1966年の南海ホークス では、1966年の南海ホークス の動向をまとめる。
この年の南海ホークスは、鶴岡一人 監督の21年目のシーズンであり、3年連続11度目のリーグ優勝に輝いたシーズンである。
概要
前シーズンオフに蔭山和夫 が監督に就任したが急逝し、再び鶴岡が監督に就任したこの年は前年と違って平凡なスタート。それでも前年三冠王の野村克也 、ケント・ハドリ など打線の活躍もあり開幕から首位を走るが、終盤になると西鉄 が猛追、9月末から南海は7連勝、西鉄は6連勝し3.0ゲーム差で迎えた10月6日、この日がシーズン最終戦の南海が勝つか、5試合を残す西鉄が敗れるかのいずれかて南海の優勝が決まるはずが、南海は東映に敗れ、西鉄は1-0の僅差で近鉄に勝利し、南海はシーズンを終えても優勝が決まらず、西鉄が続く9日の東映戦で敗れたことにより3年連続での優勝が決定した。投手陣はアメリカから復帰の村上雅則 が平凡な成績に終わったものの、エース・皆川睦雄 や三浦清弘 、新山彰忠 などがローテーションを守り、チーム防御率は西鉄の2.13に次ぐ2位。打撃陣では野村が6年連続の本塁打王に輝いたほか、不動の1番打者・広瀬叔功 もグラウンドを走りまくったが、本塁打が前年の153本から108本と、リーグ3位に後退した。巨人 との日本シリーズ は南海のリベンジが期待されたが、巨人に2勝4敗で敗れ鶴岡監督の悲願である日本一奪回はならなかった。
チーム成績
レギュラーシーズン
1966年パシフィック・リーグ順位変動
順位
4月終了時
5月終了時
6月終了時
7月終了時
8月終了時
最終成績
1位
西鉄
--
南海
--
南海
--
南海
--
南海
--
南海
--
2位
東映
1.0
東映
4.5
西鉄
1.0
西鉄
1.5
西鉄
3.5
西鉄
4.0
3位
南海
1.0
西鉄
5.0
東映
2.0
東映
3.5
東映
5.5
東映
9.0
4位
阪急
3.5
東京
8.0
東京
8.5
東京
10.5
東京
12.0
東京
18.0
5位
東京
4.5
近鉄
10.5
阪急
10.5
阪急
13.0
阪急
14.5
阪急
22.0
6位
近鉄
5.0
阪急
11.0
近鉄
11.0
近鉄
13.5
近鉄
21.5
近鉄
31.0
[2]
日本シリーズ
1966年 日本シリーズ
日付
試合
ビジター球団(先攻)
スコア
ホーム球団(後攻)
開催球場
10月12日(水)
第1戦
南海ホークス
5 - 12
読売ジャイアンツ
後楽園球場
10月13日(木)
第2戦
南海ホークス
5 - 2
読売ジャイアンツ
10月14日(金)
移動日
10月15日(土)
第3戦
雨天中止
大阪球場
10月16日(日)
読売ジャイアンツ
3 - 2
南海ホークス
10月17日(月)
第4戦
読売ジャイアンツ
8 - 1
南海ホークス
10月18日(火)
第5戦
読売ジャイアンツ
3 - 4
南海ホークス
10月19日(水)
第6戦
南海ホークス
0 - 4
読売ジャイアンツ
後楽園球場
優勝:読売ジャイアンツ(2年連続8回目)
[1]
オールスターゲーム1966
できごと
選手・スタッフ
監督 一軍コーチ 二軍監督・コーチ 投手 捕手 内野手 外野手
表彰選手
ドラフト
関連項目
脚注
注釈
出典
1930年代 1940年代 1950年代 1960年代 1970年代 1980年代 1990年代 2000年代 2010年代 2020年代
1945年は戦況悪化のため、公式戦を休止。合同チームによる非公式戦のみ開催。
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