本間千代吉 (2代)
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2代 本間 千代吉(ほんま ちよきち、1888年〈明治21年〉6月25日[1] - 1959年〈昭和34年〉7月6日[2] / 7月16日[3])は、大正から昭和時代の政治家、実業家、武道家。貴族院多額納税者議員。幼名・仙八[4][5] / 千八[3]、名は応義(まさよし)[6]。
経歴
群馬県佐位郡市場村(赤堀村、赤堀町を経て現伊勢崎市)[6]で、剣道範士本間三郎の二男として生まれる[4][5][7]。1907年(明治40年)東京府の錦城中学校を卒業[2]、中央大学を中退[3]。
伯父の初代千代吉の養子となり[4][5][7]、1917年(大正6年)家督を相続し2代千代吉を襲名した[4][6]。1917年以降、上毛貯蓄銀行、群馬県農工銀行、伊勢崎銀行、群馬銀行、粕川水電などの重役を歴任したほか、赤堀村農会長、同村会議員などを務めた[2][3]。1925年(大正14年)群馬県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日[8]から1932年(昭和7年)9月28日まで在任した[2]。
1934年(昭和9年)勲四等瑞宝章、1942年(昭和17年)紺綬褒章受章[3]。ほか、武道家として本間念流を継承し、鍛錬館長となった[6][3]。
脚注
参考文献
- 『昭和人名辞典』光人社、1933年。
- 衆議院、参議院 編『議会制度七十年史 第1』大蔵省印刷局、1960年 。
- 『群馬県人名大事典』上毛新聞社、1982年。
- 竹内理三ほか 編纂『群馬県姓氏家系大辞典』角川日本姓氏歴史人物大辞典10、角川書店、1994年。ISBN 4040021002。
- 『群馬新百科事典』上毛新聞社、2008年。
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