永六輔とは?

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永六輔

永六輔の俳句

土筆の向うに土筆より低い煙突
猫八が虫を鳴く夜の寄席を出る
 

永六輔

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/03/09 02:20 UTC 版)

永 六輔(えい ろくすけ、1933年4月10日[2] - 2016年7月7日[4])は、日本のラジオ番組パーソナリティタレント随筆家。元放送作家作詞家である。本名は永 孝雄(えい たかお)。晩年の所属事務所は「オフィス六丁目」だった。




  1. ^ http://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/00005232
  2. ^ a b c d http://www.tbs.co.jp/radio/rokuchan/profile/index-j.html
  3. ^ http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/bunka/kenshou/kako/bunkashou.htm
  4. ^ a b ラジオと生きた「旅人」 永六輔さん、病床から出演も,朝日新聞デジタル,2016年7月11日
  5. ^ MSNニュース(2017年7月8日)
  6. ^ 小学館ホームページ(大遺言)
  7. ^ 『婦人公論』1991年5月号
  8. ^ a b 永六輔さんとワンコリアを語る。
  9. ^ 佐藤有一 『わが師淀川長治との五十年』(清流出版)より。
  10. ^ 新鐘71 早稲田に聞け!「福祉」 痛快! 校友インタビュー永六輔 (2004年12月24日掲載)
  11. ^ 永六輔 『職人』 岩波書店〈岩波新書〉、157-168頁。
  12. ^ 永六輔「八七六倒転輔35」『キネマ旬報』1976年6月上旬号、p.123
  13. ^ 井原高忠「元祖テレビ屋大奮戦」文芸春秋
  14. ^ a b 『水道橋博士のメルマ旬報』過去の傑作選シリーズ~川野将一ラジオブロス 永六輔『六輔七転八倒九十分』~”. BOOKSTAND (2016年7月12日). 2017年6月14日閲覧。
  15. ^ 第45回ギャラクシー賞受賞作品”. 放送批評懇談会. 2017年12月17日閲覧。
  16. ^ 『誰かとどこかで』2010年11月11日放送分
  17. ^ 「永六輔『回らないろれつ』『激やせ15キロ』の孤独生活」『週刊女性』2009年7月14日号
  18. ^ 篠田博之篠田博之のメディアウォッチ 週刊誌を読む:「老い」に率直な感想 永さんら世代の長い活躍願う高野孟のTHE JOURNAL内 2009年8月6日
  19. ^ 「永六輔×矢崎泰久のぢぢ放談 第5回」『創』2009年9月10月合併号、pp.128-129
  20. ^ 「永六輔×矢崎泰久のぢぢ放談 第16回」『創』2010年11月合併号、p.130
  21. ^ a b 永六輔が自宅で転倒し骨折 昨年は衝突事故で軽傷と災難続き msn産経ニュース 2011年11月18日
  22. ^ a b ヒューマンドキュメンタリー 永六輔 戦いの夏 テレビマンユニオン公式サイト内
  23. ^ ヒューマンドキュメンタリー 永六輔 戦いの夏 NHKワールドプレミアム
  24. ^ 最終回には永六輔本人は参加していなかった。出演した娘や黒柳徹子らが自宅でいまだ寝ている永に対し、ラジオを通して「いい加減起きるように」呼びかける形で進行した。
  25. ^ 永六輔さん死去 放送界の草分け、マルチに活躍,朝日新聞デジタル,2016年7月11日
  26. ^ “永六輔さん死因は肺炎、医師「老衰と言っていい」”. 日刊スポーツ. (2016年7月11日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1676927.html 2016年7月11日閲覧。 
  27. ^ “永六輔さんと別れ 黒柳徹子「私の葬儀委員長を…」”. 日刊スポーツ. (2016年8月30日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1702384.html 2016年9月6日閲覧。 
  28. ^ “赤坂でもお別れ会 加藤登紀子は永さんから贈られた未発表曲披露”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2016年8月30日). http://news.biglobe.ne.jp/entertainment/0831/spn_160831_5626791329.html 2016年9月6日閲覧。 
  29. ^ 小林憲行 (2016年8月31日). “【行ってきました】永六輔さんお別れの会(2) ばらえてぃ「永六輔を送りまSHOW」、赤坂BLITZで開催”. いい葬儀マガジン. 鎌倉新書. 2016年9月6日閲覧。
  30. ^ 永六輔さんお別れ会 黒柳徹子が「お化けエピソード」でにぎやかに送る,東スポWeb,2016年8月30日
  31. ^ 黒柳の弔辞は、黒柳徹子「特別寄稿 ここに立つのは私ではなくて:永六輔さんへの弔辞」、『波』第51巻第8号、新潮社、2017年、 20-25頁。に全文掲載されている。
