奇や憐みの視線を向けられたという。
    大鵬さん 引退後は不遇 脳梗塞、大麻事件、娘婿解雇 幕内優勝力士出せず Sponichi Annex 2013年1月20日 06:00
  32. ^ a b c d e ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(2) ニ所ノ関部屋』p63
  33. ^ この退任により同じ二所ノ関一門の枠で理事職を引き継いだのは、自身の現役最後の対戦相手でもあり、当時部屋の全盛を誇っていた11代二子山だった。
  34. ^ ベースボールマガジン社発行、月刊「相撲」2008年12月号71ページ閲覧
  35. ^ 元横綱大鵬が最後の喝 スポーツ報知 2008年12月26日付
  36. ^ 元横綱大鵬の納谷幸喜さん-文化功労者 時事通信 2009年10月27日閲覧
  37. ^ “大相撲の元横綱大鵬、納谷幸喜さんが死去”. 産経新聞. (2013年1月19日). https://www.sankei.com/sports/news/130119/spo1301190012-n1.html 
  38. ^ “元横綱・大鵬の納谷幸喜さん死去…優勝32回”. 読売新聞. (2013年1月19日). http://www.yomiuri.co.jp/sports/sumo/news/20130119-OYT1T00701.htm?from=top 
  39. ^ “元横綱大鵬の納谷幸喜さん死去 72歳、幕内優勝32回”. 朝日新聞. (2013年1月19日). http://www.asahi.com/sports/update/0119/TKY201301190117.html 
  40. ^ 頸髄損傷、あきらめない人生 尾車親方が語る (2/2ページ) 2014/1/18 2:00
  41. ^ 酒酌み交わす仲の王さん「土俵の姿とは違う、温和な方だった」 スポーツニッポン 2013年1月20日閲覧
  42. ^ 大鵬死去・談話 時事通信 2013年1月19日閲覧
  43. ^ 「大鵬記念館」に20日から献花台…大横綱・大鵬死去スポーツ報知 2013年1月22日閲覧
  44. ^ 大鵬さん戒名に「忍」 正四位と旭日重光章授与も決定 スポーツニッポン 2013年1月30日閲覧
  45. ^ 大鵬:国民栄誉賞を授与へ…政府方針 - 毎日新聞 2013年1月31日
  46. ^ “大鵬に国民栄誉賞、正式決定 官邸で25日表彰式”. 産経新聞. https://www.sankei.com/politics/news/130215/plt1302150016-n1.html 
  47. ^ “白鵬 大鵬さん超え黙とう/春場所”. 日刊スポーツ. (2013年3月25日). http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/sumo/news/CK2013032502000148.html 
  48. ^ “「大鵬さんにこの優勝ささげたい」白鵬、恩返しの黙祷”. 産経新聞. (2013年3月25日). https://www.sankei.com/sports/news/130324/spo1303240011-n1.html 
  49. ^ 「元横綱大鵬像を生誕地サハリンに」 有志が寄付金募る日本経済新聞 2015年5月4日閲覧
  50. ^ 元横綱大鵬、銅像で「里帰り」 生誕地サハリンで除幕式日本経済新聞 2015年5月4日閲覧
  51. ^ これには異論もあるが、ジャパンタイムズの記事"Whether crisis or not, sumo's show must go on"では「恐らく近代以降の(そして戦後に限れば間違いなく)最も偉大な力士」と紹介されている。
  52. ^ 『巨人、大鵬、卵焼き - 私の履歴書』(発行・発売:日本経済新聞社・2001年2月刊)を参照。
  53. ^ 大鵬がアンチ巨人だったにも関わらず王と親しかったのは、誕生日が近いだけでなく、王が巨人の選手の中でも並外れた努力家で大鵬と共通するスポーツ精神の持ち主であったこと、また父親が外国人という共通点があった(王の父は中国人であった)ことも理由として挙げられる。ちなみに、王も大鵬と同じく若い頃はかなりの酒豪であった。
