ブルーリボン賞_(映画)とは? わかりやすく解説

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ブルーリボン賞 (映画)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/22 00:47 UTC 版)

ブルーリボン賞
受賞対象 作品、監督、俳優
開催日 毎年2月
会場 イイノホール
日本
主催 東京映画記者会
初回 第1回(1950年度)
最新回 第67回(2024年度)
最新受賞者 侍タイムスリッパー

ブルーリボン賞(ブルーリボンしょう)は、1950年昭和25年)に創設された日本映画賞である。

現在の主催は、東京のスポーツ7紙(スポーツ報知デイリースポーツサンケイスポーツ東京中日スポーツ東京スポーツスポーツニッポン日刊スポーツ)の映画担当記者で構成された「東京映画記者会」。ブルーリボン賞は加盟各社の合資と映画会社からの賛助金によって運営され、作品賞・個人賞計8部門の賞を毎年1月に発表、2月に授賞式が行われる[1][2]

沿革

1950年(昭和25年)、朝日新聞の井沢淳(井沢純)が、毎日新聞の岡本博、読売新聞の谷村錦一をはじめとする「東京映画記者会」の記者会員に呼びかけ[3]、1年間の映画界を総括する記者同士のおさらいの成果を賞として世に問うとして「東京映画記者会賞」の名で始まった[1]。別説として「日本映画文化賞」の名称で始まったとする資料も存在[4][3][5]1951年3月22日、東京・築地にあった東京劇場で第1回授賞式が行われた[4]。第4回から第7回までは、銀座・並木座が授賞式会場となった[6][7][8][9]

当初は記者の親睦的組織として始まった東京映画記者会だったが、最大時には在京の日刊紙・通信社の加盟社は17社、会員数は80人を超えるまでに成長し、規模が大きくなるにつれ、選考に対する考え方に違いが生じるようになった[1]。大衆賞が欲しい美空ひばりが事前運動をしたという噂が広まったことがキッカケに[注釈 1]、一般紙よりスポーツ新聞記者の票数が多いことに対する不満が噴出し[3]1960年(昭和35年)3月には大手新聞6社(読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・産経新聞東京新聞日本経済新聞)および共同通信社が脱退[1][11]。これによりブルーリボン賞は第11回(1960年度)からスポーツ紙を中心にした新聞社による主催となり、現在に至っている[1][注釈 2]

1967年(昭和42年)、新聞記者が審査員を務める日本レコード大賞の「黒い霧」の噂を気にした新聞社上層部が、〔賄賂を受け取る立場になりかねない〕記者会主催の賞を辞めるように厳命し[3]、第17回(1966年度)を最後にブルーリボン賞は一時廃止される事となる[1][3]。また、分裂した7社が設立した日本映画記者会賞や、テアトロン賞(東京演劇記者会)、ホワイトブロンズ賞(地方新聞映画記者会)などの記者会賞も1966年度で一斉に廃止されている[1]

しかし、若手記者を中心に再開を望む声があがるようになり、1973年(昭和48年)秋にブルーリボン復活準備委員会が発足され、1975年度に再スタートを果たした[1]

選考・授賞式

毎年1月1日から12月31日までに、首都圏で封切られた全作品を対象とし、1月に選考が行われる。作品、監督、主演男女優、助演男女優、新人(監督も含み、映画デビュー2年以内が対象)、外国映画の各部門がある。年によってスタッフ賞や特別賞も選ばれる。前年末までに記者会員全員による投票で選ばれたノミネートの中から、選考会で合議ののち投票で過半数を得た作品・人に賞が贈られる。[1]選考にあたっては、演技だけでなく、映画に対する姿勢や人格も対象とする[12]

授賞式は2月に行われ、受賞者発表時の各紙で、授賞式への読者抽選無料招待の応募要項が掲載される。なお、「映画記者の手作りの賞」を標榜することから、この選考だけでなく授賞式会場の設営、照明・音響、観客の誘導といった裏方の仕事なども全て各紙の映画記者たちが行っている[1][2]

進行役(司会者)は、前年度に主演男優賞、主演女優賞を受賞した俳優が担当する。

新型コロナの影響で、2020年度から2022年度まで授賞式は開催されなかった。

由来と賞品

開始当初は主催者の財政が厳しいため受賞者への賞品も特になく、賞状青色リボンで結んで渡したことから「ブルーリボン賞」と呼ばれるようになり、のちに正式名称になった[1]。現在も続くこの青いリボンには「青空の下で取材した記者が選考する」という意味が込められている[2][12]。この他に記者の象徴であるペンを賞品とし[12]、受賞者名入りのモンブラン万年筆1本が贈られる[1]

この逸話が当賞が日本映画界の最高栄誉とされる根拠とされている。

特徴と功績

新聞記者の先取り精神から、新しい才能をいち早く発掘したことが一番の特徴として挙げられる[1][3]第2回三國連太郎第8回石原裕次郎第9回今村昌平監督、第11回大島渚監督らに他の映画賞に先んじて新人賞を贈り激励[1][3]。そのほか、岩下志麻浦山桐郎佐藤純彌熊井啓渡哲也大竹しのぶ三浦友和原田美枝子大林宣彦美保純らも発掘し、彼らは日本映画の担い手として活躍している[3]

