夏目漱石とは? わかりやすく解説

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なつめ‐そうせき【夏目漱石】


夏目漱石

作者野上弥生子

収載図書昭和文学全集 8
出版社小学館
刊行年月1988.9


夏目漱石

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/21 14:20 UTC 版)

夏目 漱石(なつめ そうせき、1867年2月9日慶応3年1月5日〉 - 1916年大正5年〉12月9日)は、日本教師小説家評論家英文学者俳人。本名は夏目 金之助(なつめ きんのすけ)。俳号は愚陀仏。明治末期から大正初期にかけて活躍し、今日通用する言文一致の現代書き言葉を作った近代日本文学の文豪の一人。


注釈

  1. ^ 原武哲『喪章を着けた千円札の漱石―伝記と考証』(笠間書院 2003年 ISBN 978-4305702548)によれば9月19日と推測している。
  2. ^ 当時は学校のあった地名をとって一ツ橋中学ないし一ツ橋尋常中学とも呼ばれた。
  3. ^ 現在の成立学園とは無関係。
  4. ^ スコットランド出身のジェームズ・マードックにかわいがられ、教室以外でも先生の家に招かれて教えられ、「マードックさんは僕の先生だ。……英国人もあんな人許(ばかり)だと結構だが」と野間真綱宛ての書簡に書いたり、マードックの『日本史』に推薦文を書いたりしている(平川祐弘『漱石の師マードック先生』講談社学術文庫 1884年)。
  5. ^ 狩野宛書簡に「洋行中に英国人は馬鹿だと感じて帰つて来た。日本人が英国人を真似ろ\/と云ふのは何を真似ろと云ふのか今以て分からない」と書いている。
  6. ^ 夏目伸六の『父・漱石とその周辺』によれば次のよう。

    ふと眼を開けた父の最期の言葉は、

    「何か喰いたい」
     という、この期に及んで未だに満し得ぬ食欲への切実な願望だったのである。で、早速、医者の計いで一匙の葡萄酒が与えられることになったが、
    「うまい」

     父は最後の望みをこの一匙の葡萄酒のなかに味わって、又静かに眼を閉じたのである。

  7. ^ 彼は其所で疱瘡をした。大きくなつて聞くと、種痘が元で、本疱瘡を誘ひ出したのだといふ話であつた。彼は暗い簾子のうちで転げ廻つた。身の肉を所嫌はず掻きむしつて泣き叫んだ。〉「道草」(39)
  8. ^ 茂木健一郎所蔵。『アナザースカイ』(日本テレビ) 2009年7月3日放映分にて披露。100万円で購入したそうである。
  9. ^ 『硝子戸の中』に関連する記述あり。
  10. ^ 松岡陽子マックレインの息子(米国籍)は、息子(つまり漱石の玄孫)のミドルネームに Soseki と命名した。
  11. ^ 菊池寛との親交が深かったことで、「父・夏目漱石」(文藝春秋社)を発表した。
  12. ^ 門下生が集まれば必ず牛鍋を囲む。羊羹、お汁粉、ケーキなど甘いものが好きで、特にお気に入りは自家製アイスクリームだった。胃弱のためには大量の鶏肉を使ったスープを飲んでいたという。なぜか鳥類のもらい物も多かった。シャモ、カモ、山鳥、キジなどで、知人宅での雁の料理に舌鼓を打ったこともあったらしい(河内一郎『漱石、ジャムを舐める』新潮文庫
  13. ^ 「吾輩は-」には1か月に8缶も舐めたとの記述がある。
  14. ^ 医師の松本健次郎は「漱石非精神病説」を主張している。漱石の精神病説の根拠は熊本の五高を辞職する時に出された神経衰弱の診断書と、妻、夏目鏡子の回想記『漱石の思ひ出』などに描かれた漱石の言動の記述や、同書で東大精神科の呉秀三が、漱石を診断し、鏡子に漱石が病気であると告げたという記述があることであるが、辞職のために、五高に提出した診断書も書いた呉は、漱石が親しい菅虎雄の親友であり、また夏目家の家庭医、尼子四郎とも親しかった。当時、実家に戻っていた、鏡子を、尼子を通した依頼で呉が説得した言葉が、鏡子のなかで漱石が精神病者であるという記憶に変わっていったのではないかと主張している。『漱石の思ひ出』の記述を引用しただけの漱石の病跡学は学問的でないと主張している。『漱石の精神界』松本 健次郎 (著) 金剛出版 (1981/01) ISBN 4772401377
  15. ^ 山下浩初校ゲラを通してみた小宮豊隆の『夏目漱石』 を参照。
  16. ^ これより前に漱石が使用した例としては「同時にスコット一派の浪漫派を生まんがために存在した時期である。」(『野分』11章、1907年1月)が最も早い。また翌年の講演『創作家の態度』では「浪漫派」「浪漫主義」の語句が多く用いられている。
  17. ^ 初版は十字屋書店。昭和41年(1966年)に、朝日新聞社で新装再刊。
  18. ^ たとえば押韻の問題について全く踏まえていないなどの問題があるとされる[要出典]
  19. ^ 夏目漱石他著の小説文庫版の巻末参照