  32. ^ “宇多田ヒカル 17年ぶりレコ大候補 最優秀アルバム賞も選出”. スポーツニッポン. (2016年11月18日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/11/18/kiji/K20161118013743550.html 2016年11月18日閲覧。 
  33. ^ 永六輔 『大往生』 岩波書店〈岩波新書〉、1994年、122頁 (1992年の『話の特集』8月号からの再録)
  34. ^ 『放送80年 それはラジオからはじまった』NHKサービスセンター
  35. ^ 永六輔 『大往生』 岩波書店〈岩波新書〉、1994年、120頁 (『話の特集』1992年8月号の再録) ・ 124頁 (毎日新聞1992年6月16日の再録)
  36. ^ 1994年10月4日 日刊スポーツ 芸能面記事より。
  37. ^ 「永六輔 ラジオとその草創期を語る」『笑芸人 Vol.14』、26頁、白夜書房、2004年。
  38. ^ “道上洋三アナ 永さん追悼「“ラジオの恩人”です」”. スポニチアネックス (スポーツニッポン新聞社). (2016年7月11日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/07/11/kiji/K20160711012947230.html 2016年7月21日閲覧。 
  39. ^ 「永六輔の真骨頂、名物ラジオに幕」『中日新聞』2013年9月16日朝刊、11面。
  40. ^ 週刊ポスト 2015年4月10日号 144-147頁
  41. ^ 久米麗子・久米宏『ミステリアスな結婚』にて
  42. ^ 永六輔 「テレビマンだった父より」『東京新聞』1987年5月21日 (『たかがテレビ されどテレビ』 倫書房、1997年、60-62頁 所収)が、愚痴ひとつこぼさず黙々とレポートし続けていたと、執筆当時アナウンサーであった次女永麻理への手紙というスタイルで明かしていた。
  43. ^ 永六輔唯一の主演作品
  44. ^ 春男の翔んだ空”. 日本映画データベース. 2013年5月13日閲覧。
  45. ^ 大往生”. Movie Walker. 2013年5月13日閲覧。
  46. ^ a b この集会で劇団『他言無用』による皇室コントが演じられ、「猿のぬいぐるみ」を産まれたばかりの悠仁親王に見立てて放り投げたり、以前今上天皇が前立腺癌を患ったことが笑いのネタにされた。このことについて、週刊新潮の取材に永は「車が渋滞して遅れ、3時半に到着したから、そのコント自体見てもいないし、全然わからない。だから『週刊金曜日』に聞いてほしい」とコメントした。
  47. ^ 永六輔 Confetti
  48. ^ ニッポン放送『中居正広のSome girl' SMAP』にて
  49. ^ 『土曜ワイドラジオTOKYO』2010年11月20日放送分。
  50. ^ 『誰かとどこかで』 TBSラジオ、2008年3月25日。また、『土曜ワイド』内の『TBSラジオショッピング』では、普段はあまり口をはさむことはないが、鯨肉缶詰が商品である時には積極的に発言する。
  51. ^ 『憲法フェスティバル』2006年5月13日 日本共産党実行委員会
  52. ^ 『土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界』 TBSラジオ、2009年10月3日。
  53. ^ もともとこの言葉は野坂昭如がよく述べていた言葉である。
  54. ^ さだまさし「笑って、泣いて、考えて。 永六輔の尽きない話」p165より。
  55. ^ 永六輔その世界 自由な言葉——読む、聴く、考える Bockasahi.com
  56. ^ 雑誌『ラジオライフ』復刊号のインタビュー
  57. ^ ただし、文化放送ホームページの「番組史」によれば、1960年に「永六輔の僕でよかったら」が放送されている。
  58. ^ 『さだまさしラジオ・ヴァラエティ CD全16巻』(ユーキャン制作・発売)にも収録されている。
  59. ^ 『高田文夫のラジオビバリー昼ズ そんなこんなで20年』白夜書房、P31。
  60. ^ 『ラジオDEパンチ』VOL02、白夜書房、p6。
  61. ^ 当時、NETテレビがネットワークセールス枠を削減したことに加え、「日本科学技術振興財団テレビ事業部」だった東京12チャンネルの経営再建のため「科学テレビ協力委員会」が発足し、他系列キー局・準キー局およびNHKが番組を同局に供給していたため、その一環としてNET系列扱いで供給された模様。その後MBSと12チャンネルは1969年に正式にネット協定を結んだ。
  62. ^ http://yjtanaka.blogspot.jp/2016/07/blog-post.html?m=1
  63. ^ さだまさし「笑って、泣いて、考えて。 永六輔の尽きない話」p181より。
  64. ^ アルバム『六輔 その世界』(EMIミュージック、2002年)他。
  65. ^ 永六輔 『たかがテレビ されどテレビ』 倫書房、1997年、241-246頁。
  66. ^ 永六輔 「十三年ぶりに出演したテレビCF」『東京新聞』1996年10月4日(『たかがテレビ されどテレビ』 1997年、72頁 所収)。





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