渡哲也とは?

渡哲也

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渡哲也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/17 13:55 UTC 版)

渡 哲也(わたり てつや、1941年昭和16年〉12月28日 - 2020年令和2年〉8月10日[2][3])は、日本俳優歌手。本名、渡瀬 道彦[1](わたせ みちひこ)。




注釈

  1. ^ 渡と菅原は2002年に公開された『修羅の群れ 第三部 完結編 大抗争列島!!』で2人が絡むシーンはないが出演している。
  2. ^ 財産は結局、石原裕次郎は気持ちだけ受け取ったという。このエピソードはドラマ『』でも触れられている。
  3. ^ 「テツ」というのは、公的な場以外で渡を呼ぶ際に石原が使う愛称で、この呼び方で渡を呼ぶのは石原だけであり、他の人間がその名で呼ぶことがはばかられていることは同番組にて舘など石原プロモーションの面々から証言されている。
  4. ^ 子供の頃、近所の浜辺で友達らと一緒によく魚介類を獲り、そのまま焚き火をして食べた思い出に原点があるとのこと[60]
  5. ^ 深作自身、キャストをその2人で構想を練っていたそうである[要出典]
  6. ^ 渡がマグロを釣り上げた話題は、スポーツ紙の芸能面でも記事になった[要出典]
  7. ^ デビュー曲。日活映画『真紅な海が呼んでるぜ』主題歌。
  8. ^ 片面は、小林旭&坂芳子の「かけ橋音頭」。
  9. ^ 坂芳子とのデュエット。
  10. ^ 日活映画『海は真赤な恋の色』主題歌。
  11. ^ 日活映画『あの娘のために死ぬんだぜ』主題歌。
  12. ^ 石原裕次郎のカバー。
  13. ^ 初のオリコンランクイン。最高位65位。
  14. ^ 150万枚の大ヒット。オリコン最高位4位。全日本有線放送大賞金賞受賞。
  15. ^ 日本テレビ系『大都会PARTII』挿入歌。50万枚の大ヒット。
  16. ^ 日本テレビ系『大都会PARTIII』主題歌。当時で15万枚ほど、最終的には「ひとり」の半分くらいの売上に留まる。
  17. ^ 多岐川裕美とのデュエット。
  18. ^ いしだあゆみとのデュエット。
  19. ^ 松坂慶子とのデュエット。
  20. ^ カシオ計算機「VALERIE」CMソング。
  21. ^ 宝酒造「松竹梅」CMソング。
  22. ^ ANB系ドラマ『代表取締役刑事』エンディング・テーマ。
  23. ^ ANB系ドラマ『用心棒かかし半兵衛』主題歌。

出典

  1. ^ a b c d e 石原プロモーション|渡哲也
  2. ^ a b “俳優 渡哲也さんが死去 78歳 肺炎のため”. NHKニュース. (2020年8月14日). https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200814/k10012567381000.html 2020年8月14日閲覧。 [リンク切れ]
  3. ^ a b “俳優の渡哲也さんが死去 肺炎、78歳、家族葬…故人の遺志によりお別れ会なし”. デイリースポーツ. (2020年8月14日). https://www.daily.co.jp/gossip/2020/08/14/0013603987.shtml 2020年8月14日閲覧。 
  4. ^ a b c d e f 「渡哲也インタビュー 高平哲郎」『渡哲也 さすらいの詩』芳賀書店〈シネアルバム(67)〉、1978年、153-168頁。ISBN 4-8261-0067-1
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  8. ^ 柏木 1997, pp. 8-19
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  15. ^ “渡哲也は病を乗り越え11月復帰 「新人発掘」で次世代託す”. 日刊ゲンダイ: p. 2. (2015年8月8日). http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/162508/2 2020年8月16日閲覧。 
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  18. ^ a b “コラム 歌っていいな 渡哲也さんの闘病を支えた「くちなしの花」のヒット”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2020年8月30日). https://www.nikkansports.com/entertainment/column/songstory/news/202008280000355.html 2020年11月14日閲覧。 
  19. ^ 【1974年2月】くちなしの花/渡哲也 本人不在も大ヒット 紅白に出場したワケ”. 365日 あの頃ヒット曲ランキング 2月. スポーツニッポン. 2012年2月3日閲覧。
  20. ^ a b 長田暁二『歌謡曲おもしろこぼれ話』社会思想社現代教養文庫〉、2002年、79頁。ISBN 4-390-11649-5
  21. ^ a b c d e f g h 「随想 東映スター渡哲也が誕生するまで」『キネマ旬報』1975年2月上旬号、 48-49頁。
  22. ^ 渡瀬恒彦さんと東映京都撮影所”. 撮影所マイスター対談vol9. 東映. 2020年8月16日閲覧。
  23. ^ a b 脇田巧彦 (2011年12月26日). “最後の活動屋 岡田茂 映画こそ我が人生 実録!! 東映六十年(76) 「渡哲也を石原プロから引き抜き作戦」”. 埼玉新聞 (埼玉新聞社): pp. 14 脇田巧彦 (2011年12月27日). “連載 最後のカツドウ屋 岡田茂 映画こそ我が人生 実録東映六十年(77) 「渡哲也 東映移籍を拒否」”. 埼玉新聞 (埼玉新聞社): pp. 14 
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  26. ^ 日下部五朗『シネマの極道 映画プロデューサー一代』新潮社、2012年、94-95頁。ISBN 978-4103332312
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  58. ^ 『時代劇マガジン』VOL.12、辰巳出版〈タツミムック〉、2005年、45頁。ISBN 4-7778-0205-1
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  60. ^ 読売新聞のインタビューより[出典無効]
  61. ^ *番組エピソード 大河ドラマ『勝海舟』 -NHKアーカイブス
  62. ^ 結果的に兄弟揃って出演した唯一のCMとなった。
  63. ^ [youtu.be/1_TMk6P3n_o]
  64. ^ 宝酒造株式会社 / 企業情報 / 2003年ニュースリリース 「松竹梅「天(てん)」 新発売」(2012年12月13日閲覧)
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  66. ^ “渡哲也さんと裕次郎さん「松竹梅」CM半世紀に幕 247本目は「幻の共演」杯交わす”. 京都新聞. 京都新聞社. (2020年8月14日). https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/328843 2020年8月15日閲覧。 
  67. ^ 渡哲也、石原裕次郎さんとテレビCM“初共演”で「松竹梅」有終の美 石原プロ解散に「私は後回し」 yahooニュース2020年7月29日配信
  68. ^ 人物”. 龍が如く0 誓いの場所. 2015年1月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年9月11日閲覧。
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  70. ^ 山本 & 佐藤 2015, p. 257
  71. ^ 『鬼滅の刃』石原裕次郎賞受賞 『罪の声』が「日刊スポーツ映画大賞」作品賞に」『ORICON NEWS』オリコン、2020年12月28日。2021年1月12日閲覧。





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