出典

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  9. ^ 夏目漱石は兵役逃れのため北海道に転籍したと聞いたが、そのことについて書かれた本はあるか。|レファレンス協同データベース
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  65. ^ a b 江上茂『差別用語を見直す』p.124
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夏目漱石

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/14 11:44 UTC 版)

サーンキヤ学派」の記事における「夏目漱石」の解説

サーンキヤ涅槃観は、夏目漱石に影響与えたことでも知られる漱石は、一高時代井上哲次郎によるサーンキヤ哲学講義を受けて感銘を受け無関心こと非人情テーマに『草枕』を著した

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夏目漱石

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/08 06:29 UTC 版)

「坊っちゃん」の時代」の記事における「夏目漱石」の解説

坊っちゃん」の作者漱石その人神経症胃痛持ち酒乱日本文化時代変革抗うように、また神経症治療めいた活動として、家に集ま若者たちモデルに「坊っちゃん」を執筆する

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夏目漱石

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 04:26 UTC 版)

志賀直哉」の記事における「夏目漱石」の解説

直哉学習院高等科の頃から漱石愛読者であり、1906年明治39年)、東京帝国大学英文学科入学後漱石講義聴講した漱石翌年3月東大退職しているので、漱石東大における最終年度教え子になる。直哉東大他の授業には殆ど出なかったが、漱石講義だけは熱心に聴いており、武者小路実篤は「志賀正親町木下夏目さん講義に随分感心し、又よろこんでいた。殊に志賀はすっかり夏目さんずきになって、よく夏目さん云っ言葉彼に話した」(「或る男九十九章)という。1913年大正2年)、処女創作集『留女』を漱石に贈ると、漱石同年7月の『時事新報紙上で「作物旨い思ふ念より作者がえらいといふ気が多分に起り候」と賞賛同年12月翌年朝日新聞長編連載依頼した一般的には無名に近い新人だった当時直哉にとって異例の抜擢であり、漱石彼の才能を極めて高く評価していたことを示す直哉それまで書きかけていた「時任謙作」を出すつもりでいたが、書き悩んで1914年大正3年7月漱石の元を訪れて辞退した漱石は「徳義上は別として芸術上に忠実である自信のある作物でなければ公にしないと云ふ信念がある為であらう」と理解示し直哉には手紙で「御心には及びません他日あなたの得意なものできたらそのかわリ、ほかへやらずにこちらへください」と、寛容に返事している。直哉はそれから三年間作品を発表せず漱石との約束果たそうとしたが、その間漱石亡くなってしまう。だが、その後直哉執筆放棄せず、「時任謙作」はやがて『暗夜行路となって1937年昭和12年)にようやく完成した長編には不向きな作家であった直哉が「漱石依頼の長編」にこれほどこだわり見せたあたり、漱石感化極めて強いものであったと言える直哉は「敬意を持ってゐたのは夏目漱石位のもので、鴎外でも藤村でも秋声でも眼中になく、先輩といふものは一人も作らず」等、色々なところで漱石敬意を表している。武者小路実篤と同様文壇に師を持たない主義であったため、いわゆる漱石門下とは区別されることが多いが、事実上の弟子とする見解もある。

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夏目漱石(夏目くん、夏目少年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/22 18:15 UTC 版)

タイムスリップ探偵団」の記事における「夏目漱石(夏目くん、夏目少年)」の解説

数え十三歳の頃の夏目漱石。実際は主人公たちと同い年初めてのタイムスリップ先、明治時代東京で会った東京府立第一中学校正則第七級乙。

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夏目 漱石(なつめ そうせき)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/13 23:45 UTC 版)

逆転裁判の登場人物の一覧」の記事における「夏目 漱石(なつめ そうせき)」の解説

被告人大日本帝国政府の命で倫敦派遣され留学生。やや神経質かつ挙動不審で、未だに異国の空気に馴染めていない模様。ガリデブのアパート三毛猫ワガハイと共に住んでいる事件当時は古書店で本を購入した帰り道だった。

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夏目漱石

出典:『Wiktionary』 (2021/08/15 09:01 UTC 版)

人名

   夏目漱石 なつめ そうせき

  1. 明治時代日本小説家評論家英文学者1867年慶応3年) - 1916年大正5年)。代表作に『吾輩は猫である』『坊つちやん』『三四郎』『こゝろ』などがある。

由来

関連語

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