本間千代子とは?

本間千代子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/21 14:46 UTC 版)

本間 千代子(ほんま ちよこ、1945年1月29日 - )は、日本歌手女優。本名同じ。長野県上伊那郡伊那町(現:伊那市)生まれ[1]東京都杉並区高井戸育ち[1][2]音楽プロデューサーひのきしんじ


注釈

  1. ^ 「チコと一緒に」という主演ドラマは当初「チョコと一緒に」で企画されたが、番組のスポンサーだったヤクルトが反対したという。当時本間が不二家のチョコレートのCMに出演していたため、不二家を利すると考えられたのだろう。また、「“チョコっと一緒に”と聞えてイヤ」という本間自身の要望もあったという[要出典]
  2. ^ 雑誌『明星』、『近代映画』の「映画スター人気投票・女優部門」では、1964年(昭和39年)度・1965年(昭和40年度)と2年連続で吉永小百合に次いで2位にランクインしていた。中間発表の段階では、吉永を押さえて1位になるケースもあった。(当時の『明星』、『近代映画』の記事による)
  3. ^ 1964年(昭和39年)の女性タレントのプロマイド売上枚数は、月間ベースでは吉永小百合を抜いて1位になることもあったが、年間ベースでは、やはり吉永が1位、本間は2位であった。翌1965年(昭和40年)、1966年(昭和41年)にもベストテンに名を連ねていたが、1967年(昭和42年)以降は上位ランキングから姿を消している。(マルベル堂資料、雑誌「近代映画」の記事による)
  4. ^ 日劇での舞台「チコとボーイフレンド」のリハーサルで彼女の初のワンマンショーである。牟田悌三鈴木やすし等と共演。(1965年6月20日付朝日新聞芸能面)
  5. ^ 本間自身の言葉によれば、今回収録分が彼女のリリースした作品の全てではないという。(FMラジオ2010年10月16日放送分「おはようサタデー~」にて語る[出典無効]
  6. ^ 当初は高石かつ枝で吹込予定であったが、彼女が1964年2月にクラウンへ移籍した為、急遽本間千代子によってレコーディングされ同年5月に発売されている。尚、1942年(昭和17年)菊池章子の「湖畔の乙女」とは全くの別物である。
  7. ^ 録音は1959年[要出典]
  8. ^ この曲は古賀政男邸でレコーディングされたが、僅か1時間で完了したという。(FMラジオ2010年5月8日放送「おはようサタデー~」での本間千代子談[出典無効]
  9. ^ 同冊子には、彼女の住所、最寄り駅からの経路、家の特徴などが、写真入で詳細に記載されている。(現在は居住していない)

出典

  1. ^ a b c d e f g h i 「今月のスタースケッチ 本間千代子」『月刊明星』1963年3月号、集英社、 94頁。
  2. ^ 『日本映画人名事典・女優編』キネマ旬報社
  3. ^ a b 女学生の友』 1966年8月号(小学館)188-193ページ
  4. ^ 野球ソングス-大定番と貴重盤 - Amazon(コロムビアの2010年リリースCD)
  5. ^ a b c d e f g 岡田茂(東映京都撮影所長)・今田智憲(東映東京撮影所長)、聞く人・北浦馨「東映路線の今后の課題 『企画は流行性、スターは不良性感度 岡田・今田東西両所長がさぐる要素』」『映画時報』1965年11月号、映画時報社、 30頁。
  6. ^ a b c d e f g h 「女優失業時代というけれど岐路に立つ女優たち」『近代映画』1966年4月号、近代映画社、 209頁。
  7. ^ 『東映の軌跡』東映株式会社総務部社史編纂、東映株式会社、2016年、564 - 565頁。北浦寛之『テレビ成長期の日本映画』名古屋大学出版会、2018年、134 - 153頁。ISBN 978-4-8158-0905-8東映不良性感度路線の父 岡田茂逝去」『映画秘宝』2011年7月号、洋泉社、 52頁。大高宏雄の興行戦線異状なし Vol.29孤狼の血 : 映画評論・批評 - 映画.com楊紅雲 (2004年). “任侠映画路線における東映の成功 ―テレビに対抗した映画製作(1963-1972年)を中心に― (PDF)”. 多元文化 第4号. 名古屋大学. p. 201. 2019年4月30日閲覧。
  8. ^ 「夫婦そろってカムバック 守屋浩は歌 本間千代子はテレビで」『週刊平凡』1969年4月3日号、平凡出版、 57頁。
  9. ^ 長部日出雄(映画評論家)・佐藤重臣(映画評論家)・品田雄吉(映画評論家)・虫明亜呂無(映画評論家)、聞く人・北浦馨「日本映画の危機突破作戦 『映画は滅びない、経営理念の変革こそ必要である―』」『映画時報』1965年12月号、映画時報社、 12頁。
  10. ^ a b c 「ニュースコーナー製作 『東映、俳優行政など基本方針きまる 来年は創立十五周年の記念映画製作』」『映画時報』1965年12月号、映画時報社、 23頁。
  11. ^ “女やくざと全裸のベッド・シーン 東宝初出演フリー宣言どこへやら 三田佳子”. 内外タイムス (内外タイムス社): p. 6. (1969年11月3日) 
  12. ^ a b c “"主婦と女優の両立"を 本間千代子がカムバック”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社): p. 15. (1969年5月25日) 
  13. ^ 第11回 日本作詩大賞
  14. ^ 歌謡コダマ”. ソノシート発売状況 / コダマプレス. なつかしのメディア / ソノシート. 2014年11月26日閲覧。
  15. ^ 千葉真一; 本間千代子・小林裕子・小川守・三田佳子. “歌う東映スター”. 別冊歌謡コダマ ; KY-1001. コダマプレス社. 2014年11月26日閲覧。


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