演技賞でも、三船敏郎佐田啓二フランキー堺吉永小百合、岩下志麻、夏目雅子薬師丸ひろ子らに、どの映画賞よりも早く賞を贈った[3]

また、〔大島渚監督などの〕ヌーヴェルヴァーグがもて はやされている中、『なつかしい風来坊』を表彰することで、注目されていなかった山田洋次監督をスポットライトの当たる場所に立たせた[3]第17回)。

歴代各賞

(表記年は対象映画の年度であり、授賞式は翌年2月)

第1回(1950年度) - 第10回(1959年度)

第1回(1950年度)

第2回(1951年度)

第3回(1952年度)

第4回(1953年度)

第5回(1954年度)

第6回(1955年度)

第7回(1956年度)

第8回(1957年度)

第9回(1958年度)

第10回(1959年度)

第11回(1960年度) - 第17回(1966年度)

第11回(1960年度)

第12回(1961年度)

第13回(1962年度)

第14回(1963年度)

第15回(1964年度)

第16回(1965年度)

第17回(1966年度)

第18回(1975年度) - 第20回(1977年度)

第18回(1975年度)

第19回(1976年度)

第20回(1977年度)

第21回(1978年度) - 第30回(1987年度)

第21回(1978年度)

第22回(1979年度)

第23回(1980年度)

第24回(1981年度)

第25回(1982年度)

第26回(1983年度)

第27回(1984年度)

第28回(1985年度)

第29回(1986年度)

第30回(1987年度)

第31回(1988年度) - 第40回(1997年度)

第31回(1988年度)

第32回(1989年度)

第33回(1990年度)

第34回(1991年度)

第35回(1992年度)

第36回(1993年度)

第37回(1994年度)

第38回(1995年度)

第39回(1996年度)

第40回(1997年度)

第41回(1998年度) - 第50回(2007年度)

第41回(1998年度)

第42回(1999年度)

第43回(2000年度)

第44回(2001年度)

第45回(2002年度)

第46回(2003年度)

第47回(2004年度)

第48回(2005年度)

第49回(2006年度)

第50回(2007年度)

第51回(2008年度) - 第60回(2017年度)

第51回(2008年度)

第52回(2009年度)

第53回(2010年度)

第54回(2011年度)

第55回(2012年度)

第56回(2013年度)

第57回(2014年度)

第58回(2015年度)

第59回(2016年度)

第60回(2017年度)

第61回(2018年度) - 第67回(2024年度)

第61回(2018年度)

第62回(2019年度)

第63回(2020年度)

[注釈 3]

第64回(2021年度)

[注釈 4]

第65回(2022年度)

第66回(2023年度)

第67回(2024年度)

脚注

注釈

  1. ^ 実際に美空ひばりが大衆賞を受賞したのは、第12回(1961年度)で授賞式は1962年1月25日[10]
  2. ^ 『映画賞・映画祭日本・外国受賞作品大全集』では、大手新聞などの脱退は「1961年」、第12回(1961年度)からスポーツ新聞主体となっている[3]
  3. ^ 新型コロナウイルス感染拡大防止に伴い、授賞式は見送られた[29]
  4. ^ 前年度に引き続き、新型コロナウイルス感染拡大防止に伴い、授賞式は中止された[30]

