小宮豊隆とは?

小宮豊隆

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/01/01 12:47 UTC 版)

小宮 豊隆(こみや とよたか、1884年明治17年)3月7日 - 1966年昭和41年)5月3日)は日本の独文学者、文芸評論家、演劇評論家、日本学士院会員。




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  1. ^ 川副国基『近代日本文学論』p.245。他方、平岡敏夫は、『夏目漱石』(岩波文庫 下巻 pp.327 - 8)の解説で次のように指摘する。「この漱石伝は漱石没後二十余年にして小宮豊隆が吐露した自己批判・自責の書でもあって、右のような大患以後の漱石を、当時とは逆に高く評価しようと試みたのが本書ということになる。 「漱石は死を生の中に織り込み、生を死の中に織り込み、こうして相互に反撥し矛盾する二つのものを、一つのものに連結させたいと希(こいねが)った。「則天去私」は、その事を可能にする唯一の道であった」(七〇 「『硝子戸の中』」)という漱石像がそこに描き出されてくるが、唐木順三も含めての戦前のこの則天去私的漱石像の反措定を目ざしたのが、江藤淳『夏目漱石』(昭三一)をはじめとする戦後の漱石研究であった。 「この病中で経験した天宝(ブリス)によって、漱石の思想が一大転換を来すという小宮豊隆氏などの解釈は、当り前の人間並に自分に訪れた仮死状態に驚喜し、病気に一種の幸福を感じている作家の姿を、門下生特有の感傷で歪めたものにすぎない」 といった江藤氏の批判とともに、実は若き日の小宮豊隆ら門下生自体が大患後の漱石を 「老」 「翁」 などと批判していた事実を記憶しておくのも、サークルをくり返しがちな研究史の上でたいせつなことだろう。」
  2. ^ 「小宮豊隆年譜」『逢里雨句集』
  3. ^ 『朝日新聞』1953年2月10日(東京本社発行)朝刊、7頁。
  4. ^ 小泉文夫の日本伝統音楽研究 - 国立民族学博物館 


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