野上豊一郎とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > デジタル大辞泉 > 野上豊一郎の意味・解説 

のがみ‐とよいちろう〔‐とよイチラウ〕【野上豊一郎】

読み方:のがみとよいちろう

[1883〜1950英文学者能楽研究家。大分の生まれ。号、臼川(きゅうせん)。弥生子の夫。夏目漱石門下。能の研究新分野開きまた、その海外紹介努めた。著「能」「能の再生」など。


野上豊一郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/04 05:25 UTC 版)

野上 豊一郎
1939年撮影
人物情報
生誕 (1883-09-14) 1883年9月14日
日本 大分県臼杵市
死没 1950年2月23日(1950-02-23)(66歳没)
日本 東京都世田谷区成城
配偶者 野上弥生子(小説家)
子供 長男:野上素一(文学者)
次男:野上茂吉郎(物理学者
三男:野上耀三(物理学者
学問
研究分野 文学英文学)・演劇能楽
研究機関 法政大学
テンプレートを表示

野上 豊一郎(のがみ とよいちろう、1883年9月14日 - 1950年2月23日)は、日本英文学者能楽研究者。「臼川」(きゅうせん)と号した。法政大学総長を務め、能研究の発展にも多大な寄与をした。レジョンドヌール・オフィシェ勲章受章者[1]

経歴

1883年、大分県臼杵市生まれ。臼杵中学第一高等学校を経て1908年東京帝国大学文科大学英文科を卒業。同級生に安倍能成藤村操岩波茂雄がいて、共に夏目漱石に師事した。

東京帝大卒業後、国民新聞社の文芸記者となる[1]1909年法政大学講師となり、1920年に同大学教授となる。予科長・学監・理事を歴任し、森田草平内田百閒井本健作など漱石門下の文学者を教授陣に招聘するが、1933年に学内紛争(法政騒動)で辞職(1941年復職[2])。1939年に文学博士の学位を受ける[1]。終戦直後の1946年に法政大学総長に選ばれ、戦争で被害を受けた大学の復興にあたった。総長在任中の1950年に脳出血のため世田谷区成城の自宅で死去[3]。墓所は鎌倉市の東慶寺

バーナード・ショーなどイギリス演劇の研究と紹介を行う傍ら、能楽の研究と海外への紹介にも尽力した。1938年には日英交換教授として外務省から派遣され、ケンブリッジ大学などで世阿弥を講義し、自ら監修した能としては初のトーキー作品『葵上』を紹介して反響を呼んだ。岩波文庫で世阿弥や謡曲の校訂版を、岩波新書で『能の話』を出版したほか、没後、収集した資料を基にして「野上記念法政大学能楽研究所」が作られた。また近年書肆心水で、能楽関連の『野上豊一郎批評集成』が刊行されている。

家族・親族

著書

  • 『巣鴨の女』野上臼川 春陽堂 1912年
  • 『能 研究と発見』岩波書店 1930年、復刊1982年
  • 『能の再生』岩波書店 1935年
  • 『世阿弥元清』創元社 1938年
  • 『草衣集』相模書房 1938年
  • 『翻訳論 翻訳の理論と実際』岩波書店 1938年
  • 『能の話』岩波新書 1940年、度々再版
  • 『クレオパトラ エジプトの王たちと女王たち』丸岡出版社 1941年。冨山房百科文庫 1979年
  • 『西洋見学』日本評論社 1941年
  • 野上弥生子共著『朝鮮 台湾 海南諸港』拓南社 1942年。復刻:大空社 1998年
  • 『能の幽玄と花』岩波書店 1943年
  • 『能面論考』小山書店 1944年
  • 『太郎冠者行状』生活社 1946年
  • 『謡曲鑑賞』目黒書店 1946年
  • 『大臣柱』能楽書林 1947年
  • シェバの女王』東京出版 1947年
  • 花伝書研究』小山書店 1948年
  • 『エヂプトの驚異』要書房 1948年
  • 観阿弥清次』要書房 1949年
  • 『バーナード・ショー』東京堂 1949年
  • 『山荘往来 野上豊一郎 野上弥生子 往復書簡』宇田健編、岩波書店 1995年
  • 『太郎冠者・山伏行状記』桧書店 2002年
  • 『能とは何か 野上豊一郎批評集成 上・下』書肆心水 2009年
  • 『観阿弥清次 世阿弥元清 野上豊一郎批評集成 人物篇』書肆心水 2010年
  • 『精解・風姿花伝 野上豊一郎批評集成 文献篇』書肆心水 2012年

能楽関連の校訂・編

  • 世阿弥花伝書』岩波文庫 1927年、のち『風姿花伝西尾実校訂
  • 世阿弥『能作書・覚習条条・至花道書』岩波書店 1931年 のち岩波文庫
  • 世阿弥『申楽談義』岩波文庫 1934年
  • 『謡曲選集 読む能の本』岩波文庫 1935年、復刊1986年
  • 『能面』 岩波書店 1937年
  • 『能二百四十番 主題と構成』(編)丸岡出版社 1943年
  • 『謡曲全集』(編)全6巻 中央公論社 1935-36年、再版1949-51年
  • 『能楽全書』(編)三宅襄改訂、全5巻 創元社 1952-54年。新訂版・東京創元社 全7巻

翻訳

脚注

  1. ^ a b c 野上豊一郎『人事興信録』第13版、昭和16, doi:10.11501/3430444
  2. ^ 法政大学 『法政大学と戦後五〇年』 2004年、8-9頁
  3. ^ 『朝日新聞』 1950年2月25日

関連項目

外部リンク



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「野上豊一郎」の関連用語

野上豊一郎のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



野上豊一郎のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの野上豊一郎 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS