くちなしの花
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/19 19:10 UTC 版)
「くちなしの花」 | ||||
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渡哲也 の シングル | ||||
B面 |
通りゃんせ仁義 ほおずき(1981年盤) | |||
リリース | ||||
規格 |
7インチレコード DR-1790 | |||
ジャンル | 演歌 | |||
時間 | ||||
レーベル | ポリドール | |||
作詞・作曲 | 水木かおる、遠藤実 | |||
プロデュース | 山口光昭 | |||
チャート最高順位 | ||||
渡哲也 シングル 年表 | ||||
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「くちなしの花」(くちなしのはな)は、渡哲也が1973年8月21日に、ポリドール・レコードから発表したシングル曲。翌1974年にヒットした[2]。
解説
- プロデューサーの山口光昭が「海軍特別攻撃隊 遺書」というアルバムを企画した際に集めた遺書の中に、遺稿集「くちなしの花」があった[3]。山口はその詩から受けた感動を忘れられず[3]、花の歌が得意な水木かおるに依頼して[4]本曲を制作した。
- 当初は「今では指輪もまわるほど~」の部分は2コーラス目に入っていたが「ここではもったいない」という遠藤実の意向で1コーラス目の頭に変更になった[4]。
- 遠藤はこの曲を作るにあたり、歌手としては素人の渡の立場を考えて「できるだけこねくり回さず、曲想をシンプルにして、音域を増やさないように心がけた」[4]。
概要
- 前作「男の別れ歌」が7,000枚ほどの売れ行きだったため、初回プレスは3,000枚であったが[4]、翌1974年に入ってから有線放送などで徐々にヒット、週間オリコンチャート最高で4位を記録し、90万枚を売り上げる渡最大のヒット曲となった[1]。
- 同曲で1974年末の『第25回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たした。1993年の『第44回NHK紅白歌合戦』では2回目の歌唱をした。1982年の『第33回NHK紅白歌合戦』では牧村三枝子が当曲を歌唱した。
- 渡が主演した映画『やくざの墓場 くちなしの花』で同曲が使用されている。
- 渡は本曲がヒットすると思っておらず、石原裕次郎は「この曲が流行ったら銀座を逆立ちしてやる」と言っていた[4][5]。
収録曲
- くちなしの花 -(3分30秒)
- 通りゃんせ仁義 -(3分53秒)
脚注
- ^ a b c オリコンランキング情報サービス「you大樹」
- ^ “【あの日あの紙面】昭和49年という時代【名連載復刻】渡哲也「くちなしの花」”. 日刊スポーツ (2022年8月10日). 2023年9月27日閲覧。
- ^ a b くちなしの花:二木紘三のうた物語2020年10月23日閲覧。
- ^ a b c d e 「昭和のヒット歌謡物語」塩澤実信著、展望社、2014年2月28日、79-106ページ。
- ^ “誰もわからないヒットの条件”. (2011年9月4日)
関連項目
- 京建輔 - 同曲の音楽プロモーター。
- くちなしの花のページへのリンク