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n ブルーリボン賞とは”. スポーツ報知. 2014年3月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年1月10日閲覧。
  2. ^ a b c 宮路美穂「【宮路美穂のミヤジ屋】思い出すと背筋伸びるピエール瀧の言葉」『スポーツ報知』2014年9月14日。オリジナルの2014年9月15日時点におけるアーカイブ。2018年2月9日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k 石坂昌三 著「ブルーリボン賞 新聞記者の先取り精神」、石原良太 編『映画賞・映画祭日本・外国受賞作品大全集 : 栄光と虚栄・アカデミー賞からヨコハマ映画祭』芳賀書店、1986年6月、32-34頁。ISBN 4-8261-0520-7 
  4. ^ a b c d e f g h i j シネマ報知 ブルーリボン賞ヒストリー 今井正監督の「また逢う日まで」が2冠で初代王者に - ウェイバックマシン(2012年2月19日アーカイブ分)
  5. ^ 「映画の賞事典」チラシ』(pdf)日外アソシエーツ、2頁https://www.nichigai.co.jp/PDF/2223-7.pdf2023年7月30日閲覧 
  6. ^ シネマ報知 ブルーリボン賞ヒストリー 新設の大衆賞は昭和の大スター長谷川一夫に - ウェイバックマシン(2009年2月7日アーカイブ分)
  7. ^ シネマ報知 ブルーリボン賞ヒストリー 初代男優賞の山村聰が監督で新人賞 - ウェイバックマシン(2009年2月7日アーカイブ分)
  8. ^ シネマ報知 ブルーリボン賞ヒストリー 淡島千景が第1回以来の主演女優 森繁久彌と“夫婦受賞” - ウェイバックマシン(2009年2月7日アーカイブ分)
  9. ^ シネマ報知 ブルーリボン賞ヒストリー 「あなた買います」佐田啓二に初の主演男優賞 - ウェイバックマシン(2009年2月7日アーカイブ分)
  10. ^ シネマ報知 ブルーリボン賞ヒストリー 美空ひばりが念願の大衆賞 - ウェイバックマシン(2009年2月7日アーカイブ分)
  11. ^ シネマ報知 松竹ヌーベル・バーグの旗手・大島渚監督が新人賞 - ウェイバックマシン(2009年2月7日アーカイブ分)
  12. ^ a b c d 「第56回ブルーリボン賞発表」『日刊スポーツ日刊スポーツ新聞西日本大阪、2014年1月23日、20面。
  13. ^ a b c d e f g h i 1952年 第3回 ブルーリボン賞”. allcinema. 2022年9月20日閲覧。
  14. ^ a b c d e f g h i j ブルーリボン賞ヒストリー 成瀬巳喜男監督が「稲妻」で2年連続の作品賞”. シネマ報知. 2012年5月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年3月14日閲覧。
  15. ^ シネマ報知 ブルーリボン賞ヒストリー 淡島千景が第1回以来の主演女優 森繁久彌と“夫婦受賞””. 2012年11月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年2月12日閲覧。
  16. ^ ハナ肇が山田洋次監督2作品で初の主演男優賞 - ウェイバックマシン(2012年5月29日アーカイブ分)
  17. ^ シネマ報知 ブルーリボン賞ヒストリー 野村芳太郎監督が“一家”で4冠 - ウェイバックマシン(2012年2月19日アーカイブ分)
  18. ^ シネマ報知 ブルーリボン賞ヒストリー 桃井かおり 初の主演女優賞に「これが欲しかったのよね」 - ウェイバックマシン(2012年2月19日アーカイブ分)
  19. ^ シネマ報知 ブルーリボン賞ヒストリー 黒澤明監督3度目の作品賞 仲代達矢が隆大介と師弟受賞 - ウェイバックマシン(2013年1月15日アーカイブ分)
  20. ^ シネマ報知 ブルーリボン賞ヒストリー 佐藤浩市が父・三國連太郎に続く新人賞 - ウェイバックマシン(2009年2月7日アーカイブ分)
  21. ^ a b c d e f g h i シネマ報知 ブルーリボン賞ヒストリー 節目の50回 三國連太郎が新垣結衣にエール - ウェイバックマシン(2012年2月19日アーカイブ分)
  22. ^ a b c d e f g h i シネマ報知 ブルーリボン賞ヒストリー オスカーを前に、本木雅弘が14年ぶりの夫婦ツーショットを披露 - ウェイバックマシン(2012年5月29日アーカイブ分)
  23. ^ allcinema. “2009年 第52回 ブルーリボン賞 受賞結果 映画データベース”. allcinema. 2020年9月11日閲覧。
  24. ^ 入倉功一「第57回ブルーリボン賞が決定!佐々木蔵之介『超高速!参勤交代』が作品賞!」『シネマトゥデイ』2015年1月23日。2015年1月23日閲覧。
  25. ^ a b c d e f g h 有村架純、主演女優賞に輝く!第58回ブルーリボン賞受賞結果発表”. シネマトゥデイ (2016年1月27日). 2016年1月27日閲覧。
  26. ^ 『シン・ゴジラ』作品賞!『君の名は。』特別賞!第59回ブルーリボン賞決定」『シネマトゥデイ』株式会社シネマトゥデイ、2017年1月26日。2017年1月26日閲覧。
  27. ^ ブルーリボン賞「あゝ、荒野」が作品賞に、阿部サダヲ&新垣結衣も受賞映画ナタリー(2018年1月24日), 2018年1月24日閲覧。
  28. ^ 「翔んで埼玉」武内英樹監督、作品賞に「ウソだろうと」…ブルーリボン賞」『スポーツ報知報知新聞社、2020年1月28日。2020年1月28日閲覧。
  29. ^ a b “「第63回ブルーリボン賞」受賞作品&草なぎ剛、長澤まさみ、成田凌、伊藤沙莉ら受賞者発表”. ORICON NEWS. oricon ME. 24 February 2021. 2021年2月24日閲覧.
  30. ^ a b “白石和彌監督、「孤狼の血」さらなる続編意欲「-LEVEL2」がブルーリボン賞作品賞”. スポーツ報知. 報知新聞社. 24 February 2022. 2022年2月24日閲覧.
  31. ^ “第65回ブルーリボン賞の受賞作&受賞者/一覧”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2023年2月24日). https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202302240000024.html 2023年2月24日閲覧。 
  32. ^ 【ブルーリボン賞】監督賞・石井裕也監督 2度目の受賞に「前回とは違う種類の喜び」”. 東スポWEB. 東京スポーツ新聞社 (2024年1月24日). 2024年1月24日閲覧。
  33. ^ 小泉今日子 ブルーリボン賞助演女優賞 「i ai」など5作品で評価 成熟を実感「出世魚みたいな感じ」”. デイリースポーツonline. デイリースポーツ (2025年1月29日). 2025年1月29日閲覧。

関連項目

外部リンク


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