  54. ^ “「巨人・大鵬・玉子焼き」の生みの親 堺屋太一さん 「残念、昭和ははるか遠くに」”. 産経新聞. (2013年1月20日). https://www.sankei.com/sports/news/130120/spo1301200003-n1.html 
  55. ^ “「巨人、大鵬、卵焼き」名フレーズの始まりは…”. 読売新聞. (2013年1月20日). http://www.yomiuri.co.jp/sports/sumo/news/20130120-OYT1T00459.htm 2013年1月22日閲覧。 
  56. ^ 両腕を交差して相手の片腕を挟むように差すといった比較的珍しい方のもろ差し。
  57. ^ a b 『相撲』別冊菊花号 23p
  58. ^ 全盛期の琴櫻傑將が放ったぶちかましを稽古場で受けられるのは大鵬ただ一人だったと言われており、他の力士は琴櫻のぶちかましを恐れて胸を出すのを皆避けたという。これは大鵬の特異体質を表わす逸話である。
  59. ^ 「大鵬自伝」、P108-P109。
  60. ^ Sports Graphic Number (文藝春秋)2019年2月28日号 p51
  61. ^ 『相撲』別冊菊花号 p24-27
  62. ^ 大鵬よりも以前、栃錦清隆が横綱昇進を決めた日に師匠の栃木山守也から「今日からは毎日、辞める時のことを考えて過ごせ」と言い渡された話があり、大鵬もこの話を聞いて深く感じ入る所があったと言える。また、栃錦のライバルであった若乃花幹士も、大関以下の力士は負け越してもその時の実力に見合った番付で比較的長く現役を続けることができるが、横綱が負け越せば引退以外に道はないため、横綱昇進が決まった時には推挙を受けるべきかどうか、かなり悩んだという。
  63. ^ 同様のエピソードに、ラジオドラマ「君の名は」がある。
  64. ^ その世代の有名人の名を子供につけるという例は多く、全国高等学校野球選手権大会で人気を博した荒木大輔ヤクルトスワローズ)に因んで名づけられた松坂大輔ボストン・レッドソックス)などの例がある。
  65. ^ 大相撲酒豪番付2014年東銀座場所 時事ドットコム
  66. ^ 大鵬の土俵入りの指導は二子山(初代若乃花、大鵬の昇進当時は現役)が行った。
  67. ^ 「大相撲」1963年4月号
  68. ^ 「大鵬自伝」P122-124
  69. ^ まわしの「下がり」に個性、白鵬15連勝願い15本 日刊スポーツ 2019年5月17日10時0分(日刊スポーツ新聞社、2019年5月19日閲覧)
  70. ^ 「大鵬自伝」P178-179
  71. ^ 「大鵬自伝」P185
  72. ^ 「大鵬自伝」P179
  73. ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(2) ニ所ノ関部屋』p45-46
  74. ^ 「大鵬さん「会見で謝罪なく腹立たしい」」日刊スポーツ2010年2月5日9時6分紙面から
  75. ^ 大鵬「再興を」二所ノ関部屋消滅に「わびしいし、さみしい」 スポーツ報知 2013年1月10日閲覧。なお、二所ノ関部屋は大鵬の死後、2014年12月1日付で再興された。
  76. ^ 実はアンチ大鵬だった…安倍首相も「国民栄誉賞に値する」Sponichi Annex 2013年2月1日 06:00
  77. ^ 「貴の乱」を援護した大鵬東スポweb 2013年01月25日
  78. ^ 柏戸明武谷と優勝決定戦
  79. ^ a b 佐田の山と優勝決定戦
  80. ^ 本態性高血圧により5日目から途中休場
  81. ^ 左足首関節内骨折により千秋楽不戦敗
  82. ^ 柏戸と優勝決定戦
  83. ^ 左肘関節挫傷・左上腕筋肘頭附着部離断により3日目から途中休場
  84. ^ 左肘関節剥離骨折により13日目から途中休場
  85. ^ インフルエンザ性気管支炎・本態性高血圧により4日目から途中休場
  86. ^ 急性気管支炎・扁桃腺炎により5日目から途中休場
  87. ^ 左膝側副靱帯損傷により10日目から途中休場
  88. ^ 右足首関節捻挫により4日目から途中休場
  89. ^ a b 玉の海と優勝決定戦


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